家族の食卓ですのよ。
とりあえず日中はお部屋のお掃除、そしてお食事は、お野菜中心と、おかわり禁止から始めましたの。このお食事の制限は『私』の記憶ですわ、ポン!とそれが思いつきましたの。早速料理長を呼び寄せご相談すると、
「大変よろしいかと、陛下においても、良きことでございます」
勿論、早速お妃教育の手筈も。数日間、忙しく過ごしていたからでしょう、キャロラインは、その夜のお食事には少しばかり、疲れた顔をしておりました。
「ここ最近……葉っぱばっかり……うさぎの餌みたいですわ」
彼女が、しょんぼりとして見る食卓の上には、肉の量に対して倍増している野菜料理……。調理長が考案したこのメニューは、痩身にも効果があるのですが、健康増進、長寿とやらにも良い効能だとのお話ですの。
「身体に良いと聞いておる、そなたの為だ」
特に食べる物に頓着しない陛下はそう仰ると、祈りの御言葉の後、口に運びます。わたくし達もそれに従い、感謝の言葉を述べたのち、食べてみますと今宵のお料理も、美味しいですの。
「今日も、とても美味しいですわ」
緊張気味でその場に居合わせている調理長に、わたくしは労いの言葉をかけました。有難き幸せ……そう言うと帽子をとり頭を下げる彼。
「……、美味しい、お腹が減っているからかしら?でも……甘い物は……無いのですね」
しばらくは……、と答えた調理長。それを聞き、再びしょんぼりとしたキャロライン。いけませんわ、この先長いですのに……、と思ってますと、彼女の側仕えであるアイリス夫人が、主の気を取り直す様に話を始めました。
「王女様、お痩せになられれば……、そう、良いことがあるのですよ、素晴らしきお味に出会えるのです、そしてそのままですと、修道院に行くことになられるのですよ、わたくしと共に頑張りましょう」
「はい、今日のお掃除でわたくしはあちらこちら痛いのです。修道院……、皆にも言われております……、太っているのは病でとか呪いとか……、そんな事は無いのですけれど。良いことが?素晴らしきお味にとは、なあに?」
あら、流石は王女のことをよくご存知。わたくしは彼女に任せて食事を楽しむ事にしました。塩漬け肉が細かく刻まれ散らされている、野菜のスープを口に運びます。
「今のお食事は確かに……物足りないかもしれません。でも修道院のお食事はもっと質素と聞いております。そう……、王女様はご存知でごさいますか?『銀の盆の上のうさぎ』を」
は!う!口の中のスープが塊になりましてよ!慌ててナフキンを口に当てました。
「これより質素……、嫌ですわ。そして銀の盆の上のうさぎ……何やら柔らかくて美味しそうですわ、うさぎはお父様が、狩猟で狩られたのを食べたことがあります、それではなくて?」
「ええ、全く違うものですわ、王妃様は、お召し上がりになられてますわね」
はう!わ!わたくしに何をお聞きになられるの?
「お義母さまは!ご存知なのですか?」
目をキラキラとさせて聞いてきます。ドキマギで答えられないわたくしに変わり、エレーヌが引き取ってくれました。
「ええ、王妃様もわたくしも既に味わっております、王女様」
大人ですわ……あっさりと答えられましてよ。わたくしはコクコクと頷くだけですの。
「それは、今食べることはできないのですか?」
あどけなく聞いてくるキャロライン。アイリス夫人が優しく答えます。
「王女様、それはご婚礼が終わると……なので御座いますよ」
「婚礼の後に……、美味しいのですか?特別なご馳走ですの?お父様も、お召し上がりになられたの?」
陛下にふられましてよ。しかしそこはやはり大人ですわ。
「ああ……誠に美味であった……それはもう、口では言い表せんほどにな……」
はうう、わたくしを見ながら、仰るのはやめて下さいまし。色々と思い出し、顔が熱くなってまいりますの。
「まぁ!それは一度だけですの?みんなで揃って食べることは出来ませんの?」
「ん?結婚すれば日々味わえるのじゃ……それにみんなでとな!それは少々冒険の味となる、王妃はどうも思う?」
み、みんなで!王女の言葉に、この場に居合わせている者達が、皆顔を背けて笑いを堪えてます。陛下!わたくしに聞かないで下さいませ。
「日々……、ズルいですの!お父様とお義母さまは、わたくしに内緒で食べていますの?お食事は、秘密に取るのは駄目だと、常日頃からお父様は仰っておられるのに!」
「毎日ではありません事よ、キャロライン、それに貴方はお兄さまとでしょう?」
ああ!思わず否定していましましたが、どう答えても、何故か大人妖しい意味になっていまいますの。押し殺した生ぬるい忍び笑いが、クツクツクツと上がっている気配を察しましてよ。
「………お義母さまのお国にもあられるのですね」
まだ『いろは』を知らないキャロライン、わたくしはこれ以上はお返事は無理です。そもそも、お兄さまがご存知なのかも知りませんもの。
「ああ、あるある、きっとある。きっと至福の味わいがあるぞ、なので痩せろ」
陛下がにやにやと笑い顔をわたくしに向けつつ、そうお話を閉じましたの。
「わかりました!お父様、お義母さま!わたくし頑張りますわ!だって殿下と共に味わってみたいのです、修道院に行くことになろう事ならば、食べられないのでしょう?あそこは未婚が掟ですから、だから……今日のお食事は……、終わります!」
ナフキンを畳み置くキャロライン。流石ですわ……、アイリス夫人、彼女を見ると満足そうに頷いておられますの。お兄さまと共に味わう……いいのかしら、真実を教えなくて。
――、その夜、狩人はいそいそと、わたくしの館に姿を表し、銀の盆の上のうさぎを召し上がると、お帰りになられましたの。困った狩人ですわ!
その翌日、城中でわたくしが政務に取り掛かってますと、王女が泣きながら来られましたの。




