陛下と湯殿で秘密の時間ですのよ
メンドリが卵を温めていました。ある夜、鳥の王様がそこにやってきました。
「この卵を温めてくれないか?」
虹色の卵を差し出します。それは次の王様になる雛が入っている卵です。その中で時が来るまで眠っているのですが、温めていないと凍えて死んでしまうのです。
メンドリは、ハイ王様。と返事をすると自分の卵と共に温めました。王様の卵を温めているメンドリの元には、次々と鳥達が捧げ物を運んできます。
柔らかい草を、きれいな清水を、美味しい生き餌を……、メンドリは、すっかり贅沢な暮らしに慣れてしまいました。コッココッコと、自分で探さなくても運んで貰えるのです。
メンドリは考えました。このままずっとこの暮らしが続くにはどうすればいいのかと……。やがて王様の寿命が終わり、この世から消えてしまいました。
……、コツコツ、コツコツ……、メンドリのお腹の下で二つの卵にヒビが入ります。次の王様になる雛と、ただの鶏の雛が一度に産まれようとしています。
メンドリは考えます。少しばかり動き雛たちを見ると、どちらもクシャクシャで、見分けがつかないのです。
メンドリは考えます。王様の雛は皆にかしずかれて生き、自分の雛は地面を歩き回り餌を探す……。同じに温めたというのに何という理不尽な。
メンドリは考えません。生まれたばかりで力がまだ無い王様の雛をくちばしで突いて殺しました。プチ……パキン!と音がして雛は塵になり消え去りました。
王様の雛を迎えに鳥達が来ました。虹色の卵の欠片と自分の雛を見せました。新しい王様だ!と鳥達は声を揃えます。メンドリは重々しく話します。
「王様の雛はまだ力が弱いのです。大きくなるまでわたくしが育てる様に頼まれているのです。わたくしと一緒でなければ雛は渡しません」
こうしてメンドリは女王となりました。そしてその後、鳥の王国は……滅んでしまいましたとさ。
〜おとぎ話、メンドリと虹の卵より。
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わたくしの元に、お父様から親書が届きましたのは、陛下と駆け比べを終えた翌日。まんまと陛下に騙されましたのよ!わたくしが勝ったのに……、陛下ときたら、
「汗をかいてな……、城よりそなたの館の方が近い、湯を借りようとしたら……、そなたが入っていたとは、ハッハッハ」
確信犯ですわ!それにズルいですの、陛下が勝てば一緒に湯浴みの約束でしたのに……。勝負の意味がありません事よ!
「嘘つきは泥棒の始まりでしてよ!陛下がお勝ちになればとのお話でしたのに……!」
できるだけ身を湯に沈めつつ言いますと、
「元は泥棒ゆえ、何のことかの?どれ湯に入るとするか、その方達下がれ」
飄々とうそぶいて来られましたの!おまけに人払い迄なさいましたわ!悔しいですのぉ。控えていたマーヤ達がクスクス笑いを殺しながら、下がっていきました。
そして二人きりとなり、わたくしがソッポを向いてましたら、ここでなら話せる事もあるのだぞ、と気をそそる様に仰って来られます。何かしら?大事なお話?ここならば、わたくしだけが、お聞きする事になりますけれど……。
「そなたの国からグルトムに、荷が動いているのは知っておろう」
お姉さまのご婚礼のお荷物ですわね。この国を通らなくては進めませんもの。わたくしは気を取り直し、陛下に向き合います。
「はい、お義母さまも共にされるので、多くの荷が動いておりましてよ、お国を出る時には、もうキャラバンが立っているとお聞きしました」
「そう、キャラバンが出ておる、なのに何故日を置かずに、文を携えた早馬を飛ばすのだ?我が門番達が不審に思ってな、足止めしておるのじゃ」
少しばかりしかめっ面でお話をされます。はい?使者ですの?文……、わたくしは随分と昔に思える祖国での事を思い出していきます……、あああ!そういえば!
「その使者は……恐らく我がお姉さまが送った者かと」
「ああ……、あのツーンとした娘御か……、そなたの姉にしては可愛くないのぉ、で何故だ?婚約者にでも文を書いておるのか?そんな事をするようには、見えなかったが、我が王妃の方が可愛い」
口説いてますのかしら……、早く湯から上がらないと、のぼせそうですわ。
「いえ……その、お姉さまはどうやらその時に来られた『ご使者』殿にのぼせてしまって……」
「は!まさかターワンの爺にか!あの王も好き者で名を馳せておるからのぉ、どこに惚れた!」
「違いますわ!ご一緒されていらした、グルトムの王子様に、ですわよ」
「なんとぉ!別の男に惹かれたか!とすると文は……」
バシャン!とお湯を叩く陛下。
「そうですわ、恋文でしょうね……全く困ったお姉さまですわ」
わたくしの返事に、しばらく何やら考える陛下。お顔が真剣ですわ、お姉さまの事と何か絡んでるのでしょうか。
「……、ふーむ、そちの継母は……興味はもっとらんだろうな、幾度か出会ったが、何も考えとらん様子だったが……」
「ええ、政には特に……」
そうか、そして国許に帰るか……、ブツブツと何やら呟いておられますの。わたくしはそのすきに、湯から上がろうと立ち上がりますと、油断いたしましたわ!手首を握られ引っ張られたのです!
バシャン!と大きな水音、飛沫が上がり、無様に転びそうになるわたくし、でもそうならぬ様にそのまま引き寄せられましてよ!もう……まだ日が高うございます事よ陛下。
「さて、困った事になるやもしれん、そなたの兄がな」
ひそと危うい話をされて来ましたの。
「お兄さまが?そう。お聞きしたいのですがキャロラインとの婚姻は……、お兄さまはその気ではあらせられましてよ」
でなければ『樽』を持ち上げられる様に、日々鍛錬などいたしませんわ。出逢った姫と結ばれたいのだ、と公言なされていたお兄さま、他にも居られたでしょうに……、でももしかすると国の為を思い、選ばれたのやもしれませんわね。
「……できればまとめたいのだがな……、アレを持ち上げられるか?出来ねば両国の恥となってしまう、かと言って弟の娘をとなれば、この先ややこしくてたまらん、あれには息子も居るからな」
「……、ではキャロラインを痩せさせるのです、そしてお兄さまが危ういとは?」
「ぬ!王女を……それが出来るのならとうにしておるのだが……、そう、グルトムの王子と恋仲になりでもしたら、そなたの兄を弑して、王位を手に入れようと、動く可能性がなきにしもあらず、という話だ」
お兄さまを?全くもう!困った事になりそうですわ!後でその使者とやらに、しっかりと話を聞かなくてはと、陛下の腕の中で思いましたの。小さい頃にお母さまからお聞きした、メンドリのおとぎ話を思い出しますわ。
皇太子を弑して、他国の王子を引き込むなんて……良くない事ですわ!




