ノエル、食への執着
「あら?お母さま、ここに置いて冷ましてあった今日王宮に持って行くために焼いたクッキーを知らない?」
「え?」
週に三日、王宮へと妃教育に通っているポレットがハノンに訊いた。
少し前からポレットは母親であるハノンに教わってお菓子作りを習っている。
甘いものが好きなディビッドに自分で作ったお菓子を食べてもらいたくて始めた事であった。
ハノンが作る菓子は皆、庶民が家庭で作るものばかりだが、それが却っていいのだとディビッドが喜んでくれているらしい。
まぁ彼はポレットが作るものならなんでも嬉しいのだろうけど。
今日もディビッドの為に朝からクッキーを焼いたポレット。
粗熱を冷ましている間に支度を済ませて戻ってみるとそのクッキーが無い事に気付いたようだ。
ハノンも確かにこのカウンターの上にあるクッキーを見ていた。
ポレットが箱詰めした訳ではないのなら………
「またノエルの仕業ね」
「あらまた?」
ハノンは急ぎ、ノエルのいる子ども部屋へと向かった。
するとやはり……
ラグの上に座り、周りにクッキーを沢山散らばせたノエルが今まさにそのクッキーを食べていた。
側でノエルを見ていたフェリックスが部屋に来たハノンに言う。
「ハノン、ノエルは……天才かもしれない……」
「天才じゃないわよ、ただの食いしん坊よっ」
ハノンはこめかみを押さえてそう返す。
一歳になったばかりの娘の食べる事への執着の凄まじさが末恐ろしくてならない。
そんなハノンにフェリックスはやや興奮気味に言った。
「キミから最初に告げられた時はまさかと半信半疑だったが、たった今それを目の当たりにして、その天賦の才を感じずにはいられないっ……!まさか一歳にして転移魔法を習得するなんて!これは王宮魔術師団の団長のカツラがぶっ飛ぶレベルだっ!」
「え?団長さん、カツラなの?」
ハノンよ、反応すべきはそこではない。
そう。ハノンとフェリックスの第三子ノエルが既に転移魔法を会得しているという事こそ特筆すべき事なのである。
今、ノエルの周りに散らばっているクッキーこそ、今朝ポレットが焼いたものである。
それをノエルが転移魔法を用いてキッチンへ行き、クッキーを置いていた網ごと持ってまた自分の部屋に戻って来たのだ。
そしてノエルはお姉ちゃんが婚約者の為に焼いたクッキーを嬉しそうに食べている。
「ち!」
ノエルが満面の笑みで言う。
それを見てハノンは思わず半目になる。
「“美味しい”じゃないわよ。『まんま』と『ち』、そればかりお喋りして……ノエル、勝手に食べちゃダメでしょう?お姉さまにごめんなさいしましょうね」
ハノンはノエルからクッキーを取り上げた。
「あー!まー!」
ノエルが取り上げられたクッキーを手で追う。
そして涙目になってべそをかき出し、フェリックスに抱きついた。
「ふぇぇん……」
可愛い娘が悲しそうに泣くのを見て、フェリックスは堪らない気持ちになる。
「ハノン、今回だけは許してあげようよ。あの腹黒王子(不敬)の胃の中に収まるより、ノエルが嬉しそうに食べる方がいいじゃないか」
「ダメよ。今日は良くて明日はダメなんて、子どもは混乱するだけよ。ダメなものはダメと一貫して教えてなきゃ」
「なるほど……でも、こんなに弱々しく泣いて……」
王宮では不躾に一人よがりな恋心をぶつけてくる女性を容赦なく突き放すくせに、肩に顔を埋めてべそをかく娘の背中を優しくトントンしながら言うクレバスの騎士。
「フェリックス、甘やかさないで。ノエルのためにはならないわ」
「わかった。ダメだぞノエル。め、だ。……いかん強く言い過ぎたかな……」
「………」
ハノンは末娘に激甘の父親の方を先に躾し直さねばならないと思った。
そしてポレットに言う。
「ごめんねポレット。せっかくディビッド殿下の為に心を込めて焼いたのに……」
「仕方ないわ。可愛いノエルが食べちゃったと知ったら、それはそれでディビッド様は喜ばれると思うし、また焼けばいいんだから」
「そうね、ありがとうポレット」
そしてこの後もちょくちょくノエルはキッチンに転移魔法で飛び、お菓子やジャムなどをつまみ食いした。
キッチンには危険な物も多々あり、出来立てのもので火傷する恐れもある。
その度にきつく叱るのだがノエルの食への執着は半端なく、
とうとうキッチンに転移防止の魔道具を置く羽目になった。
ノエルは女の子だが、ワイズ家特有の好きなものにとことん執着する血をどうやら色濃く受け継いでいるらしい……。
「はぁ……先が思いやられる……」
一人ため息を吐くハノンであった。
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次回の更新は来週の火曜日です。
よろちくび♡




