エレガントに決めてやったぞ
アーバン・マフレインは悦に浸っていた。
父親から借り受けた大賢者印の魔道具を用いていとも簡単にカメリア・ランバートを拉致…コホン連れ去る事ができたのだから。
まずは認識阻害の魔術を発動させる魔道具で存在を隠し、医務室へとエレガントにコソコソと侵入した。
そして下品な下ネタや食べ物トーク、そしてキレのあるツッコミ(を言っているのは先程の美女人妻ではないか)が飛び交う中、それを笑いながら書類仕事をしていたカメリアと転移魔法魔道具にて別室に移動したのだ。
転移にて突然移動させられたカメリアはわけが解らず呆けている。
そしてアーバンはそれらがあまりにもスムーズに、そしてエレガントに行えた事で自画自賛しながら悦に浸っていたのであった。
「ふ、さすがは俺…アーバン・マフレイだ。ルシアン・ワイズや医務室の大魔神の鼻を明かしてやったぞ……」
お前の実力ではなくあくまでも大賢者印の魔道具が凄いのだ、と正論をぶつけられる者はここにはいない。
ここは許可なくして立ち入れない学園内の特別蔵書室。
無論施錠されており、その鍵は学園長室に保管されている。
大賢者印の転移魔道具のおかげでアーバンとカメリアは中に転移できたが、鍵がないと外部からは決して入れない。
貴重な蔵書を守るために湿気を逃れて三階部分にあり、光を遮るために重く分厚いカーテンが掛かっている。
外部から中を窺う事は難しい構造になっているというわけだ。
この部屋に連れ込んで、婚約誓約書にサインさせればいいと隠密の進言に従って正解だった。
ここなら誰にも邪魔されずにカメリアを口説き落とせると、アーバンはほくそ笑んだ。
一瞬の困惑の後、すぐに事態を把握したカメリアが気丈に睨みつけながらアーバンに言う。
「これは……犯罪ですよ、マフレイン侯爵令息」
「アーバンと呼んでくれと何度も言っているだろうカメリア」
「私はファーストネーム呼びを許可していませんが」
静かに怒気を含み、拒絶の意思を色濃く出すカメリアにアーバンは鷹揚なもの言いで告げた。
「無理やり連れて来たのは悪かったと思っているさ。だけど最近はルシアン・ワイズやたかが子爵家の子伜がキミの周りに居座って中々二人になれなかったじゃないか」
「ルシアン様とノア様は私の護衛をしてくれていたのです。貴方と決して二人にならないように。そう、こんな最悪な状況にならないように……!」
「最悪とは酷いな。ボクはキミの将来のために正しい選択へと導いてあげようと心を砕いたというのに」
アーバンはそう言ってエレガントに前髪をかき上げた。
カメリアが目を眇めてアーバンに問う。
「正しい選択?」
「ボクの妻になるという選t「お断りします」
カメリアはアーバンが全てを言い切る前に突っぱねた。
「貴方と結婚する事が私の将来のため?こんな学園内で禁じられた方法を用いて誘拐までして、己の意のままに事を進めようとする人間と結婚して幸せになれるものか!ふざけるな!」
「校則違反である事はボクもわかっているさ。だが我がマフレイン家のような名だたる名家の者なら、優遇されて然るべきじゃないか?」
「……高位貴族であれば何をしても許されると?」
「当然だろ?」
「わが祖国ハイラムではそうではありません。アデリオールもまた然りだと思います」
「まぁこれが問題になっても、後の事は父上が何とかしてくれるさ。それよりもカメリア、早くこの婚約誓約書にサインをするんだ。正式に婚約者となって、誰よりもボクの近くに居る権利をキミにあげるから」
「そんな権利要りません。誰が貴方なんかと。第一、どうして私なんです?どうしてそんなに私に拘るんですか?」
「どうして?決まってるさ、キミは容姿も出自も能力も全て私の隣に立つのに相応しい女性だからだよ」
「本当の私のことなんて何も知らないくせに」
「それはこれから知っていけばいいじゃないか。若いボクたちには無限に時間がある。先ずは伴侶とする条件をクリアする人間を見つけた事を互いに喜ぶべきだろう」
「私は家に縛られない縁談をしてもよいと父に言われています。だから私は条件なんかで決して人を選ばない!」
カメリアの強い拒否を示され、ランバートは若干の苛立ちを感じはじめていた。
そしてそっと制服のポケットに忍ばせてある小さなスプレー瓶に思いを巡せる。
魅了魔法と同じ効果を数時間だけもたらす魔法薬。
できれば自分ほどの男がこんなものに頼りたくはない。
しかし、今のカメリアは突然連れて来られた事へ腹を立てて冷静さを欠いているようだ。
せっかくここまでの状況に持ち込んで、このチャンスをふいにするつもりはアーバンにはない。
『とりあえず魅了スプレーで言う事をきかせて、後からゆっくりと懐柔していけばいいか……』
きっとこれがスマートでエレガントな方法だと思い至ったアーバンはポケットからスプレーの小瓶を取り出した。
そしてカメリアの近くへと足を進める。
「まぁとりあえず、サインだけしといて貰おうか」
アーバンが手にしている物を凝視してカメリアは後退った。
「そ、それはなんですっ?私に何をしようというのですっ……?」
「何もしないさ。キミを素直な気持ちにさせてあげたいだけだよ」
「私は今、充分に素直なので結構ですっ」
恐怖に顔を引き攣らせるカメリアにアーバンはじりじりと近づく。
「まぁそう言わないで。この魔法薬はとてもいい香りがするそうだよ」
手を伸ばして噴射すれば届く距離まで近づき、小瓶の蓋をあけようとしたアーバンの耳に幼い少女の声が届いた。
「いいかおりっておいしいもの?」
「は?」
アーバンが目を大きく見開いて声がした方へと視線を向けた。
するとそこにはトリカラの屋台で会った幼女がワクワクとこちらを見あげて立っていた。
「お前っ……!?一体どこから侵入したっ!?」
「ねぇとりからのにおいのおにいさん、どんなおいしいにおいがするの?」
「食べ物の香りじゃない!なんだこのガキはっ!」
アーバンがそう声を荒らげた瞬間、もの凄い音を立てて蔵書室のドアが蹴破られた。
そして、そのドアを蹴破った張本人と思われる人物が眉間に深いシワを刻んで言った。
「ノエル……お前の魔力が優れているのはわかっているが、勝手に一人で転移で入室するなんて危ないだろう……」
どうやら間一髪のところで、フェリックスたちが間に合ったようだ。




