偵察に来られましてよ!お姉さま!いけませんことよ。〜オーホホホホホ。
果てしなく地味で破天荒なお国の記憶……、そこでわたくしは結婚したかといえばよく覚えておりません。ただ、その世での、一般常識としての知識はありましてよ。
出会い、親族の了承、結納、婚礼、この流れですわね。対して変わらないとは思いますの。ただ規模が大きいだけかしら?あちらでも家同士の婚姻とか……ありましたもの、『自由結婚』も。
先の記憶は、役立ちそうなものもあれば、無いものもあります。なのでそこは、便利に使っていこうかと思いますの。
そうそう、お姉さまから新たにお品が届きました。白のオパールに、ブルーサファイアが散りばめられたブローチです。前のお品……しごくありふれた首飾りでしたの、そればかりか、隣国のお色は何ひとつ入っていませんでしたのよ。
お姉さま!お勉強なさいませ。
☆☆☆☆☆
一国に二つの婚礼、どちらが先に?当然わたくしですわよ。わたくしは隣国の王妃として嫁ぐのですし、わたくしのお母様は皇后、そのいちの姫ですもの。当然ながら身に着けているのも、身分に応じた衣装ですわ。
ご自身を着飾る事に余念が無いお姉さまは、わたくしをチラチラと見てきますの。その視線には羨望の色がありありと……、わたくしも贈られてきたコレを手に取った時は少しばかり驚きましたもの。
繊細に編まれた白のレースのヴェール、そこに細い金糸銀糸で刺繍をされてる瑠瑠華と風鈴蘭、隣国からの贈り物ですの。レース糸も細いのでしょうか、手にしても羽根のように軽く柔らか……。
婚姻が決まった姫は、公の場に出るときは、顔を隠すのが決まり事なので、その為の品物なのです。わたくしがそれを被ってお姉さまの前に出たとき、ヴェール越しで見たお姉さまのお顔!
そしてわたくしの下手に座り、チラチラ、チラチラ見てこられるお姉さま。座ったままで退屈をするかと思ってましたが、フフ、フフフフ、なぜだかわたくし……、
とっても良い気分でしてよ!オーホホホホホ。
「ふう……退屈ですわ」
わたくしを見ることに飽いたのか、お姉さまが小さく呟きました。お義母さまも扇を広げて欠伸を神殺してますわね。
わたくしとお姉さまは今、ヴェールを被って椅子の華となっておりますの。今日は午前中から謁見の間で、お父様とお取引のあるお国の使者や、縁戚になるお国の方々から、言祝ぎをお受けする日、ちなみに明日は主だった貴族の方々から、お受けいたします。
立ち上がり礼をとったのは最初にご挨拶された、聖地ケラートから来られたお方のみですわ、それから幾度か休憩を挟んでいますが、ずっと座りっぱなしなのです。
……、でもお姉さまほどわたくしは退屈しておりません。何故なら他国の衣装を、一同に拝見するのは初めての経験。邪魔なヴェールを取り去って、じっくりと拝見したいですわ。
ちらほらある『私』の記憶が役立ちますわ。どこで拝見したのかは分かりませんが、見た事がある様な衣装の数々……。お母様の祖国となった、ラジャからは皇太子ご夫妻が来られてます。この国のご衣装は、色の違いは有れど男女の違いはあまり有りません、驚いた事に女性もスカートではなくて、薄絹でつくられた幅広いズボンですの!この御衣装で馬にも乗られるとか。
幾枚も上着を重ねてから、刺繍を刺した帯でゆるりと結び、ゆったりとした厚手の上着を着ておられます。上着の鮮やかな紋様が素敵ですわ。キラキラとしているのは宝石がはめ込まれてるのかしら……。
「この度はおめでとうございます」
そう言いつつ、両手を袖口に入れられ、掲げながら頭を下げられるのも、お国柄ですのね。面白いですの。皇太子妃のお方も、高く結い上げてなくて、茶色の髪を編み込み、簪と花飾りでまとめておられ素敵ですわ。
グルトムからは、第二王子様が、ターワンの重鎮のお方と共に来られてます。まぁ……頭の中で流れますわ『アラビアンナイ〜ト』
その様な装いですの。第二王子様は珍しい黒髪に涼しい目元の蒼の瞳、通った鼻筋日に焼けた肌……。あら!『イケメン』というのかしら。
わたくしが『私』の記憶を引っ張り出しながら楽しんでいますと、お姉さまのお声が耳に刺さりましたの!
「素敵になられたわ、昔一度だけお会いしたことがあるのですが……、覚えてらっしゃるかしら」
とろりとしたお声が……会った事が?ああ……確か『従兄弟』になられますものね。
「ターワンの皇太子様も、彼の様なお方なのかしら……」
ぽう、とした様なお姉さま、座りすぎて寝ぼけてらっしゃるのかしら?
「ねえ……アリアネッサ、素敵だと思いませんこと?」
は?お姉さまが、わたくしに話しかけて来ましたの、しかも親しく……、これはどういう事なのでしょうか。素敵か素敵じゃないかと言われれば……聞かれたかには、答えることにしました。
「分かりませんわ、お姉さま」
「何故?あの蒼い瞳、海のお色なのかしら……」
「海、書物の中でしか知りませんけれど」
つれなく話します。海については『私』は知っておりますわ、裸同然で泳いでいた覚えがありますの、ほんとに!なんて国に生まれていたのやら……思い出すのもいい加減にしないと、頭が痛くなります。
☆☆☆☆☆
「疲れましたわ、途中からお姉さまが寝惚けられますし、明日が思いやられますわね、明日は夜には舞踏会が開かれるのでしたかしら」
お茶を頂きながら、給仕をしているじいに問いかけます。
「ご苦労様です。明日の夜はその様に伺っております。少しばかりお聞きしてもよろしいでしょうか」
柔らかい蜜菓子をつまみ食べているとじいが、お姉さまの事を聞いてきました。
「お姉さまったら、グルトムの従兄弟様が素敵だとか、いいとか、そんなお話ばかり繰り返してこられたのです。既に婚約をしている身で、何を寝惚けた事を仰るのかしら、聞いている身にもなって欲しいですわね」
「ニの姫様がその様に……、まぁ、王妃様がお側についておられますし、道中にもお付き添いになられますから、大丈夫とは思いますが」
「……、王族の婚姻の心得をもう一度、しっかりと教えた方がよろしくてよ」
花の香りのお茶に、このお菓子は良く合います。疲れた身体に染み渡りますわ。それにしてもお姉さま、恋人、愛人を持つのは少しばかり早すぎてよ。『結婚』してからどうこうあるのは、どこの世界もあるのですわ。わたくし?色恋は書物の中の事だと思ってますの。
「じい、お姉さまの事は、ほおっておいてもよろしいのかしら?」
お姉さまの身の上を案じているのではありません、婚礼前にあのイケメン王子様とあれこれになられたら、国家間でややこしい事になりますから。
「大丈夫かと思いますが、それよりここしばらくは馬場に行くのはお控え下さいまし」
他国の来賓、それに付きそう従者が城に滞在しておりますゆえ、と気をつける様に話してきました。
「何故?一人で出歩く事はありません事よ」
「他国の者は油断なりませんゆえ、あらぬ噂が立ちでもしたら大事です。彼らは我が国を、見に来ているのですから……」
「見に来ている、それは偵察の事?」
はい、とじいが話します。二姫の婚姻を一度に出す、ということは国力があるという事で御座いますから、今後の国交をどうするか考えつつ滞在されるのです。と言葉を重ねました。
「……、そう、面倒に巻き込まれたくないですわ、わかりました。気をつける事にいたしましょう」
わたくしはお茶を飲み終えた時、お姉さまの惚けた声を思い出しました。
――「ねえ……アリアネッサ、素敵だと思いませんこと?」
『私』の記憶がむくむくと湧き上がります。あの状態は……おそらく『一目惚れ』そして、
万が一、婚約破棄したいのですと、お姉さまが言い出しでもしたら……お父様の事ですから、身代わりを立て、お姉さまにはお父様自ら『死出の御盃』を手渡される事が、容易に想像できますわ。
それも良い展開かもしれませんけれど、ね、お姉さま。
オーホホホホホ。




