王族の婚姻とは 〜お兄さま、どうされましたの? オーホホホホホ
言祝ぎに訪れていらした方々がお帰りになり、窮屈から解き放たれたわたくし、隣国からナフサというお方が、わたくしの元に遣わされました。
「王の側近に仕えておりまする。この度は我が国の婚儀、宮廷の習い等を伝授する様、言いつかってまいりました」
わたくしに終身仕えるじい、マーヤ、アンも共にあれこれ学ぶ事になりましたの、ああ……婚礼とは、なんと険しき道のりなのでしょうか。その日が永遠に、わたくしの元へ訪れない気がしてまいりました。
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「よしよし、ロクサーヌ、美味しい?お前は隣国に連れて行けますが、パティはおばあちゃんですからね……、でもまた独りになるのは可哀想ね」
よく晴れた日、ロクサーヌで乗馬を少しばかり楽しんだわたくし、パティは沿うように走ってくれました。厩舎に戻り、馬丁が用意した餌をたべさせていると、ここにいたのかと声がいたしましたの。
「これはお兄さま、御機嫌よう」
従者の彼と共に入ってこられたお兄さま。居合わせた馬丁が慌てて平伏そうとするのを、制止をかけられました。
「ロクサーヌを連れて行くの?じゃあパティは私が引き受けよう」
気さくにお話になられます。
「パティを?彼女は気高くて、そして少しばかり気難しくてよ」
わたくしは笑いながら答えました。大丈夫、馬には好かれるんだとパティに近づくお兄さま。フー!フー!と少しばかり鼻息を荒くしていた彼女でしたが、しばらく視線を交わした後、よしよし、とお兄さまに首筋を撫でられていますの。
「まぁ……馬に好かれるって本当でしたの」
わたくしの声に、ラジャの血かな?ラジャは名馬の産地なんだよ、と答えて来られますの、あら……ご存知なのかしら。
「私の産みの母は、ラジャの姫だからね、クロシェと共に父上の元に来られたんだよ」
パティのたてがみを撫でつつ屈託なく話されました。
「そうでしたの、あら、でも待って、わたくしのお母様はラジャと縁組をされましたわ、だとするとお兄さまとわたくしは従兄妹になりますの?」
「ククク、そういう事になるが、姉妹で王に嫁ぐ事はよくある事だと思うよ、それより来る途中ドローシアを見かけたのだが、花園でぼんやりとしていた、あれも学びの最中だろう、疲れたのだろうか……」
お姉さまがぼんやり……それはおそらく『恋煩い』だと思うのですが、しかもお相手はグルトムの従兄妹様ですわよ、あの後お父様主催のお茶会で、あれこれ探りをいれましたら、彼はお国元に妻と子供がいらっしゃるそうです。
初恋は実らないとは、よくぞ言ったものですわ。まあ、元から実り様がありませんけれど。オーホホホホホ。
「さぁ……どうでしょうか?それよりお兄さま、わたくしは隣国に嫁ぐ事になりましたが、ひとつふたつ、腑に落ちない事がありますのよ、お聞きしてもよろしくて?」
「腑に落ちない、そう、そう思うのは当然だ。アリアネッサ達にはすまないと思っている、うん」
ぼーとしているようで実は聡いのかしら?そう、お兄さまも決まったご婚約者という存在が未だ無いのです。そして隣国には、『キャロライン王女』がいらっしゃるのですわ、年の頃ならわたくしの三つばかり下とナフサが教えてくれましたの。
「なぜにキャロライン王女とご婚約されないのですか?内々にはお話があるとお聞きしましたが……」
「んー、んん、キャロライン。ああ……キャロライン、アリアネッサは……会ったことはないよね」
「ええ、幾度かここにおいでとは聞いていますが、わたくしは出席しておりませんから」
お優しいお義母様のお心遣いで、お茶会にも、晩餐会にも、舞踏会にも狩猟大会にもお留守番でしたから。最近までわたくしの存在は幻とか言われてましたのよ。
外に出ようかと言われるので、わたくしはじいと共に、厩舎を出ました。
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通る風が気持ち良いですわ。時が過ぎるのは速いもので、あの舞踏会から、もうすぐ一巡りが来ております。婚礼衣装の仮縫いも終わり、わたくしがここを離れる時が、近づいていることを足元にある瑠瑠華の芽吹きを見ると実感します。
「あら、お姉さまったら」
花園にあるあずま屋でぼんやりと、ご自分の『手』を見ておられますわ。おそらくその指に、彼から贈られたご婚礼の御祝いのお品を、はめているのですわね。
裕福なお国柄が出ていましたわ。わたくしには大粒の白真珠の指輪、お姉さまには見事な赤珊瑚の指輪、姉妹だからと同じ形の色違い、王子様がご滞在の時には、はめておりましたが、今は箱の中に入れております。
「随分疲れている様だね、アリアネッサは大丈夫なの?」
「ええ、わたくしは大丈夫ですわ、それより先のお話ですが……、お兄さまはお会いになられたのでしょう?ならば問題は無いかと、昔から話しておりましたわ、大人になり結婚するのなら、本人に出逢ってからだと」
そう、お兄さまは『森の姫君』を読みながら、よく話しておりましたの。
「そう、私は出逢ってから婚約をしたいのだよ、きちんと出逢わない限りは、アリアネッサやドローシアに悪いは思っているのだけど、ね、そうキャロラインと婚約すれば、我が国は安泰になる、なるのだが」
立ち話もなんなので、ちらほらまばらに咲いている早咲きの花を眺めつつ、そぞろ歩きながら話されます。そうですわ、わたくしもお姉さまも、お顔を知らないお方に嫁ぐのですわよ。それが地位ある者の婚姻。
「ああ……キャロライン、キャロライン、君はなぜにキャロライン……」
物語の悩める主人公になられたお兄さま、どうされたのかしら、お姉さまの病とは少しばかり違う空気を、醸し出しておりましてよ。
つらつらと歩いていましたら、花園の外れまで来ていました。庭師達が休む小屋があります。仕事に使う道具が小屋の裏手に雑多に置かれていました。大小幾つかの樽が置かれています。中身が入っているのには栓が打ち込まれていました。その様な物を間近で見た事が無いわたくしは、面白いので近づいて行きます。
そしてお兄さまもそれに近づくと、栓がしっかりとささっているのを確認をすると……、信じられない行動に出られました。
「あの……お兄さま、どうされたのでございましょう?」
思わずお聞きいたしました。何故なら、ふんぬぅぅぅ!と中くらいの樽を持ち上げたのです!重いのかフラフラとするお兄さま、ド……ジャッ!と落とすように樽を下ろされました。
「……、くっ!ヨロヨロと、中くらいでこれとは……なんて無様だ!大を持ち上げられる様にならなくてはいけないのに……ああ……私は駄目な王子だ」
「そんな事は御座いません!王子様、以前よりはお力がつきましたよ、私なら持ち上げられませんゆえ」
手が汚れたお兄さまに、ハンカチーフを手渡しながらなだめる様に話す侍従。どうしてですの?いきなり樽を持ち上げられたのは……。お姉さまはぼーとされてますし、お兄さまは婚約の話を聞いたら、悩む主人公に成り果て、謎の行動に出られますし。
一体、わたくしの兄姉は……おつむりの中を、一回のぞかせていただきたいですわ!




