キャロラインには、幸せにになって貰いたいものですわ。
わたくしは少々困っておりますの。湯浴み着がはだけてしまったのです。生まれてこの方初めての事でしてよ!この様な不様な身なりになろうとは。陛下ときたら、ご自分はさっさと整えてらっしゃるし……、わたくしはため息をつきつつ、慣れぬ手付きで直してますと、
「どれ、かしてみろ」
クスクス笑いながら、陛下が手伝って下さいました。脱がすのもこういう事も実に上手なのですわ!もう二度と、ご一緒致しません事でしてよ!
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「お帰りにならなくてよろしいのかしら?」
湯から上がり着替えを終えると、お帰りになられるものと思っていた陛下は、時間があるのかのんびりと、わたくしの館で寛いでいらっしゃいます。
「ほほお?面白い事を言う、前の王妃や妃達は私が帰ると言うと、ヒスを起こしておったぞ」
カウチに座りじいが運んできた、冷たい飲み物を飲みながら話しておられますの。テーブルの上の支度が終わりますと皆に下がっていろと手をひとふりさせますの。じいとマーヤ、アンが静かに部屋を出ていきました。
静かな午後の時間です。恐らく日暮れにわたくしを足止めしている者に引きあわせる為、時間を見計らっておられるのですわ。ならばわたくしも、渡しあぐねていたアレをと思いつきましたの。
わたくしは手にしていた飲み物をテーブルに置くと、化粧台に行き、そこに置いてある宝石箱の中から、あの革袋を取り出しました。
「お渡しいたしたい物と、お父様からの言伝がございますの」
「ほう?内々の話か……」
「お父様は『次の狩猟大会には招待状を出す故、来られたし』と申しておりました。そしてこれを」
「うむ。狩猟大会か……」
差し出したそれを受け取られた陛下、袋の口紐を解き、中身をご自身の手のひらの上に、ころんと出されます。
「珍妙なる石……してこれはなんだ?」
「髭面のジャックの石で御座いますわ、そう呼ばれている『神代』の力が宿る石ですの」
「して、どのような?」
「……、それは生きている人の血潮を浴びせると、弾けますの、でもとても硬く不可思議な石ですの、祖国では、加工は出来ませんでした。祖先のジャックなる男は、祈りの後それを手に入れ、王に捧げましたの、そしてそれを使い、戦を平定されたとか伝わっておりますが」
「ほほう、面白そうな石だ……、確かに何か力を感じる、そうか、これを使い何かを創り上げろと。そして狩猟大会を……その時に間に合わせろということだな……そうか、さて困った」
陛下は石を物珍しそうに眺めた後、袋に戻すとご自身の懐に仕舞われました。
「困ったとは……この国でも何も出来ない石なのでしょうか?」
「いや、石は我が国の職人達にかかれば、いかようにもなる。困ったのは狩猟大会なのだ、これは王女をその時にと、言っておるのだ」
その時とは?狩猟大会と婚姻?まるで繋がらない事柄に、わたくはきょとんといたしましたわ、陛下はそれを読み取ると教えて下さいましたの。
「王女をだな、その時に連れ帰るのだ、そなたの兄がな」
「その時に?攫うのでございますか?」
まあ!昼の日中から……いくら仕込まれた事とはいえ、大事になりませんこと?わたくしは自身の身の上を思い出しました。お兄さま……大丈夫かしら。
「いや、攫うのではなく、そうだな、御伽の王子が森で美姫を見つけて連れて帰るといった方が、合ってるか」
わたくしの言葉に、苦笑しながら話してこられる陛下。美姫を連れて帰る?馬に乗せて……、お父様!何故あの時に教えて下さらなかったのです!わたくしは、これまでかつてない試練が来たことを察しました。
「この石を使い何を創るかは存じませんが、両国の武力は上がる事になりましょう、そして他国に漏らさぬ様に荷を動かす為に、お互いの国に嫁ぐ。わたくしは陛下に、キャロラインはお兄さまに……」
「そうだ、グルトムに向かうそなたの義母が、もしもあちらで質に取られたとする、その時に対応する様に、我が手の者達によるとターワンの王は、一度国に帰ったと言う事だ」
「お姉さまを待ってらしたとお聞きしておりますが……、未だ国を立たれてませんもの。では出立は、狩猟大会が終えてからというお話しになったのでしょうか、問い合わせてみますわ、そしてその時は、また皆様を御招待なさるのかしら……」
おそらくな、その後に出立する事になろうと陛下、そのお言葉の後、何かを考えておられます。そして重く口を開きました。
「……、して聞きたいが、そなたの兄は……怪力の持ち主か?」
「祖国では、列席者の前で、抱き上げ宣誓をするのが習わし、なので日々鍛えられておられますが、それ程とは」
「なぬ!面前でか!それは過酷な……、闇に乗じてならばやりようがあったものを、ではやはりここは、弟の娘をだな……やらねばならないか」
今度はわたくしが考え込みます。お兄さまは恐らくキャロラインが良いのですわ。『樽ドレス』でも、彼女を迎えたいのでしょう。なんとなくわかる気がいたしましてよ。
何時もにこにこと笑っている彼女。確かに食べっぷりには驚きの連続ですが、なんとも言えぬ可愛らしいところがあるのです。そしてわたくしは彼女の置かれた立場もよくわかるのです。それは日々キャロラインを見ていたら気がついた事ですの
「いえ……お兄さまは王女がお好きなのかと思いますの、出逢った姫と結ばれたいと、常日頃から仰っておりましたもの……、やはり陛下、ここは痩せろと仰るべきかと」
「しかし王妃よ、時間が限られておる、医者は病で無ければ、何かの呪いかと言っておるのだが」
言いがかりも甚だしいですわ!わたくしは思い出します。あの子達のヒソヒソ話を……。どこにでもいるものですわね、お姉さまみたいなお方は!




