驚きましたの いよいよですわ、受けて立ちます!
「僭越で御座いますが……、王妃様、その……もう少し柔らかな雰囲気を、闘志というか覇気を感じるのですが……」
日が沈み夜が訪れた時、わたくしは婚姻の儀式を済ませました。この国の習いで、花婿と花嫁だけのお式でしたの。祖国では多くの列席者の前で宣誓を行うのに、お国が違えば変わるものですわ。
……、そしてその次に来るのは『初夜』ですわ!お式を終えると、一度わたくしに与えられた館に戻り、身を清めた後、今宵の支度を整えられていきます。
フツフツと湧いてくるのは……『負けてられない』という気分。エレーヌ夫人が見かねたのか、わたくしに進言をしてきましたの。
「はい!受けて立ちますわ!」
「いえ、お受けになられるのはよいのですが……。王妃様、お気持ちはわかりますが、戦いに向かう訳ではございません」
「何かで読みましたの、閨とは男と女の戦いの場であると書かれてましたわ、そうではなくて?昨夜の事を思い出すと……こう、闘志がみなぎってきましてよ」
そうですわ!わたくしは昨夜、生きた心地がいたしませんでしたの!目が覚めマーヤの姿を見ると、不覚にも涙が出てきそうでしたもの。
「昨夜、そうですわね、ではご緊張を解くために、我が国のお話をしましょう、王妃様、この国の先祖は『盗賊』で御座いました」
まっ!盗賊!ですから夫となる陛下は、あの様な野蛮な行いをされたのですか、でも待ってくださいまし、ここは『職人』の国として名を轟かしておりますわ。
「盗賊?職人ではなく?」
「ええ、そう伝わっております。盗んだ品物をそのまま売れば捕まってしまう、なので溶かして別の品物に作り変えたり、細工を施したり、または解いて縫い直したり、売りさばく為に、加工技術が発達したのでございます」
……、頭がクラクラしてまいりました。とりあえず時間が無い事ですし、切羽詰まっておりますから、わたくしはなんとか気を取り直すと、エレーヌ夫人に聞きました。
「ところでお聞きしたいのですが、貴方は夫はいて?」
「はい、ナフサがわたくしの夫で御座います。思えばわたくしも攫われましたのよ、それが婚儀の仕来りですから、ほほほほ」
「して、どのように」
「貴族の場合で御座いますが、先ずは親同士の話し合い、それから吉日を選び、花婿になるお方が花嫁を見聞しておくのです。間違ったら大変でございましょ、そして……屋敷に忍び込み盗んでいくのでございます。ほほほ、わたくしを抱きかかえ……素敵でしたわ」
「その後はどうなるのです!」
「攫われた後は、わたくし達の場合は馬を走らせ礼拝堂に向かいます。そこで祝福を与えられ……そのまま夫なるお方の屋敷にまいります」
「して、その後は……」
わたくしの問いかけに、はにかむ様に、にっこりと微笑んだエレーヌ夫人。そのままに直ぐですの!そうお顔が仰ってますわ!直ぐ……、ああ、わたくしは今から迎えの馬車に乗り込みますが、その先でする事は同じ……くぅ!情ない事にわたくし……、
少しばかり逃げ出したいと思っているのですわ!
☆☆☆☆☆
………仕来りなのだ、床入りのな、古来、美しき乙女をこうして攫い、妻にしたという由来からと聞いていると言いつつ、わたくしを抱き上げた陛下。
「……お、重くはありませんの?攫う……ここはどの様なお国なのですの?エレーヌからお聞きしましたが、誠ですの?」
わたくしは今、お父様より幾分お若い夫に抱えられ、寝台へと運ばれております。迎えの馬車に乗り込み、城中にある夫の寝室へと入り、マーヤと側仕えのナフサが部屋から下がると、突然抱え上げられましたから驚きました。
怯えた様子を見せるのか癪に触るので、わたくしはつっけんどんに話します。
「シルフの様に軽いぞ!ん!ああ昨夜は、アレが正式なる習わしだ。我の祖先は『盗賊』と云われておる故、ああ……いい香りがする。我が王妃よ……」
いい香り、恥ずかしくて顔が朱に染まります。
「……、まぁ!シルフなどと……ならば、腕からフワリと飛び抜けていきましょうか?盗賊でも精霊は捕らえる事は出来ませんでしょう?」
祖先が盗賊とは、どんなお国に来たのかしら、わたくしは、緊張と初めての事で怖くて、ドキドキしてます。黙っていると弱気が出てきそうなので、強がりを言ってみました。
昼の光を閉じ込めている薄紅色の発光石のシャンデリアの灯り、部屋に飾られた花の甘い香りが、幾分ソレを和らげてくれてはいますが、胸の音は高まるばかり、それに乗じて香油の香りが濃くなる様な……。
「昨夜は我はそなたに叩かれた、初めての事だった。未だかつてない経験……、良い、その気の強さ気に入った。それにかわいい事を言う、早くこの香りに包まれたい」
は?かわいい、ああ……いけません、お父様にも言われた事が無いそのお言葉、それに、つ、包まれるなんて、ますます恥ずかしくて、顔が火照ってきましてよ。い、一応知識としては有りますが、実践はありません、当然ですけれど。
マーヤの意味有りげな言葉が浮かびましてよ。
「姫様、いえ王妃様、なすがままに、この香油は『取り持ちの花』という名前なのですよ、王族の姫が初夜にだけに使う、特・別・な・お品なのです」
とここに来る前にわたくしの首元に香り高いソレを、少しばかり塗りながら、意味ありげにひっそりと、囁いた事を思い出しました。
エレーヌ夫人が馬車にてひっそりと、囁いたお声が耳に蘇ります。
「目を閉じていれば、終わりますよ」
はい!そうさせて頂きますわ!わたくしはきゅっと目を閉じて……大きく広く、そして熱く激しい陛下に包まれ、その夜を過ごしたのでした。




