アーバン・マフレイン、トリカラを食す
アーバン・マフレイン侯爵令息は、この学園祭を有意義なものにする気満々である。
前々から我が結婚相手に相応しいとアプローチを続けているカメリア・ランバートをこの学園祭で必ずものにするつもりであるし、高位貴族令息として普段は口に出来ない……プライドが邪魔して普段は食べられないような庶民の味とやらを屋台で食せるのを楽しみにしていたのだ。
メインの目的であるカメリアとの接触は学園祭に潜伏させているマフレイン家の影の者が頃合を見計らって知らせてくるだろう。
あの忌々しいルシアン・ワイズがカメリアの側に居るようになってから近寄り難くなってしまい、カメリアが一人になるタイミングを逃したくなくて父親に頼んで影を入れて貰ったのだ。
近頃はなぜかルシアン・ワイズの友人であるノア・ジャクソン子爵令息までカメリアの側で付き纏うようになり、さらにアーバンはカメリアに近付けなくなってしまっている。
「カメリアに至近距離で接触さえ出来れば……」
アーバンは制服のジャケットのポケットに忍ばせているスプレーに触れた。
魅了に似た効果が期待出来る魔法香水だ。
あくまでも魔法薬の分類なので効果は一時的だが、このパフュームをカメリアに浴びせ、魅了の効果があるうちにプロポーズをして誓約書にサインさせよう……という計画をアーバンは企んでいるのである。
そのためには是が非でもカメリアと二人きりにならねばならない。
絶対に邪魔立てされずに、彼女に婚約誓約書へサインさせねばならないのだ。
『まぁ学園祭は二日ある。その中で必ず、我が家の手の者が絶好のタイミングを知らせてくるだろう』
なのでそれまで、アーバンは第二の目的を果たす事にした。
それは学園祭のために学園側が手配した市井の食べ物の屋台で、“トリカラ”なるものを食べる事だ。
クラスメイトが市井に遊びに出て必ず食べると話していたのを小耳に挟んだ“トリカラ”。
チキンがスパイシーな香りの衣を纏い、カラッと油で挙げられていという“トリカラ”。
そのクラスメイトいわく『噛んだ瞬間にジュワッと肉汁が溢れて、それがスパイシーな衣と相まってなんとも旨いんだよ』との事だ。
そのクラスメイトがそのトリカラとやらがどれだけ美味しいかを熱弁するものだから、ついアーバンも食べてみたくなってしまったのであった。
しかしアーバンは普段から高位貴族の令息として恥じぬような言動を心がけている。
それはもう他者の追随を許さない、パーフェクトでエレガントな自分を常に周囲に示しているのだ。
そんな自分がクラスメイトの話を聞いたから庶民のジャンクフードを食べてみたいだなんて到底言えるものではない。
そしてわざわざそのために市井に下りるなど、マフレイン侯爵家の嫡男として相応しくない行動なのだ。
なのでアーバンはそのトリカラなるもの食べることを諦めていた。
が、しかし。
学園側がイベントの一つとして、学園近くの市場で店に出店を出してくれるように手配したのであった。
───学園内にあるものなら?後学のためとして庶民の味に触れてみる高位貴族令息の俺……なかなか良いシチュエーションなんじゃないか?
アーバンはそう考えた。
クレープやウィンナーソテー、綿あめにフィッシュ&チップスにそして東方の食文化“トリカラ”。
様々な屋台が立ち並ぶ中、アーバンは迷わずトリカラの屋台へと向かった。
少々焦り気味に。
なぜ慌てふためいて屋台に向かう事になったのかというと、学園祭が始まって早々に屋台に並ぶなどガツガツするような行いはマフレイン家としては恥ずべき事だからだ。
だからほとぼりが冷めて、客足が穏やかになった頃合いに威風堂々と行けばいい。
アーバンはそう考えていたのだ。
だがトリカラが生徒や学園祭に来た招待客たちに大人気で、午前中には完売してしまうかもしれないと聞いて慌てて飛んできたのであった。
結局エレガントでも威風堂々でもなんでもない。
「お兄さん、ギリギリセーフだったね!これが最後だよ」
そう言って屋台の店主からトリカラ数個が入ったカップを手渡される。
───ふぅ~俺、セーフ~!
と内心思いながらカップを受け取ると、すぐ後ろに並んでいた小さな女の子が店主に言った。
「えー!おじたん、もうとりからないの?」
店主はその幼女に申し訳なさそうに眉を下げて謝った。
「ごめんよお嬢ちゃん。たった今、あのお兄さんの分で売り切れちゃったんだよ……」
その言葉を聞き、幼女はアーバンの方を見て悲しそうな顔をする。
「のえるのとりからがぁ……」
そして店の店主と二人、じっとアーバンを見つめて来た。
───な、なんだよコイツら!俺のトリカラを狙っているのかっ?狙っているんだなっ?店主め、『一個くらい分けてあげたら?』なんて顔をするんじゃない!幼女!貴様も『お兄さんくれないかなー?』なんて無垢な眼差しを向けてくるんじゃない!
勿論このトリカラは全部自分が食べる所存であるアーバンは二人の視線を無視してトリカラにかぶりついた。
「あー!のえるのトリカラがぁ~……!」
───誰が貴様のトリカラだ!これは俺の!アーバン・マフレインのトリカラだ!
幼女が悲しげな声を出すも、アーバンは構わずトリカラを食し続けた。
その時、女性の声が耳に届く。
「ノエル!勝手にウロウロしないでちょうだい。転移魔法防止と居場所特定の魔道具ペンダントを付けているからすぐに何処にいるかわかるけど、ママから離れちゃダメでしょう!」
「だってぇ……のえる、とりからたべたかったんだもん……でももうないって……」
「まぁ……完売したのね。それは残念だったわね……」
「ままぁ~!」
会話の内容からその女性が幼女の母親であることがわかった。
怒っていても、温厚な性格を物語る柔らかなもの腰と表情はオトナの女性の色香を匂わす極上の女性だった。
───美しい人妻だな。あと十歳ほど若かったなら、俺の妻候補に入れてやっても良かったが。
そんな事を思いながらアーバンはむしゃむしゃのトリカラを食べ続けた。
「でもこればかりは仕方ないわね。じゃあ向こうでクレープを食べましょう」
「うん!ぶるーべりーのにする!ぱぱは?」
「パパは大切なご用事かあると言って、お兄さまの所へ行ったわ」
「じゃあのえる、ぱぱがかえってきたら一緒にわたあめたべる!」
「ふふ。いいわよ。今日は特別ね。さぁ行きましょう」
「はーい!」
そう言って母と娘はトリカラの屋台の前から去って行った。
───フッ、最後のトリカラをゲット出来るなんて。やはり俺は選ばれし人間なのだ。
アーバンはそう思いながら、最後のトリカラを口に放り込んだ。
その仕草はエレガントのようなエレガントではないような。
そうして食べたトリカラが、後で思わぬ形となって返ってくることを、この時のアーバンは考えもしなかったのである。




