過去を振り返って……卒業式の翌日の朝 フェリックスside
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空がやや白み始めた早朝に、フェリックス=ワイズは図書室で一人目を覚ました。
酷く重い頭を擡げて身を起こす。
なぜ自分はこんな所で寝ているのだろう。
体にはブランケットが掛けてあった。
誰かが掛けてくれたのか……一体誰が……
と思った瞬間、昨夜の記憶が鮮明に蘇る。
フェリックスは急いで辺りを見回した。
隣はおろか室内には誰もいない。
礼服のスラックスを履いてはいるものの上半身は裸のままだが気にせず立ち上がり、もう一度室内をよく見渡した。
すると読書用のテーブルの上に一枚の紙が置いてある事に気付く。
ノートの切れ端に、魔術を用いて並べられた文字を辿った。
“昨夜の事は誰にも言うつもりはありません。
どうか何も起きなかった事として、幸多き人生を”
無垢であった彼女の体に己の欲望を刻み付けた男の幸せを願う言葉。
胸が熱くなった。
と、同時にどうしようもない喪失感に駆られる。
顔も名前も年齢もどこの誰なのかも知らない全くの無関係であろう人間なのに、
何故か彼女を失ったとそう思えて堪らなくなった。
一体、どこの誰だったのか。
魔力残滓を探ろうとも既に消されており辿る事も出来ない。
そして清浄魔術を用いて髪の毛一本残さない徹底ぶりだった。
いっその事、昨夜の事を恩に着せてくるぐらいの方が良かったのかもと思うほどに、清々しいくらいに一切の痕跡が消されていた。
しかし、だからといって諦められるものではない。
ーー探そう、彼女を。
責任感からとかそういったものではない。彼女にまた会いたい、どんな人なのか知りたい。どんな表情で笑い、どんな声で自分の名を呼んでくれるのかを知りたい。そんな気持ちでいっぱいになった。
そう決意した時に、図書室にワイズ侯爵家の使用人の一人が入って来た。
戻らないフェリックスを案じ、校内を隈なく捜索中であるという。
聞けばフェリックスに媚薬と催淫剤を盛ったそれぞれの婚約者候補達が自白して昨夜の事が露見したのだという。
フェリックスはきちんと畳まれて置いてあったシャツに袖を通した。
きっと昨夜の彼女が畳んでくれたのだろう。
服を畳めるところを見ると貴族令嬢ではないのだろうか。
そんな事を考えながら制服をきちんと着て、使用人と共に図書室を出た。
フェリックスが見つかった事で捜索は打ち切られる。
フェリックスは早朝に学園を一人歩く女性の姿を見かけなかったかと周囲に訊くが、誰もそのような人物は見ていないという。
もっと聞き込みをしたかったのだが、念のために医師の診察を受けた方が良いと強く言われた。
後遺症が残る場合があり、危険だと。
そして両親と兄がとても心配していると聞き、フェリックスは後ろ髪を引かれる思いで邸へと戻った。
息子の無事な顔を見て、家族は皆一様に安堵した。
そしてフェリックスは医師の診察を受けた後、父親に昨夜の詳細を聞かれたので全てを包み隠さず話した。
丁度図書室に居た、服装からおそらく卒業生であろう女性に命を救われた事や目を覚ました時には既に姿が消えていた事を、その女性が残した手紙を見せながら全部話した。
母親は同性であるからか、顔色を悪くして相手の女性の事を心配している。
そしてもしや今日にでも病院に行くやもしれないと、王都中の病院に手を回し、このような症状で来院した若い娘が居たら教えて欲しいとワイズ侯爵家の名を出して手配した。
媚薬と催淫剤を盛った令嬢達との縁談はもちろん白紙に。
後の事は家同士の事となるので父と兄に任せる事となった。
そしてフェリックスは父に告げる。
相手の女性を探し出したいと。
そして可能であれば妻に迎えたいと。
その時の父は、息子が熱に絆され感情的になっているのだと思いそれを聞くだけに止めたが、いずれフェリックスの変わらぬ熱意に条件を付けて認める事になるのだった。
こうしてフェリックスはあの卒業式の夜を過ごした相手を、ハノンの事を四年に渡り探し続ける事になるのだ。
絶対に諦めたくない。
彼女が自分の唯一なのかは分からない。
だが時が経てば経つほどに募ってゆくこの想いこそがその答えとなっているのではないだろうか。
フェリックスはそう思った。
そして四年後、
藁をも掴む気持ちで受けた占いに導かれてハノンと再会するのだ。
今そう思えば再会の前から、
フェリックスのハノンへの執着は凄まじかったといえよう……。




