縁談の申し入れ
「え……?アデリオールのワイズ侯爵家から縁談の申し込みが……?」
チャザーレ公爵家のタウンハウス。
イヴェットの父であるチャザーレ公爵がわざわざ領地から出向いたとあり、何事が起きたのかと思えばなんだそんな事か、とイヴェットは思った。
「まぁそうですの。だけどお父様、なぜそれをわざわざ私に伝えに来て下さいましたの?モルガンお兄様なら今は王都勤めでしょう?」
モルガンというのはイヴェットのすぐ上の兄の事である。
年は十九、まだ独身である。
「お前の縁談なのだからお前に伝えなくてどうするのだ」
父の口から思いがけない言葉が出て来た。
イヴェットはちゃんと理解しようとその言葉をよく咀嚼して噛み締める。
“オマエノエンダン”…オマエ…お前……この部屋に居るのは私とお父様だけ……
お前……イコール私……「私っ!?」
「お前に言っているのだからお前しか居ないだろう。あちら側から是非にとの申し入れだ。しかも次期当主となる嫡男との縁談だ。イヴェット、お前一体何を仕出かしてこんな大物を釣り上げたんだ?」
「わ、分かりませんわ……お相手の方が望んで下さったのですか?」
「ああ、そう聞き及んでおる。ワイズの嫡男、キース=ワイズ卿がお前の男気に惚れたそうだ。いや男気って……」
「キース=ワイズ……?」
――はて?どこかで聞いた名ですこと……
キース、キース…キース=ワイズ……
その名を頭の中で繰り返し、イヴェットは先月交流試合で手合わせをし、瞬殺された上級騎士の顔が浮かんだ。
「あ!あの方っ……!袈裟斬りと見せかけて私の剣を叩き落としたあのお方!」
「お前を打ち負かすとは相当な使い手だな。ワイズ侯爵家も我がチャザーレ家と同じく武門の家柄。お相手として申し分ない方だが、お前はどうしたい?」
「ど、どうしたいとは……?」
「この縁談を受けるか否か、だ」
「受けないっと申し上げましたら如何されるのです?」
「お前が嫌だと思うのを押し付けるつもりはない。また他の相手を考えるさ」
イヴェットは考えた。
どうせ嫁に行かねばならぬのは分かっている。
今まではオリオルの第二王子に憧れて彼の妃にと思っていたが、今はそんな気は失せた。
あの試合の時の、キースの一分の隙もない立ち姿と視界の端にまで神経を尖らせているような眼差しを思い出す。
第一印象は漫画の主人公のようなイケメンキャラだと思ったんだった。
あっと……ここで説明しておかねばなるまい、
イヴェットは前世の記憶を持つ転生令嬢である。
前世はこことは違う異世界で四十代半ばまで暮らしていた。
しかしその世界で事故に遭い、寿命を終えてこちらの世界に転生したのだ。
前世では漫画やアニメ、ラノベにゲームと、多岐に渡り嗜んでいた謂わばO・TA・KU☆であった。
その時の記憶をこの世界でも引き摺り、とかく物語の舞台のような今世を前世の創作物と比較して楽しんでいるのであった。
因みにイヴェットはいつも、
「転生公爵令嬢と生まれたからには悪役令嬢もやぶさかでナシっ!」といつでも悪役令嬢となる覚悟でいるのだ。
しかし懐深く情に篤い、誰にでも分け隔てなく優しく接する事の出来る彼女はとても人望があり、大凡悪役とは程遠い性格をしているという事は、本人は分かっていない。
悪役令嬢もやぶさかではないと思っているイヴェットだが、前世は小市民であった彼女。
例え今世は誰もが羨む美貌の持ち主であったとしてもゴージャス縦ロールだけは無理と思っているのはここだけの話だ。
とにかくイヴェット=チャザーレという令嬢はどこにでもいるような令嬢とは全く違う、風変わりな人物なのである。
話は逸れたがイヴェットは今、真剣に考えた。
五分ほど真剣に考えに考えて「やはりイケメンしか勝たん」と思い至り、父に縁談を受ける旨を伝えたのだった。
チャザーレ公爵家から“諾”という返事を貰い、キースは思わずガッツポーズをした。
こうしてとりあえずは書面にて両家の縁談は纏った。
そしてそれからひと月後に、キースとイヴェットの婚約式がアデリオールのワイズ侯爵邸で執り行われる事と相なった。
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次回の更新は22日の木曜日です。
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