リズの木の実 貴方達、お茶を飲みにいらっしゃいな
みなさんはリズの赤い実をご存知ですか?おや、知らないと……。これは赤海の崖っぷちにはえているゴツゴツとした樹皮は鋭いトゲで覆われ、葉は肉厚の木なのですよ。
甘い蜜を持つ黄色の花が咲きます。ポロリと花が枯れて落ちれば、赤い実が実ります。その実はガツガツと餌を食う海鳥でさえもつつきません。何故なら……毒があるからなのですよ。
ひよひよと、それを知らぬ鳥が来る
渇きに飢えていた鳥が
赤い実を啄めば
ふらり ふらりとくるくる周り
白い波間に 堕ちて飲まれ、消えていく。
〜グルトムの赤い実より抜粋
☆☆☆☆☆
「お可哀そうなキャロライン様、おやつれになられて……聞きまして?」
「うさぎの餌を食べさせているって事かしら」
「んまぁぁ!うさぎの餌を!いえわたくしは召し使いの様に、館のお掃除をさせているとお聞きしたのですわ」
「んまぁぁ!王女様に掃除を!」
……、あら、やはりこう来ました。わたくしが磨かれた回廊を歩いてますと、左右からヒソヒソと聞こえてきますの。皆様お暇ですのね。
「それよりも……シャルル様の事を聞きまして?」
……、シャルル?アレが何をしたのかしら
「王妃様と……なのでございましょう?お年頃もお近いですし、陛下が……、するとどうなるのかしら……くすくす」
「ええ、シャルル様を呼び寄せておられるとか……、来客中にも関わらず中に引き込むそうですわね。シャルル様は、皇位継承者に組み込まれておられますもの……ねえ……くすくす」
……、はっ?何でございますの!あのボンクラと、わたくしが何!そこの者達に褒美を与えたくなりましてよ。立ち止まろうかと思った時。
「王妃よ、ここに居たのか。今日も美しい、愛らしいぞ」
「あら、陛下おはようございます」
わたくしは微笑み礼を取りました。ほら仕上がった扇だと、手にされていたそれを、わたくしに差し出されましたの。ありがとうございますと受け取ると、いま手にした物はエレーヌが引き取りました。ヒソヒソが大きくなるのは当然な事。
「王妃よ、職人に聞いた話だがな、怪我をした子猫を拾ったそうだ。しかしおかみさんが、猫の毛でくしゃみをする病でな、仕方ないので物置小屋で治るまでの間、飼ってたそうだ。餌を運んでいたら、おかみさんが気がついてな。餌をやり終え家に入るなり、男は棒切れでポカンと叩かれたのだ。おかみさんは小屋を調べもせずに、中に別の女を囲うとると思ったと、勝手な憶測からの行動だったらしいのだ。王妃はどう思う」
ニコニコとしながらお話をされてきました。わたくしは新しい扇を、パン!と軽く手に叩きおろし音を立てました。
「まあ!ならば奥様にはしっかりと、褒美を与え無ければ。ろくに調べもせずに、主を叩くとは……」
周囲を見渡します。ヒイッッと息を飲み込む音。ジャッ!新しい扇を開くと、次は勢いよく畳みます。
ジャ!パシン!パン!……パン!パン!パン………
ピーチク囀っていた年上の中にはパトリシアの母親もいましてよ。わたくしは、畳んだそれを打ち鳴らしつつ、上から目線で彼女達を眺めましたの。あら……、ずいぶんと怯えてますこと。
オーホホホ!口煩いわ!おだまり!
☆☆☆☆☆
クロシェ夫人から文と共に『蜜菓子』が届きましたの。わたくしの館の者たちに配ると、少しばかり取り分けキャロラインの元に持っていくように指示を出した後、あれからどうしているか気になっておりましたので、ふと思い付いて、わたくしも顔を見に行く事にいたしました。
最近外を歩く事が少ないので、エレーヌとマーヤをお供に散歩がてら出掛けましたの。勿論衛兵がつかず離れずの距離で、彼らの任務をこなされています。それにしても美しい庭園ですわ、敷石ひとつ取っても表面は、滑らかに、そして濡れても滑らない様に加工されていますの。色形も様々に貼られてます。
程よく植えられている緑の葉を大きく広げてている樹木。見通しが良いように背の低い灌木は無く、季節に応じて花が咲くように意向を凝らしてますの。チョロチョロと、自然の森を模して作った小川が涼し気な音を立てておりますわ。
ふう、たまには良いものです。耳に残る、煩わしい宮廷雲雀達の囀り声が薄れて行くようですわ。それとクロシェ夫人からの話も……お姉さまが出されていた恋文が、お父様に露見していまい、部屋に軟禁されているとか、恋仲の王子様は……、塔に押し込まれたとか書かれていた事も。
まあ、仕方ありませんわね。まさかあちらの王子も、本気で岡惚れされていたなんて……おバカさんですの?
――「……キャッ!」
徒然に考えつつ歩いていると、小さい声が聞こえました。エレーヌが立ち止まり、マーヤがわたくしの身を庇います。ピリっとした衛兵の気配……。何処から、あたりを伺うと大きな楡の木の後ろ辺りに、色とりどりのドレスが見え隠れしておりますの。
「虫にでも驚いたのでしょうか……」
声はその方向からでしたので、エレーヌがほっと声をあげます。そのままに過ぎて行こうとした時……サーシェリーの声が耳に届きましたわ、しかもパトリシアを攻めている様な、わたくしは気になったのでそちらに向かいました。ひっそりと静かに……。
――「お兄さまの前で!リズの木の実を使うなんて……図々しいのよ!子爵の分際で!王妃様にも取り入ろうと押しかけるなんて……、信じられませんことよ!」
あら……お姉さまがいらしたと、思わず間違えてしまいそうでしたわ。サーシェリーがパトリシアに問い詰めている様子てすの。リズの木の実とは何かしら?
「……、使ってなどいませんわ、リズの木の実はお高くて、わたくしみたいな者には手に入りません……あの時は、とても緊張していて、気分が悪くなっただけですの」
わたくしに背を向けているサーシェリー、パトリシアの細々とした声。周りを囲む取り巻きの令嬢達。エレーヌがヒソと囁きます。
「シャルル様が以前、倒れかけたパトリシア様を支えられたのですわ、それからですわね、シャルル様が彼女をお気に召されたのは」
「……、そう。リズの木の実とは?」
「グルトムに実る果実です。お酒に漬け、赤く色づいたそれを使うのですが……良いことには使いませんよ」
グルトム、リズの木の実、何かしら引っかかりますわね。わたくしは彼女達を探っておりますの。そよそよと風が吹きます。目の前のヴェールが揺れ、頬に冷たさが当たりますの。
――「まっ!恥ずかしい事!リズの木の実も手に入らないなんて……良いこと?お兄さまはね、王妃様と一緒になられる尊いお身体なのよ!お前風情が触れても良いものではないの!身の程を知れ!お前を隣国になど連れて行く訳がないだろう?」
………はい?どういうお話がありますの?わたくしがあのボンクラと?パトリシアのお尻を追いかけて、わたくしの部屋にまで押しかけるおバカさんですわよ!唖然としてましたら、シクシクと泣く声が、被せる様に吐くサーシェリーの声……。
――「良いこと?キャロライン様についていって、わたくしが側室になるのよ!そして王子を産んて……、みすぼらしいお前など!ぜえったい!連れて行かないわ!」
……はい?お兄さまにいつの間にかご側室候補が出来てましてよ。でもサーシェリー、貴方は残念ですが……お兄さまはご側室は恐らく迎える事は、考えてらっしゃらないと思いますもの。
『樽』を持ち上げる決意はなさいませんわ。それにしてもサーシェリーとやら、この娘にいちどしっかりと、お話を聞かなくては。わたくしは、エレーヌを彼女達に向かわせます。
「失礼いたしますわ。丁度通りかかった王妃様が、そなた達を今からお茶にご招待したいと……お受けなさいますわね」
きゃっ!と娘らしい声が上がると、慌てて深々と礼を取る令嬢達。皆様わたくしと同じ様なお年頃ですわね。そして、つい今しがた来た様に装いました。そして彼女達を引き連れ、館へと戻りましたの。
楽しいお茶会の始まりですわよ。オーホホホホホ!




