過去を振り返って……るちあん王都へ移り住む④ ハノン親子のお買い物風景
「ルシー。市場にお買い物に行きましょう」
「うん!」
フェリックスが非番の日。
ルシアンが午睡から覚めて少しした時にハノンがそう言った。
お絵描きをするルシアンをこれ以上ないほど目尻を垂らして眺めていたフェリックスがハノンに言う。
「ルシーは俺が見てるから気楽に買い物してきてもいいよ?」
それを聞き、ハノンは悪戯っぽい表情を浮かべて答えた。
「ルシーを連れて行くとね、色々とお得なのよ」
「お得?」
「あなたも一緒に市場に行く?ルシーが行くとお得な訳がわかるわよ?」
「?」
ハノンの言葉に首を傾げながらも、そういえば荷物持ちも必要だなと思ったフェリックスが二人の買い物に同行した。
フェリックスは侯爵家の令息だが、魔術学園時代や王宮騎士の仲間とこういった市井に出る事も多く、庶民の台所と呼べる市場を訪れても物怖じはしていない様子だ。
王都の中でも比較的大きな市場で、あちこちから賑やかな掛け声が響き渡っている。
その中で明らかに甘くなった声がこちらに聞こえてくる。
「いらっしゃいルシアンちゃん!きゃ~今日も可愛いわねぇ!林檎、もう2個オマケしとくからお母さんにアップルパイでも作ってもらいな~」
「うん!」
「可愛い坊ちゃんハムは好きかい?」
「しゅき!」
「じゃあハムをオマケにいれておくからな、沢山食べて大きくなるんだぞ」
「ありがとおじしゃん!」
「ルシーちゃん飴あげるよ」
「ルシアンくんが来てくれたから割引きしておくわね♡」
「……………」
市場でのルシアンの待遇が凄い事にフェリックスは目を丸くしていた。
「ふふ。分かったでしょう?ハイレンにいる時もそうだったけど、ルシーと買い物に行くとオマケやら値引きやらでとにかくお得なの」
「な、なるほど……」
「二人で暮らしていた時は、ホントに家計の助けになったわ」
「なるほどね」
買った食材を代わりに持ちながらフェリックスは感心していた。
どうやらルシアンの愛らしさに虜にされているのはワイズの家族だけではないようだ。
その時、花屋の若い店員がハノンに声を掛けた。
「そこの美しいご婦人、色味の良い薔薇が入ってるんですよ良かったら如何ですか。いや、どうか僕にプレゼントさせてください!」
「え?わたしに?」
「以前からお見かけしていて、綺麗な人だなぁと思っていたんです。もし良かったら今度お茶でも……ヒィィッ!?」
うっとりと熱のこもった眼差しでハノンに薔薇を差し出しながら言っていた花屋の店員が、ハノンの後ろにゆらりと立ったフェリックスの姿を見て悲鳴を上げた。
フェリックスは視線だけで人を射殺せそうな、お得意の絶対零度の眼差しで店員を睨み付ける。
「白昼堂々、人の妻を口説くとはいい度胸だな……?」
「ひぃぃっ……!?く、口説くなんてとんでもないっ……!」
「“よろしかったら今度お茶でも”だと?そんな日は絶対に来ない。来る訳がない。妻はそんな誘いにはのらない。第一俺が許さない。ついでにお前の事も絶対に許さない。二度と妻に話し掛けるな。わかったな?」
まるで呪いの文言のように告げるフェリックスの迫力に気押されて、店員は半泣きになりながら慌てて逃げ去った。
それをポカンとして見送るハノン。
フェリックスは唾でも吐き捨てそうな勢いで忌々しげに言った。
「ったく、油断も隙もない。やはり女性騎士を一人、ハノンの護衛に付けるか」
「バカな事いわないで。こんな事滅多にないから大丈夫よ」
「滅多にっ!?という事はたまにはあるんだなっ!?駄目だハノン。市場は危険だ。もう二度と来るな」
「何を言ってるのフェリックス……」
まさかこんな面倒くさい事になるなんて……。
ルシアンが市場の人に可愛がられている姿を見せてあげようと思っただけなのに……。
その後もフェリックスは買い物は外商を家に呼べだとかあり得ない事を言い続けたが、
もちろんそれに従うつもりはハノンにはない。
結局週に二回、フェリックスが早めに上がれる日に一緒に市場へ行く、という落とし所を見つけてこの問題は解決した。
まぁ結局ハノンはすぐにポレットを妊娠して、雇い入れたメイドが買い物に行ってくれる事になったので、その取り決めも早々になくなったのだが。




