色々と忙しくしておりますの。お兄さまの贈り物なのでしてよ。
「……わたくしの娘、パトリシアが選んだのでございますの、王妃様、やはりお若いお色目がよろしいかと、ホホホ」
色鮮やかな布地を手土産に、お母様の馬と同じお名前の娘御を連れてこられたご夫人、それにしても……、今日で何人目かしら、こうして献上品と共に、我が娘を売り込みに来られるのは。そしてその品々に、触れることはいたしません。
受け取る気が無いことを、暗に表しているのです。受け取らねば、後程送り返すのが決まりとエレーヌが教えて下さいましたの。
「パトリシアは王女様ともお年が近く、お話もおあいになると思いますの、幼い頃から楽器に歌と、学んでおりますのよ」
――、チラチラと布地に目をやりつつ話す母親。王女のお話が正式に決まってからというもの、わたくしが執務室で過ごしてますと、次々に、ご機嫌伺いに来られる皆様。今のところは顔を覚える為に、来るもの拒まずでお受けしておりますが、些かうっとおしいのですわ。
「刺繍に手習い、女の嗜みは身につけておりますの」
娘を従え自慢話を繰り広げるこのご婦人。人間とは……面白いものですわ。わたくしの事や王女の事を知りもしないのにあれこれ、ヒソヒソと話してらっしゃるのに、こうして娘を売り込みに来られる。
「きっとお気に入ると思いますのよ、見目は親の私から見ても可愛いと思いますの、そしてその品も王妃様によくお似合いになられるかと……」
着飾った娘に声をかけてもらいたいと、ウズウズしておられるご様子……。わたくしの許しが無ければ顔を上げることは出来ませんから。礼をとったままのパトリシア。彼女の顔は覚えてましてよ。
サーシェリーの取り巻きのお一人ですもの。王女に対しての今までの発言、そのお口が乾かぬ前にキャロラインに仕えさせようとは……。そしてパトリシアが顔を出した時には必ずでしてよ、彼が訪れるのです。
じいが来客を告げました。
「シャルル様がお越しです」
わたくしは頷いて入室の許可を与えます。優雅に礼を取り入ってくるのは、陛下の弟君の御息子ですわ。最近よく顔を見せますの、それも必ずパトリシアが居る時に……。
わたくしは、傍らに立っているエレーヌに手で合図を送ります。はいと、近づいてくる彼女の耳元でヒソと、命を出します。
「……、かしこまりました。下がってよいとのお言葉です」
冷たく言い放つエレーヌ。そう言われ彼女は……渋々、言葉を閉じると、残念そうに布地に目をやると、退出の挨拶をし娘と共に部屋から出ていきました。パトリシアの姿が消えると、シャルルは何時もソワソワし始めます。
「用が無いのならお下がりなさいませ」
いつもの様に追い出しました。全く……何をしに来られるのやら、嬉しそうに部屋を下がるシャルル。ふう、これでまた色々と言われる事でしょうが、気にしている暇はございません。それよりもわたくしは今、王妃としての勤めなる事柄の、お勉強の真っ最中なのです。
「これに目を通して下さいまし」
そう言って持ってこられる書類の山が、日々うず高く積み重なっていきます。黙々と読まなくては、追いつけません。わたくしに課せられた仕事とは、お城の管理ですわ。
働く者たちの給金、経費、細かい様々な事。担当大臣が記してきたそれを、読んで話を聞かねばなりませんの。そして……陛下にお問い合わせをし、わたくしのサインを記すのです。
「改善したい点があれば、そなたの采配で試しても良い」
そう仰って下さいますが、まだまだ右も左も分かりませんの。先は長くてよ。城下の視察にも行こうとお誘いを受けておりますし、日に幾度かキャロラインの元にも、行かなくてはなりません。
――、大忙しなのです。フフフフ、あの日、キャロラインと共に、窓拭きから教えなさいと館の皆を集めて始まった、痩せる為の大作戦。
なんとか続いていますの。ちょうどその後、祖国のお父様より、色々と問い合わせの文を受け取り、上手く事が運んだと、お返事をしたためたので、娘としてのお役目がひとつ終えた気がいたしますわ。
今後はわたくしの陛下の為に、僅かながらでもお力をお貸しできる様に、頑張らねばなりませんの。わたくしはこの国の王妃なのですから。
……、『陛下のよろしい様に』そう話されていた、お義母さまの寝ぼけ声を思い出してよ。恐らくお義母さまはクロシェ夫人に政務は、おんぶに抱っこでしたわね。
☆☆☆☆☆
「……妃殿下についてはご機嫌麗しゅう……」
そう話されるのは、国の財務を担う大臣のお一人ですわ。色々と難しゅうございますの。限られた資金のやり繰りを学んでいるわたくし、わたくしが質素になれば皆もそれに準ずるのですが、そうなればお金が回りません。城下の繁栄の為にはある程度の豪奢も必要。
しかし今は新しい素材の開発もありますの。そちらに予算を割かねばなりません。削るところも必要なのです。なので先ずは、わたくし個人的な事から、手を付けましょう。
「拝見いたしました、そうですね、わたくしの被服、宝飾は半分程度いりません、他は陛下とご相談をしてみますわ」
「しかし、狩猟大会も御座います、よろしいのでしょうか?」
「別に構いません。ドレスはまだ袖を通してないのもありましてよ、王女の婚礼もありますし、控えて下さり結構」
そう話すと堅苦しいお顔が幾分柔らかくなり、事もお得たので、彼の持ち場にお帰りになられます。やれやれ……、お茶でもと思っておりましたらキャロラインが突然の来訪です。
「お義母さまぁぁ、うわーん、酷いのですのぉぉ」
しかも入るなり泣き出します。供の者も居なく、くしゃくしゃとした巻き毛を見ると、まさか馬車を使わず外を歩いて来たのかしら……。少しばかり痩せて身軽に動けると、昨日の夕食時に、嬉しそうに話していた事を思い出します。
「まあ、お一人で来られたの?不用心でしてよ、来るなり、どうしたの?マーヤ、お茶をいれなさい」
エレーヌが、椅子に座る様手を貸します。テーブルにお茶の支度が進みました。
「馬車ですわ、入口からは駆けて来ましたの。お義母さま、殿下から、殿下からぁぁ……酷いのですのぉぉ」
シクシクと泣くキャロライン、おかしいですわね。確か朝早くお兄さまより彼女に贈り物が届いていた筈ですのに、それがお気に召されなかったのかしら、わたくしに顔を見せた使者は『殿下が自らお選びになられた布地』と申してましたけど。
「お兄さまのお品がお気に召されなかったの?布地とお聞きしてましてよ、どんなお色をお選びになられたのかしら」
「……、ドレスですわ!今こちらに運ばせておりますの。ひと足先にこちらに来ましたの!だって……お義母さま、わたくしは、少しばかり痩せましたでしょう?ここに来る時も、前みたいにゆっくりではありません事よ」
「ええ、そうね。ドレスのお直しもしたとか、ダンスも、乗馬も以前より長くされてるそうね」
「だって、だって……流行のドレスを着てみたいのですもの……、狩猟大会の時に、びっくりさせたいのですもの、だから……なのに……」
泣き泣き話す彼女。そこにアイリス夫人が、大きな荷物を侍女達に運ばせて来ました。広げてと話すキャロライン。中身を広げてわたくしに見せてくれました。
「まぁ……綺麗な布地、白に薄紅色の花々が刺繍されていて、キャロラインによく似合ってよ、早速お仕立てに出されたら?」
お兄さまのお見立てとお聞きしていたのですが、可愛らしく可憐なお品。キャロラインの事をよくご存知ですわ。何が気に入らなかったのかしら……不審に思ってましたら、衝撃のひと言が。
「ドレスですのよ!お袖が有るでしょう、レースのフリルも……わたくし、わたくし『樽』ではございませんのおぉ……」
よくよく拝見すれば確かに『ドレス』でしたの。お兄さま。まさか、まさか……。
あの時の大樽で、ドレスのサイズを測られたのかしら………。




