ポレットの婚礼 ⑤ 挙式前夜
「あら、お母様」
挙式前日、ポレット・ワイズ伯爵令嬢としてすごす最後の夜。
侍女たちの手により入浴を済ませたポレットが自室に戻るとそこには母ハノンの姿があった。
ハノンは侍女たちに言う。
「後はわたしがやるから今日はもう下がってくれていいわ。ありがとう、お疲れ様」
優秀な侍女たちはその言葉の意味を汲み、優しげな笑みを浮かべながら下がって行った。
母と婚前の娘の最後の夜である。
ハノンは丁寧にタオルでポレットの髪の水分を拭き取り、魔道具にて髪を乾かした。
そしてブラッシングをしながら自分と同じ髪色を持つ娘に言った。
「こうやってあなたの髪を梳いでいると昔を思い出すわ」
母親に髪を梳かれる心地良さと少しの気恥しさを感じながらポレットが小さく頷く。
「そうね。私、お母様に髪を結ってもらうのが大好きだった」
「ふふ。イヤイヤ期だった頃は大変だったのよ。ルシーと同じ髪型にして欲しいと駄々を捏ねるポレットと、綺麗な髪を短くするのは勿体ないからやめて欲しいと懇願するフェリックスと二人を宥めるのに」
「お兄様と同じ髪型に?ふふ、全然覚えていないわ。でも”ルシにーに”と呼んで後ばかりついて回っていたのは覚えてる」
「あなたはルシーが大好きだったから」
「ふふふ」
ハノンは鈴を転がすように笑う娘の髪に香油を塗りながら言う。
「明日嫁いでいくあなたに、どうしても伝えておきたいことがあるの」
「なぁに?」
髪の手入れが終わり夜着の上にナイトガウンを羽織るポレットがそう尋ねる。
ハノンは娘の手を引き、ベッドで隣り合わせに腰を下ろした。
「夫となった人との閨のことよ」
「え、」
母親の口から出た言葉にポレットは目を丸くする。
「王家には王家の閨のしきたりがある。それはあなた自身がきちんと妃教育で学んだ通りでいいと思うの」
「それならなぜ、お母様はそんなことを言い出したの?」
「王家の閨教育では教示されなかったと思うことを、ポレットに伝えたくて……」
母のそのもの言いに、ポレットは居住まいを正した。
ハノンはそんな娘の目を真っ直ぐに捉えた。
「ワイズ侯爵家は建国以来の……いえ、アデリオールという国が興る前から各地に名を馳せていた名門。当然その家門から何人もの娘が王家に嫁いでいったと聞くわ」
「ええ。私も知っているわ」
「と、いうことは僅かにでも今の王族にはワイズ家の血も含まれているということよ」
「?……当然そうなるわね」
「ポレットとデイビッド殿下を幼い頃から見守っていて不思議に感じていたことがあるの。どうして二人とも、幼い頃から一ミリもブレずに相手を想い続けることが出来るのだろうと」
「……?」
ポレットには母が何を言いたいのかがわからない。
ただ黙って母の言葉の続きを待った。
「ポレットに関しては理解できるの。だってあなたはワイズの娘なのだもの。“ワイズの唯一”は男性の方にその性質が如実に現れると聞くけれど、一族の女性にだってその特色はあるらしいから」
「私がデイ様を唯一と認めているということね。だから幼くても、そしてそこから成長しても、唯一を愛する気持ちは変わることがなかった」
「そうね。でもデイビッド殿下のあなたへの執着……コホン、愛情も同じようにどれだけ年を重ねようと、様々な人間と出会おうとも変わらなかったわ」
「!……それって……」
ポレットにもわかったようだ。
母が何を言いたいのかを。
ハノンは静かに頷いた。
「そう。デイビッド殿下の中にある、ワイズの遺伝子がそうさせているのだと思ったの。デイビッド殿下も唯一の性質を持っていると」
「じゃあ……デイ様の唯一は私……」
その事実が嬉しいのだろう。
ポレットは頬を染めて微笑んだ。
そんな娘に、今度はハノンが居住まいを正して言う。
「だからあなたにちゃんと教えおかないと駄目だと思ったのよ」
「何を?……あ、それが閨のこと?」
「そうよ。粘着男との共寝について、自身の身を守る術をね」
「ね、粘着男……」
「そう。重~くて深~くて、際限のない、彼らの愛を上手く馭する秘訣を……」
母の目が据わっている。
ポレットは思わずごくんと唾をひと呑みした。
そうしてハノンはセキララに……とは言ってもフェリックスとの閨事をあからさまに娘に連想させないように細心の注意を図りながらベッドでの夫の制御(方)法を娘に伝授した。
「要するに飴と鞭の使いようよ。彼らの愛を受け止めつつ、自分の身を守る。そうじゃないと毎夜抱き潰されてしまうからね」
「わ、わかったわ……!」
「これ以上は無理だと思ったらきちんと“もう無理!”とハッキリキッパリ言うのよ」
「わかったわ!」
「涙を使うのも手よ。途端に慌てて冷静になるから」
「わかったわ」
「毎日は無理だと、百万歩譲って一回だけなら許すと、妻の方から上手く誘導して線引きをするのよ」
「わかったわ」
「閨での主導権を握りなさい。最初が肝心だからね!」
「わかったわ!」
本来ならしっとりしんみりと湿っぽくなるはずである嫁ぐ前夜の母娘の会話が、なんだかスポ根物語モノのようになってしまった。
しかしそれも執着重めの男を夫とする者の運命であろう。
ハノンは朱に染まる娘の頬に優しく触れた。
「でも、他は何も心配はしていないのよ。デイビッド殿下ならきっとあなたを一生大切にしてくれると信じているから」
「お母様……」
「うんと大切にしてもらいなさい。そしてあなたも殿下を、夫となった人を大切にするの。そして周りにいる人たちも。そうすれば自ずから自然と幸せになれるわ」
「はい……っ、」
「可愛いポレット。愛してるわ。王族に嫁いだとしても、あなたはわたしの大切な娘よ」
「うん、……うん、お母様っ……」
ポレットは瞳に涙を滲ませてハノンにしがみついた。
娘の頭を優しく撫でながらハノンが言葉を綴る。
「家族を愛し、臣民を愛し、国を愛する。いずれそうやってあなたは国母となるのね……頑張りなさい。あなたが進む道は平坦ではないけれど、愛する人と共になら歩んでいけるでしょう」
「そうね。うん、頑張るわ」
「でもたとえその道が悪路であったしても、後ろにはあなたを愛する人たちが支えている。それを忘れないでね。……ふふ、ワイズの男たちが武装してポレットの後ろに控えているのを想像しちゃったわ」
ハノンが笑いながらそう言うと、ポレットも吹き出した。
「ぷっ……ふふ、うふふふふ……!」
母の膝枕の上で、ポレットは泣き笑いをする。
ハノンの手はそんな娘の頭を愛しげに優しく撫で続けた。
こんな時間はおそらくもう二度と訪れないのだろう。
だからこそ、その過ぎゆくひと時を惜しむように母と娘は様々なことを語りあった。
そうして、少しの戦慄と根性と沢山の愛情を胸に、
ポレットはとうとう挙式の日を迎えるのであった。




