偵察に来られましてよ!お姉さまいらっしゃいまし 〜オーホホホホホ。
髭面のジョンという男がいた。その頃……、大地は昼も夜も、戦い荒れ狂う人間たちの狂気の渦が広がっていた。髭面のジョン、この戦いの終止符を打つべく立ち上がる。
ジョンは神の山、ラップ山を目指して旅をする。そこで祈りを捧げ、新しき力をどうすれば得ることが出来るか、神託を受ける為に髭面の男は進む。
貧しい母国を救うため、王を助ける為、彼は流離い岩場を登る、爪は剥がれ血を流そうとも、岩に指かけ男は進む。男は岩場を滑り落ちる、踏みとどまる、息を呑み、心整えまた上目指す。
空には鳥が声立て鳴いている、落ちて動けぬようになったとき、肉を啄む為にウタウタウ。
下には集まる肉喰らう四足が、生臭い息の霧をモウモウ立ち上げながらウロウロうろつく。
髭面のジョン、上を目指してただ昇る、そして……一つの岩棚にたどり着いた。仰向けに寝転がるジョン、空気は薄く冷たく男を死に誘う。
高く高く見上げる先にはそびえ立つ岩の壁、もう進めない、ヒュルルと風のオト、ギャッゴギャッゴと鳥のコエ、最早ここ迄……神よ、我が神よ、王に戦う力をお与え下さい、ジョンは祈る。
願いは届く、神は男にそれを与えた、血と熱を与えれば弾ける物を……。
〜髭面のジョンは小石を王に捧げる。より抜粋
まあ!全く神様ったら、ろくでもない物をお与えになられましたわ!
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花には虫が寄る……とはよく言いましたわ、わたくし花ならば集まって来られるお方は虫。お母様が皇后になられてわたくしはそのいちの娘、母の身分でどうこうとは本当でしたわ。
――とんでもなく忙しい日々が、わたくしに訪れました。始まりは、正式なる宣旨をお父様から受け取った翌日……。
「まぁ……マーヤも皆もどうしたの?」
朝起きると、最初に気がついたのはマーヤ達の装い、今まではとは違い、エプロンにはふんだんにレースがあしらわれ、スカートの裾にはフリル、髪には布で作られた瑠瑠華の飾り、今までは花飾りも無く、服の意匠もどちらかといえば地味だったのですが。
「じいや様が持ってきてくださったのです。姫様の側仕えや侍女のお仕着せなのですって、似合いますか?花飾りなんて初めてで、落としたらどうしようって、皆で話してます」
にこにことしながら答えます。後でじいに聞いたところによると、主の身分によりお仕着せも位があるというお話でした。髪飾りはわたくしの慶事によってのもの、そうなればお姉さまも?聞けば
「いえ、『二の姫』様でございますし、皇太子妃として嫁がれるので、慶事に従いリボンを結ぶよう、表からのご指示でございましたよ姫様。」
まぁ……そういえば、じいも少しばかり派手やかに着込まれて……、胸にはコサージュをあしらっておりましてよ、これも決まり事のひとつみたいですわね。
「おはようございます」
食後のお茶を頂いておりますと、クロシェ夫人が参られます。わたくしは日々のお勉強の他に『社交界』について大急ぎで学んでいる最中なのです。
何しろ人恋しくて大勢の中に行けばお姉さまに虐められ、お義母様からは晴れやかな場には遠ざけられ、おそらく受け身一辺倒でした、かつてのわたくしに興味を持つことなかったお父様とは出会うことすらなく……、お祖母様がお亡くなりになられてからは、ご機嫌伺いに来る人も居ない日々。
当然、人様をご招待してという、正式なお茶会等開いた事も無く、ましてや舞踏会など別世界。王妃としてこの先過ごすのですから、知らぬわからぬではいけないのです。
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「姫様にご挨拶したいというお方が、いらっしゃいましたが……」
クロシェ夫人に、お茶会のあれやこれをお聞きしていた時、じいが来客を告げてきました。わたくしの身分が上がった事により、誰や彼やがここに訪れて来ますの。とりあえず色々と覚える為に、時間の許す限りお会いしております。
しかしながら、お姉さまの取り巻きの令嬢様達も来られるのには、少々辟易していますの。わたくしも、喜怒哀楽は備わっておりますから、過去の仕打ちをしっかりと覚えてます、なので表には出しませんが、いい気分にはなりません。
「二の姫様で御座います」
「まぁ……お姉さまが?珍しいこと、お通ししなさい」
はい、と下がるじい、そしてその場に居合わせていたクロシェ婦人が、マーヤにお茶の支度をする様に言います。テキパキと動かれるクロシェ夫人先程の、お話を早速実践してみましょう。
「姫様、おもてなしは必要で御座いますが、応酬も必要要素で御座います。場に合わせ出来れば、クスリと笑えるお言葉選びが大切です」
……、難しそうですわ、わたくしに出来るかしら、あの手この手を考えていましたら、お姉さまがいらっしゃいました。当然ながら……
「ご機嫌よう、ご気分はいかがでしょうか?アリアネッサ様」
渋々といった空気を醸し出しながら、お姉さまが頭を下げ一礼をします。まあ!わたくしの名前を……しかも『様』付きですわ!……、『お前』から随分、出世いたしましたわね。
「お姉さま、ようこそ、お座りになって、お茶を淹れますから」
一方わたくしは好きに呼べるのです。なので以前と同じにいたしましたの。ありがとうございますと顔を上げお答えする時も、椅子に近づき座る時にも、あちこち目を泳がせ視線を送るお姉さま。マーヤがティーカップに、熱いお茶を注ぎます。
「百花茶で御座います、お菓子は城下のタムの店からの献上品で御座います」
タムの店の蜜菓子は、琥珀色で中に季節の果物がはいってますの、わたくしの婚姻が決まったお触れが出てから、毎日の様にお菓子が届くのです。お母様が亡くなってから、城下町など足を運んだことが無いわたくしに、何故?と思いじいや、マーヤに聞くと、
「当然で御座います」
二人ともニッコリ笑って、ご婚礼の時に外に出られたらおわかりですよ、としか教えてくれません。わたくしはお茶を一口飲み、菓子を一つ手に取ると口に運びました。じっと様子を見てから、お姉さまはカップに手を添えます。
「頂きますわ、まぁ……金縁の素敵なティーセットね、華奢で軽くて……優美な模様、これは隣国のお品ね?それに寝台の天幕、あれはもしかして『星光布』?」
「ええ、お目がお高いですわね、快適ですわよ、夜、閨に入ると仄かに光に包まれて……、隣国から届けられたものですわ、毎日何かが送られて来ますの」
目ざとく見つけられておられますわね。そうですわ、わたくしの元には隣国からの贈り物や、わたくしにとりいろうとする者達から、或いは純粋に祝う気持ちの彼ら達から、品物がひっきりなしに届けられますの。
「毎日……、その腕輪も?見事な細工ですわ、真珠石をそこまで削り出して」
わたくしの手首に絡みつく様に、目を止めていらしているお姉さま、そこには小さな風鈴蘭を連ねた腕輪がありました。わたくしは、腕を上げて目をやります。
「王妃は、国の花を生涯身につけますから、早々に贈られてきましたの」
「……、そうでしたわね、お母様もそうですもの、わたくしは皇太子妃……身に着けるのは、少しばかり先ですわ!」
ふいっと腕輪から目を逸らし、忌々しさを隠してお茶を飲むお姉さま。こうして同じテーブルにつき、お茶をするなんて、わたくしはお姉さまのお茶会に、初めてご招待されたあの時を思い出します。
……、全く、今思い出しても酷い目にあいましたわ、思えばあの事がきっかけでわたくしは、住まいから出るのが嫌になったのですわ、でも……それもまたいい経験、あの時の取り巻きのお顔はしかと覚えてますもの。
口に出した事ではばかること無く、あちらこちらをジロジロと見ているお姉さま。今日は側仕え一人をお連れですわ。いつもなら取り巻きに囲まれて、側仕えや侍女も数多に従え歩いてらっしゃいますけど……、
「今日は……どのようなご用事なの?お姉さま」
ただのご機嫌伺いではないのはわかってます。側で澄まして立つ側仕えが、覆いを被せた箱を一つ胸に抱えていてますから……、ふ、ふふふ。中身は存じ上げてます。わたくしは、クシャル夫人を手招きするとひそ……と囁きました。
「すぐにご用意いたします」
彼女は礼をし、部屋から出ていきました。甘く香るお茶を一口飲みます。不敵にも笑みが浮かんできましたので、わたくしはティーカップを下ろすと、扇を広げてさり気なく口元を隠しました。
フフフフ、オホホホ、早くそれをわたくしに。
お姉さま。オーホホホホホ。




