世界は広いですのよ。外にはお花畑がありました。オーホホホホホ
わたくしは今……夜明けを迎えたの空の下、目の前に広がる花畑を眺めつつ、少しばかり感動をいたしておりましてよ、婚礼衣装に身を包み、ヴェールの上には、ここにも広がる瑠瑠華の花冠。
☆☆☆☆☆
思えばわたくしは何もしてこなかった姫でした。王族としてのつとめの事でございます。城内から出たことが無かったのです。城下で暮らす人々も、門の外の領地で暮らす人々の暮らしも何も知りませんでした。なので暗い夜明け前の出立に、見送る者などいないだろうと思っておりましたら……
城下に敷かれている、城に続き門に繋がる道の両側には、溢れんばかりの人々の姿。門迄はお父様達が付きそわれるので、そのせいかと思っておりましたが、今日一日お世話になる、わたくしのお祖母様『鉱山伯爵夫人』と呼ばれておられるお方が、隣国へと向かう馬車の中で、色々とお話してくださいました。
「花嫁は口を開いてはいけない仕来りですが、お話をお聞きするのはご自由なのですよ、貴方様のお母様、マリアともこうしてその時を過ごしました、よく似て……」
淡い薄紅色を光を放つ『蓄光石』が置かれた馬事の中で、お祖母様はわたくしを見たあと、城下の事を話しを始めました。そのお話によると、この国は鉱山がある無しで、暮らしぶりが変わるそうです。
「差が激しいと申しますが、富が集まり易いのです。ない場所、採掘しつくした場所は、食うや食わずカツカツなのです、鉱山で働ける者もそうでない者も同じ、この城下街も、お城は御座いますか鉱山はありません、貴族、王族の落とす恵みで生きている、そういう街なのです、今は見事で御座いますわね」
お母様がここをお通りになられた時は、今の様に石畳も綺麗に敷かれておらず、蓄光石の街灯も疎ら、大きな鉱山をいくつも抱えて、地の恵みが裕福なご領地でお育ちになられたお母様は、びっくりなさったそうです。
わたくしは窓の外に視線をやります。沢山の人々が晴れ着に身を包み、花びらを投げお父様にではなく、わたくしに声がかかってます、これは儀礼的に?でもありがとうございますとの言葉が多く聞こえるのは何故に?
ガラガラと軽快に進む馬車、多くの歓声、そしてたどり着いた、城下の門。外には国境迄の街道があるそうです。
そこで一度降りてご挨拶をする様にと、教えられてますので、わたしくはお祖母様のかいぞいで馬車から外に出ました。驚いた事に門周辺には、花が敷き詰められております。わたくしは手を取られたまま、そろりと踏みしめながら門を潜り外に出ました。
……!思わず声を上げそうになりました。目の前に広がる光景に驚きましたの。次のご領地迄は、何もない場所とばかり思ってましたのに、街道の両脇には一面の花畑が広がっています。そこで道にも多くの人々の姿。わたくしに手を振っております。
きょとんとしたまま、粛々と出立の儀式が進んでいきますわ、慌てて気を引き締めました。司祭様からの喜びの詞を頂き、そしてお父様とお兄さまのお言葉。
「良いものを残してくれた、皇后と姫には感謝をしている、王妃として相応しい娘だと思うぞ」
「アリアネッサのお菓子の日、『ラ・アリアッセ』は僕が引き継ぐ事になった。もはや国を代表する大切な事業だ。よく頑張ったね」
なんの事ですの?頷きつつわたくしは最後の礼を取ります。そしてお父様達が内側に戻られ、一度閉められた門。外には鉱山伯爵側で用意してくださった、きらびやかな馬車があります。準備が整うまでわたくしはお祖母様とそれに乗り込むと待っていました。
透明に光る石が置かれています。お母様のそれを思い出します。隊列が整うまでお菓子でもどうぞ、と箱に入れられたそれを広げたお祖母様。色とりどりの美しい蜜菓子が詰められています。
「このお菓子は、姫様の小さなお菓子と名前がつけられております。姫様がお配りになられておられたものです、週に一度必ず城下から仕入れて、そうお聞きしておりますよ」
そう、お母様がされていた事を引き継いだわたくし。今のじいに変わってからは何不自由なく手に入りますが、いっときは用意するのが大変で……それも前のが懐にないない『公金横領』していたからですけれど……。
「……、多い少ないではないのです。どの様な姫様とかも関係ないのですよ、民は置かれた立場など知りませんから。『姫様が買われたお品』コレだけで良いのです。そしてきちんとお金が支払われ、決められた日に買われる、この事が大切なのです」
わたくしに教えてくださるお祖母様。たとえお城でお姉さまに意地悪され、お義母さまに要らないもの扱いされてようと、姫であるわたくしが続けて買うと『王室御用達』になるのですって。そしてそのことを細くとも長く続けて行くことが、皆に少しばかりの富をもたらすのですって。
「これといった産業が無い城下に姫様は『菓子作り』を奨励されていたのです。姫様が買われる様にと、店は価格を抑え、尚かつ趣向を凝らす物を作りあげていったのです。今では多くの人々が挨拶やお礼にとお菓子を買います。そしてそれは包む紙や箱を作る仕事を、材料となる産物を作る仕事を、それを運ぶ仕事……、ひとつひとつは小さいですが、地についた事を残されたのです」
外に広がる花畑は、蜜菓子の大切な材料、鉱山に巣を作るという、メクラ蜂の為に植えられたと。わたくしの知らない世界が広がっています。
「中でも感謝しきれないのは、『養蜂』という仕事をお作りになられた事です」
養蜂……初めて聞くお言葉なのです。世の中にはどれほどのお仕事があるのでしょうか。熱心に聞くわたくしに、お祖母様は丁寧に教えてくださいました。
「メクラ蜂は、蓄光石の鉱山に棲むのです。こうして掘り出し磨けば明るいですが、鉱山の中は夜明け前のぼんやりとした灯りしか光っておりません。そこで働く者達は昼夜を問わず交代で動いてます。朝と夕の時を知るのは、メクラ蜂の動きでわかるのです」
薄翠の大きな羽を持つメクラ蜂は、夜明け前に巣を出て外に蜜を集めに行き、昼は葉の裏で休み、その時に腹の蜜袋に詰まった蜜が良い具合に熟成されるそうです。そして日が暮れる時に巣に戻る。
「大人しい蜂で驚かさなければ刺しません、そして蜂は採掘を終えた古い鉱山にでも残るのです。それまでは廃鉱山はなんの役にもたたなかったのですが、蜜の需要が増えるに連れ、そんな鉱山で蜂を飼うものが出て来たのです、蜜を効率的に回収する為に、そして精製技術も向上していきました。メクラ蜂は我が国にしかいません。その蜂蜜は、今では各国に取引される程の品物なのです」
大きく開けられた窓から外を眺めました。街道の両脇の人達は、この日に合わせてここに集まった養蜂や農家や近隣の人達だそうです。空がほのぼのと明けてきました。キラキラとした光が見えます。
「夜が明けますね。この国のお色は翠、メクラ蜂の羽の色、鉱山に住む妖精と呼ばれている蜂ですよ、外でご覧になられますか?」
お祖母様がわたくしの意を察してくださいました。頷き同意を伝えます。手を取られて外に出ました。閉じられていた門が開き、じいにマーヤ達の馬車、護衛の衛兵達が出てきて準備をしております。
――、王族として何もされてませんわね、城下の事を少しばかり考えればよろしいのに……
わたくしは多くの人にそう言われてました。表に出ることもなかったからです。何も知らず閉じこもり過ごしていたからです。
――、よろしいですわね。何もせずとも姫様とお呼びされて、みすぼらしいご衣装が似合いましてよ。
ヒソヒソと囁く声が今も残っております。薄紅色の空、髪に飾っている瑠瑠華と同じようなお色、地上にも様々な花に紛れ咲き誇っています。それに集まる薄翠色のメクラ蜂。キラキラと光りとても美しい蜂です。
なぜかしら……胸が熱くなってきました。旅立ちの時に涙は禁物ですわね、わたくしは空を見上げます。金色に染まる薄雲が風に吹かれて筋を引いていました。
一面の花畑、甘い香りが満ちています。わたくしはそう、言葉に表すと……、とても幸せでした。お父様から初めてお褒めの言葉を頂きました。お兄さまからは引き継ぐというお話を聞きました。
役立たずと言われてました。内心では、何も知らぬわたくしは、他国の王妃として、やっていけるのかととても不安でそれに押しつぶされそうでした。でも……
フフフフ、ホホホホ、お母様、わたくしはきっとやっていけますの、今はっきりとわかりましてよ、空から見ていて下さいまし。
隣国で何があろうと!きっと大丈夫そうですわ!そう、わたくしは鍛えられましたもの!オーホホホホホ!




