保護者来たる
台風のバカ
「……ルシアン様っ……!」
「お兄さま!」
聖女リリスの魅了により彼女の下僕となった魔術教師ウノムに攻撃されたポレットとミシェル。
その二人のピンチにルシアンが駆けつけた。
現在五年生であるルシアンの教室からこの実技室まではそれなりの距離がある。
大きな騒ぎとなったとしてもその喧騒が耳に届く事はないはずだ。
にも関わらずルシアンはまるで一瞬でここへ移動してきたかのように息一つ乱さず平然として立っていた。
ルシアンは驚いた表情で自分を見るポレットとミシェルの方へと視線を向けた。
「ポレット、ミシェル、二人とも無事か?」
「う、うん」「はい」
二人が頷くのを見て、そして無事である事を自身の目でも確認したルシアンが対峙する教師へと視線を戻す。
「……ウノム先生。これは一体どういう事でしょうか?」
「ルシアン=ワイズか。聖女様が交流を図ろうとしてくださっているにも関わらず、それを拒否し続けていると聞くが……なんと愚かなことか」
ウノムがルシアンを一瞥し、理解できないという態でそう言った。
対するルシアンは凛然として返す。
「愚かなのは先生の方です。魔術の教鞭を執るお方が奸計の術中に嵌るなどと……」
「妹が妹なら、兄も兄だな。生意気で御し難い、親の教育がなっていないのだな。嘆かわしいぞ」
「では後で本人に直接そう申してください」
「はぁ?フッ、何を言ってるんだ」
ルシアンが発した言葉の意味を理解しようとはせず、小馬鹿にするようにウノムはそう返した。
しかしルシアンはそんな態度を気に止める様子もなく告げる。
「とにかく、これ以上無体な事はやめてください。今なら魔術学園の教師の職を失う程度で済みます」
「たかが生徒が何を偉そうに……!」
ウノムが歯噛みした。
ミシェルはポレットに寄り添うように隣に立ちながらルシアンに訊ねた。
「ルシアンさま、どうしてここに?」
「僕と父さんのブレスにだけ仕掛けが施されているんだよ、ポレットが少しでも恐怖を感じたら感知するように。それにより転移してきたんだ」
「転移魔法……使えるようになっていたんですね、凄い」
ミシェルが尊敬の念をこめてそう言うとルシアンは軽く肩を竦めた。
「父さんは十五の年には近距離転移は出来るようなっていたらしい。ノエルは赤ん坊の時に会得していたしね」
その言葉を受けポレットが姉らしい柔らかな笑みを浮かべる。
「ノエルは食べ物への執念からだもの。父さまは大きくなるにつれて逆に使えなくなるかもと言っていたわ」
「まぁ……ふふふ」
ノエルの食い意地を知っているミシェルも思わず笑ってしまう。
いつの間にかウノムを蚊帳の外にして和気あいあいとする三人にウノムが苛立ちを剥き出しにして声を荒らげた。
「貴様らっ!私を馬鹿にしているのかっ!」
ルシアンは再びウノムに向き合い、それに答えた。
「とんでもない。ただ先生、本当にもうこれ以上はやめてください」
「ははっ、何を言っている?まだ授業は終わっていないぞ?」
「皆が怯えています。それに僕は仮にも教師に剣を向けたくありません」
「はっ、まるで自分の方が強いみたいな言い方だな。私は生意気な生徒には手加減しないと決めていてな、貴様の方こそやめるなら今のうちだぞ?」
ウノムの不敵な笑みを見て、ポレットがルシアンに言った。
「お兄さま危険だわ、相手は曲がりなりにも魔術師よ?」
「曲がりなりとはなんだ曲がりなりとはっ!」
ポレットの言葉にウノムが激高した。
ルシアンはそれを一瞥してから、はっと何かに気付き妹に告げた。
「僕が先生の相手をする必要はなくなったよ。だから心配は要らない」
「え?」
「貴様ら!また私を無視するつもりかっ!!本当に度し難い兄妹だっ、教師としてキツく指導してやらねばならないな!」
ウノムはそう言って懐から何やら魔道具を取り出した。
ルシアンたちの前に魔道具を掲げて下卑た笑みを浮かべる。
「ルシアン=ワイズ、貴様は騎士科の生徒だったな。専攻は魔術騎士か……こちらは丸腰、魔術騎士と魔術のみでやり合うのには分が悪いからな。少々手荒だが道具を使わせてもらうぞ」
「……それは何の魔道具なのですか?」
ルシアンが訊ねるとウノムは嘲り笑う。
「馬鹿め。こちらの手の内をやすやすと明かすものか。せいぜい指を咥えて何が起こるか見ているがいい。そして怯えて許しを乞えっ………えっ?」
しかしふいに、今まで居丈高に言葉を発していたウノムの様子が変わった。
自分の置かれている状況にようやく気付いたというか俄には信じられないというか。
とにかく後ろから自分の口元に剣の刀身が真横に向けられている事にただ瞠目している。
そのウノムの真後ろから剣を向けている相手が地を這うような低く冷たい声色で言った。
「せいぜい指を咥え何を見るんだ……?あぁ、術式を詠唱する前にその汚い口元を剣で裂かれる貴様の様子をか?」
「………ヒッ!?」
「生徒たちに威張り散らすのに夢中になって周りが見えていないとはなんともお粗末な教師だな。道理で簡単に魅了に引っかかるわけだ」
「え゛……?」
その声に諭されるようにウノムは目だけを動かして周囲を見渡した。
首を動かしたくてもあと数ミリで口元に触れるという近さで抜き身の刀身を向けられ、頭を動かすのが不可能だからだ。
心做しか刀身から冷気を感じる。
実技室にはすでに多くの王家の影と呼ばれる暗部の騎士たちが生徒を避難させ、ウノムを取り囲んでいた。
教師に向けていた剣を鞘に収めながらルシアンが言った。
「やはり来てくれたんだね、父さん」
「………え゛」
「父さん」の言葉を聞き、ウノムは背後から凄まじい冷気を放つ相手の正体を悟る。
「ブレスからポレたんの危機が伝わってきたんだ。飛んでくるに決まっているだろう」
「王宮から一瞬で?やっぱり凄いな」
「ルシーが居てくれるから大丈夫だろうと思っていたが、それでも肝が冷えたぞ」
「だからかな?さっきから空気が冷たい。父さん、魔力がダダ漏れだよ?」
「………(ホントに冷たい)」
ウノムはただ顔色を悪くしながら二人の会話を聞くしかなかった。
「俺は昔から怒りが高まると魔力に冷気を帯びるからな。これでも抑えてるんだ」
「………(これで?)」
「しかし、ここからは学園側と保護者の話し合いになるな。それなら遠慮は要らんか」
「いや極力抑えてよ。学園にブリザードが吹くなんて嫌だよ」
「善処する。それじゃあ魔術教師、二者面談といこうか?いや、この際だ学園長にもご同席願おう」
「………あ、いやぁ……その……ヒィィッ……!」
刀身が瞬時に凍りついたのを肌に感じ、しどろもどろになっていたウノムは悲鳴を上げた。
彼の後ろには穏やかな表情をしているものの、その漂う冷気に殺気と怒気を漲らせたフェリックスその人が立っているのだから無理もないだろう……。
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魔王降臨。




