閑話 ノエルたんの唯一
“ワイズの唯一”についてルシアンが人生の先輩である父親のフェリックスに話を聞いた後。
居間に戻ってきたハノンとフェリックスが話の流れで二人で昔の話などをしていたその時だった。
「……ノエルの魔力の波動を感じる……」
とフェリックスがつぶやいた。
「またもうあの子は!」
それを聞いたハノンが勢いよくソファーから立ち上がりキッチンへと向かう。
するとまさに末っ子のノエルが子ども部屋からキッチンへ転移魔法で来て、こっそりケーキクーラーの上で冷まし中のマドレーヌに手を伸ばそうとしていたのだ。
「コラッ!ノエル!!」
「きゃっ」
いきなり現れた母にマドレーヌを盗み食いしようとしていた決定的瞬間を見られ、四歳になったノエルは驚いて小さく飛び上がった。
「また盗み食いをして!」
ハノンが娘を叱るとノエルは首をぷるぷると振って言う。
「まだたべてないから“ぬすみぐい”じゃないもん」
「屁理屈を言わないの。今日はおやつにメロディが焼いた顔の大きさほどもある巨大クッキーを食べたでしょう?そのマドレーヌは明日にしなさい」
「だって、やきたてのままのまどれーぬはいましかたべられないのよ?さめたらしっとりで、やきたてはふわふわなのよ?」
「……ホントに口は達者なんだから……。お夕食のサーモンソテーもサーモンまるまる一匹分は食べていたのだからもうダメよ」
「そんなぁ……」
母であるハノンにこれ以上は食べるなと言われてしょげかえる娘にフェリックスは言った。
「相変わらずノエルたんは食べることが大好きだなぁ」
「ぱぱ……」
ノエルは涙を浮かべてフェリックスを見上げる。
目を潤ませて救いを求める娘を、フェリックスはキュンとして堪らず抱き上げた。
「ノエルたん……!」
「ぱぱ!」
抱き上げられたノエルがヒシと父親の首に抱きつく。
それを側で見ていたハノンがジト目で見ながらフェリックスに言った。
「フェリックス、絆されちゃダメよ。あなたが自分に甘い事をノエルはちゃんとわかっているのだから」
「しかしだなハノン、こんなに悲しそうに目を潤ませて……」
「ぱぱ……のえる、まどれーぬたべたい……」
「くぅっ……!」
きゅるきゅるうるん、な瞳でおねだりされてフェリックスはたじろぐ。
「ノエル!パパを籠絡しないの!」
「やだ!のえるはまどれーぬたべるんだもん!」
「食べ過ぎなの!おデブちゃんになっちゃうわよ」
「のえる、ぶたさんもすきだもん!」
「主に食べるのが、でしょ!」
「ノエルたんが豚さんになって食べられちゃうのはパパは嫌だなぁ」
「ぱぱ、あんしんしてね?のえるはぶたさんにはならないから」
「食べ過ぎていたらなるのよ!」
そんな賑やかな声がワイズ伯爵家のキッチンに響く。
食べる、食べてはダメ、豚さんノエルも絶対に可愛い、と言い合う親子を尻目にワイズ伯爵家のメイドが粗熱が取れたマドレーヌを保存容器に入れて片付けた。
それを見たノエルが悲壮感溢れる声で言う。
「あぁ…のえるのまどれーぬがぁ……」
「この子は本当に、まったく……」
半ば呆れるハノンにフェリックスがつぶやいた。
「ノエルたんの“唯一”は食べ物だな」
「えぇ?人以外にもアリなの?」
「愛してやまず、それに執着するなら“唯一”と言えると思う」
「年頃になったら変わるわよ、と言いたいところだけれど……この子の場合はそう言いきれないのが心配なところだわ……」
「いいじゃないか“唯一”が食べもので。どこぞの馬の骨に奪われなくて済む。ノエルたんはずっとパパと一緒に美味しいものを食べて暮らそうな」
「うん!パパだいすき!」
「ノエルたんっ……!」
フェリックスは感極まって娘のすべすべで柔らかな頬に頬ずりをした。
それを見ながらハノンはつぶやく。
「《《食べ物の次》》に大好きなんでしょ……」
娘の行く末に少しだけ不安を感じるハノンであった。
───────────────────────
そんなノエルたんにも、いずれ本当の“唯一”が現れるのかしら……?( ˘͈ ᵕ ˘͈♡)




