まあ!キャロライン頑張るのですわよ!
わたくしは館以外では、城内のお部屋にて過ごしていることも多いのです。小さな寝室が一つに、こじんまりとした客間、大きな執務室がありますのよ、手狭ですが日中を過ごすのには問題ありません。
そして執務室、客間は続き間なのですが、その奥に仕切られている小さな寝室には『秘密の扉』がありますの。
わたくしのお昼寝用の寝室ですの、そしてそこにあるからくり扉を開ければ、陛下の寝室につながっておりますの。貰った小さな鍵は、その扉の物でしたの。
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クスクスと広がる波の様なささやき声。中心には、ほっそりとした姿のサーシェリーがおります。この娘はわたくしの姪に当たります。父親は陛下の弟の君、王家の一員ですわ。
「キャロライン様が……王妃様の後ろ押しがお有りになられたのかしら、クスクス」
「陛下は王妃様に骨抜きってお話を、わたくしはお父様達からお聞きしました」
陛下が謁見の間に主だった皆を集めました。そして公に宣旨を出されたのです。控えていた王女が、ほてほてと面前に進み礼を取ります。そして儀が終わり、陛下が一度その場からお下がりになられると、始まるささやき声。
忍び殺して混ざる嘲笑。それをたしなめるサーシェリーのどこか得意気な声。わたくしは壇上から降りると、キャロラインの元に寄り添いました。
「……、おめでたい事柄ですよ。そんな風に話してはいけないわ。それにわたくしは、キャロライン様のお側仕えとして、ご一緒するのですから、お父様に頼みましたのよ」
まあ!この娘付いて来る手はずを既に……、これはややこしくなりましてよ。側妃を目指す気満々ですわよ!
「ほうほう、良き良き、ワシ、あの娘がいい、くびれて胸が豊かじゃ!良き良き」
「あら、いつの間に……、立たれたのだと思ってましたのに」
後ろから声がかけられ振り返ると、そこには旅装束に身を固めた、ターワンの王がおりました。あの娘とは?わたくしが聞くと、分からぬようにしつつ、サーシェリーを指差します。
「今日はうら若き女性が集まると聞いたからな、選んでから行こうかと……、あの娘いいのぉ……こうキュッとしたのが……」
ちらりとキャロラインを見ると、慌てて目をそらされましたわ。
「見目は麗しゅう御座いますが、性格はわかりません事よ、それにお国元は大丈夫でございますの?皇太子様はお身体がお弱いとか、お聞きしておりますが」
「うぬ?そんな事は無いぞい、我が孫は良うできた者でな、ワシがおらんでも国を守っておる」
あら、聞いているお話とは随分違いますわね。そもそもなぜに内乱などに陥ったのかしら?良い機会なのでお聞きしました。
「ああ、それはのぉ、皇太子の恋人に我が息子が手を出してな、それを幾度か繰り返し……、その結果、まぁとんでもない親子ゲンカに発展してのぉ、兵が立ち上がってのぉ、仕方ないのでワシ、孫に力を貸したのじゃ、ただそれだと、あまりにも風聞が悪いので、今流れとる話をでっち上げ、巷に触れ歩かせた」
……、そのようなお国で今のお姉さまで、大丈夫かしら?それに、好敵手がたくさんいらっしゃるみたいですわね。その中からお選びにならず、他国から迎えるとは……、後宮闇世界が、お有りになりそうですわ。
「そうですの、噂とは誠に当てになりませんわね。彼女は王弟の娘ですし、釣り合いは取れるかと。そうですわね。先ずは親同士の話し合い、それからで御座いますが、お攫いになられます?」
「んー、いや……もちっと考えて……面白い事になるやもしれん。では、ワシ、これを届けてから一度帰る、夫に飽きたら何時でも!ワシ宛に文をくれ、迎えに来る」
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「………、お義母さま、やはりくびれがよろしいのでしょうか……あのお爺ちゃまわたくしをちらりと……」
キャロラインが小さく呟きます。少しばかり傷ついたみたいですわね。これは良い機会やも……。
「そうですわね、キャロライン、わが祖国では宣誓において来賓の前で花婿が花嫁を抱き上げ誓うのです、良いですか?各国の御招待客の前で、ですよ。その時に持ち上げられなかったり、ふらついてでもしたら……両国の一大危機!」
「公衆の面前で抱き上げられるのですか!」
「そもそも、次の狩猟大会で貴方はお兄さまに攫われるという段取りが出来ておりますのよ、抱き上げられ、馬に乗せられるのです」
「そんな……、わたくし、わかっておりますの……最近乗馬をいたしましたら、マルガレーテがフン!て重そうに鼻息を立てて……、馬丁が笑って……無理でしてよ、わたくし知ってますもの……、皆がどう言っているのかも、わたくし花嫁になれません……相応しくありません」
ポロポロと涙をこぼします。マルガレーテとやら!感謝ですわ!後で飼い葉を褒美に与えておきましょう。
「王女、まだ時があります!生まれ変わるのです」
「生まれ変わる?どうやって?」
「痩せるのです!頑張るのですわ、お兄さまは日々鍛えられておりますの、た……、たくましくなる様に、た!鍛錬をしておりましたよ、それもこれもキャロラインを、愛しているからだと思いますの」
いけません『樽』と言いそうになりましてよ。医者から聞けば身体を動かすのが一番、とのお話でした。でも、動く様にと申されても一日中ダンスのお稽古をするわけにも、乗馬……日に焼けてしまいますわ!
「まぁ……殿下は鍛えられておられますの?わたくしの為に……、時々にしか出逢っておりませんのに」
白い肌をぽぅと、染めるキャロライン。これは……ひと押しで行けそうです。わたくしは、動く事がほぼ無い生活を振り返ります。全てマーヤやアン達が済ませてくれるのですから。それは王女も同じ事。
殿方なれば剣術とか、他の方法もあるのですけれど……、祖国で樽を持ち上げていたお兄さまを思い出していると、ある事に気が付きましました。
「そうですわ!王女、皆に教えて貰い、そう、お掃除をしなさい」
「お掃除?」
「ええ、わたくしはかつて意地悪な継母とお姉さまに、窓を拭けやら、床を磨けやら意地悪されてきたのですよ。今思えばあれは良き運動でしたの」
しゃがんだり立ったり踏み台に上ったり……お姫様と召使いごっこの中ですけれど……。身体を動かす事を考えましたら、これ位しか思い付きませんわ。
「意地悪な継母とお姉さま……、おとぎ話の様ですわ」
「ええ、まさしくそうでしたの。そして素敵な陛下に攫われて……」
「まぁ……素敵……」
ほわあぁぁとなってしまったキャロライン。まあ!信じられませんが、お姫様と召使いごっこに憧れているのかしら?とりあえず……。
「早速これから、王女の館の窓拭きから始めましょうか、教えて差し上げますわ」
フフフ、フフフフ……わたくしは、窓ふきは鍛えられておりますのよ!お姉さまに!




