ルシアンの独り立ち①
『北の大地で、自らを鍛え直すよ』
と告げて、単身……領主であり団長の甥としてではなく一介の騎士として、ルシアンは北方騎士団への配属を希望した。
幼い頃から北の屈強な騎士たちに囲まれて鍛錬をしてきたものの、当然それはファビアンの甥である事から国境警備での荒事とは無縁で過ごしてきたルシアン。
普段は王都で王族の警護にあたり、北の地に赴いても前線からは離れた場所に身を置く。
いずれはワイズ伯爵となり近衛騎士となる事が約束されている身といえど、それでは己の中では真の意味での国の剣・国の盾となれないとルシアンは思っていた。
厳しい環境で国境を護る騎士たちの苦労を知ってこそ、遠く離れた王都にて王家を護るという責務に誇りを持って就く事ができると考えたのだ。
その意志を父であるフェリックスも伯父であるファビアンも是とし、ルシアンの北方騎士団への配属を許可したのであった。
(任命するのは国王、もしくは王太子であるクリフォードだが)
そうしてルシアンは、近衛騎士としての任の一区切りとしてポレットの婚儀を終えた後に直ぐ、北の大地へと移ることになったのだった。
「じゃあ行ってくるよ。父さん、母さん、見送りありがとう」
ワイズ伯爵家のエントランスにて向かい合う親子。
二十一歳となったルシアンはこの日、両親と共に暮らした屋敷を出て独り立ちをする。
北の地ではロードリック辺境伯家の屋敷ではなく、騎士団の独身寮への入寮が決まっているのだ。
あくまでもただ一人の若い騎士として、北方騎士団で剣を振るうつもりらしい。
ハノンはその事に対し、一抹の不安も心配も感じないと言えば嘘になる。
だけど成人した息子がそう志したのであれば、何も言わずに送り出してやるのが、母として出来る精一杯の事だとハノンは思った。
「……体に気をつけて。食事は三食きっちりと、そして充分な睡眠をとっていれば、大概の事はなんとかなるから」
ハノンがそう言うと、ルシアンは笑みを浮かべて頷いた。
「幼い頃から散々そう言われて育ったんだ。心配しなくても大丈夫だよ。……もうオネショもしないしね」
軽口を言って母の心を慮る息子に、ハノンは目を潤ませながら微笑んだ。
「ふふ、……オネショ画伯の作品が懐かしいわ」
最後のオネショ絵画は四歳になる前、前肢を高々と上げて猛るアデリオールベアーのシルエットであった。
当時一緒に暮らしはじめて間もないフェリックスが感動して、保存魔法をかけて居間に飾ろうと言い出したのを必死に止めたのがつい昨日の事のようだ。
そのフェリックスが息子に向かって言った。
「心身の管理と同じく、武具の手入れも怠るなよ。常日頃の行いが、いざという時に生死を分ける事態に繋がるのは多々ある事だ」
「うん。わかった。父さんと母さんも体に気をつけて」
ルシアンはそう言って家令から小さなトランクを受け取った。
最小限の荷物しか用意していないが、他は既に北の地に送っている。
「ルシアン……」
ハノンは自分の身長を遥かに超えた息子を見上げた。
いつの間にこんなに大きくなったのだろう。
しらない間に立派な青年へと成長を遂げていた。
あんなに、あんなに小さな坊やだったのに。
そう思った自分を、ハノンはすぐに否定した。
いつの間か知らない間に、という事はない。
過ぎてみればあっという間だったけれど、どんなルシアンも一つ一つ大切に覚えている。
小さなお口で懸命に乳を頬張る姿も、初めて寝返りを打った日も初めて立った時も、初めて意味のある言葉を発した瞬間も全て覚えている。
るちあん卿と呼ばれた日も、初めて剣を手にした日も、魔術学園に入学した日も、全部全部覚えている。
どんな時も必ず側に居て息子の成長を見守ってきたのだ。
そして今、手塩にかけて育てたポレットと同じく親元を巣立っていこうとしているルシアン。
これからは自分の力で生きていく息子を、ハノンは誇らしく思うと同時にどうしようもない寂しさを感じてしまう。
そしてふいに、ルシアンにとってのもう一人の《《母》》の存在を思い出した。
その瞬間に、今思い浮かべていた人物の声がエントランスに響く。
「ヨカッタ~!!ルッシーの出発に間に合ったワ~~!!」
「ふふ。来たわねもう一人のお母さん」
ハノンのその言葉を聞きながら、ルシアンはその人物に視線を向けて名を口にした。
「メロディちゃん」
「ルッシー!我が心のムスコよ~!」




