ワイズの唯一について
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ワイズ侯爵家は西方と東方両大陸合わせても屈指の古い血脈を誇る家門の一つだ。
千年近く前のアデリオール王朝黎明期には既に“侯爵”という位に座していたという。
しかしそれよりずっと以前、古代と呼ばれるその時代からワイズの血筋は脈々と受け継がれてきたのだ。
その血を受け継ぐ者として最も特徴的なのがたった一人の人間に執着を見せる事であろう。
ワイズ家の性癖……ではなく一種の特徴的な能力とも呼べる“ワイズの唯一”。
初めて恋情を抱いた異性に対し、異常なまでに執着を示す……。
それは魔力の純度の高さを維持するためのものなのか、それとも高すぎる魔力を持つ人間特有の懐疑的な性質のためか。
とにかく魂が求めるままに、その唯一と定めた相手だけに深い愛情を抱き伴侶とする。
一血族の独特な性質のために詳しい研究はされていなが恐らくは魔力の相性の良い者、自分のより良い遺伝子を残せる相手を無意識に選んでいるのではないか…という説がある。
前当主アルドンまではその唯一に対する意識はそれほど強いものではく、ワイズ一門の中でも段々と薄れてゆく性質なのだと認識されていた。
が、アルドンが先祖返りなのかは定かではないが、彼とその息子や娘そして孫たちにも、祖先を彷彿とさるその性質が色濃く受け継がれたのであった。
ルシアンの体の中にも当然、そのワイズの血が流れている。
そして父が、祖父が伯父が従兄弟たちがそうであるように彼の心の中にもたった一人の人間が存在し続けていた。
だけどまだ17歳と年若いルシアンに、幼い頃から抱くこの感情が“唯一”に対するものなのかが解らない。
なのでルシアンは一番身近な先輩である父親のフェリックスに訊ねてみることにした。
「父さん、少しいい?」
夕食も済ませ、居間の暖炉の傍で読書をするフェリックスにルシアンは声をかけた。
フェリックスは本から顔をあげて息子を見る。
「どうした?」
「ちょっと父さんに訊きたいことがあって」
ルシアンはチラと居間の中を見渡した。
母や妹たちは別室に居るようだ。
「こっちに座ったらどうだ?」
フェリックスは暖炉の傍の一人掛け用の椅子に座るように促した。
「うん」ルシアンはそう言って素直にその椅子に腰を下ろす。
「それで訊きたいこととは?」
今度は言葉を促す父親に、ルシアンは少し逡巡して言う。
「ワイズの唯一についてなんだけど……」
「この人が自分の唯一かもしれない、と思える人に出会ったのか?」
唯一という言葉を出しただけなのに。どうやら父にはお見通しのようだ。
「出会った、のはずっと前かな……」
「その人が自分の唯一なのか、知りたいんだな」
「………うん」
恥ずかしいからと逸らかすのは意味がないと感じたルシアンは素直に頷いた。
そんな息子に父は穏やかな口調で言う。
「恋情を抱いたのが最近だろうがずっと前だろうが、今その人の事で心がいっぱいであるなら、それが答えだよ」
「初恋……イコール唯一、となるの?」
「どうやらその場合が多いようだな。だからなかなか異性に対して心が動かない。父さんの初恋は母さんだから十九歳の時だ。あ、でも年齢は関係ないと思うぞ」
「なるほど……」
息子の様子を見てフェリックスは言った。
「……わかるよ」
「え?」
「その相手が自分の唯一なのかハッキリと解らないという気持ちが」
「……父さんはどうだったの?いつそれが確信に変わったの?」
「いつの間にか、だな」
「いつの間にか?」
「父さんと母さんの出会い方が特殊だったのは、もうメロディさんに聞いて知っているんだろ?」
「うん」
そうなのだ。
ルシアンはすでに父と母の馴れ初めを知っている。
少し前に17歳になった時に、事実を知らない他人から変な事を吹き込まれるよりはとメロディが話してくれたのだ。
魔物の暴走で殺されかけた母を父が救ったこと。
卒業式の夜に薬を盛られ危険な状態だった父を母が救ったこと。
そうして自分が命を授かったこと全てを、メロディが語って聞かせてくれたのだ。
「こんなのは親の口から聞かされたって反応に困るから、身近にいる第三者に聞く方がいいでしょ?」
とニヤニヤと笑いながら。
その時のメロディのニヤけ顔を思い出すルシアンに、フェリックスは言った。
「とにかく母さんのことが忘れられなかったんだ。顔も名前もどこの誰なのか何もわからなかったけど、とにかくまた会いたくて必死になって探した。探すうちにどんどん気持ちは膨らんで、いつしか母さんの事ばかりを考えている自分に気づき、母さんが自分の唯一であると悟った。そしてそれは再会して余計に強く感じたよ」
「強く、熱い想いを感じた……?」
「ああ。そしてとても優しくて温かい気持ちで溢れた。彼女と共に生きていきたい。彼女以外は考えられない。そう心から強く思ったよ」
「そうか……」
正直、そこまでの激しい感情が自分の中にあるのかは解らない。
まぁ父と母とは状況が違うのだ。
だけど優しくて温かい気持ちというのは理解出来た。
それは確かに今、自分の中にある。
「わかったよ。父さん、ありがとう」
ルシアンの中で何かの答えが出たようだ。
ルシアンは自分の心を向き合い、こう思った。
───自分の中で答えが出たのなら、後はその気持ちを大切にするだけだ。
慌てず、焦らず。大切な想いであるからこそ相手の気持ちを尊重したい。
自分はまだ、彼女には異性として意識してもらっていないのだから。
───だからといってただ手をこまねいて側にいるだけのつもりはないけどね。
出来るだけ接点を作り、自分の目の届く範囲に居てもらおう。
だからこそ東方剣術部に誘ったのだ。
そんな物思いに耽る息子に父は言う。
「もちろんその気持ちは今でも変わらない、一生変わらない。というか母さんはどうしてあんなに可愛んだ?幾つになっても初々しくて、かといって大人の女性の芯の強さや気品は年齢と共に磨かれていって……」
「うん……そうだね」
父の母に対する賛辞はルシアンもそう感じている部分があるので同意しておく。
(初々しいというのがわからないが)
すると父は「そうだろうそうだろう」と大きく頷き、さらに母の良いところを並べ立てる。
「美人で優して料理上手で思慮深くて懐も深い。聡明で負けん気が強く魔法薬剤師の有資格者ときたもんだ。本当に俺の妻は完璧な女性だな……」
と最後の方はぶつくさとひとり言になっている。
その時、丁度母であるハノンが居間に戻ってきたのでルシアンは「父さん、ありがとう」と礼を言ってから席を立った。
後は母に任せよう。
ルシアンが居間を出る時に後ろから
「フェリックス?何をぶつくさと言っているの?」という母の声が聞こえて、
その後に「改めてハノンの素晴らしさを認識していたんだ」という父の声が耳に届いた。
「……ふっ」
ルシアンは思わず吹き出し、
そして静かに居間の扉を閉めたのであった。




