閑話 かの偉大なる賢者は翻訳業には向いていない☆
ノエルとツェリシアの初顔合わせが済んだ数日後。
ツェリシアはノエルの勉強の教材となる魔導書を自宅(ジェスロのイグリード邸)の図書室で見繕った。
幼いノエルにも解りやすいよう、ツェリシアは魔術を使ってイラスト入りで翻訳をすすめてゆく。
(魔導書のほとんどが古代文字で記されている)
その作業を進めていると、イグリードがツェリシアに一冊の本を手渡してきた。
本を受け取りながらツェリシアが訊ねる。
「バルちゃん、これは?」
「異世界の魔法生物について書かれた本だよ。昔、アルトのために翻訳したんだ」
「まぁ、子供の時のアルトが使った教材なのね」
ツェリシアが目を輝かせて本の表紙を見る。
そこには大陸公用語のハイラント語で『モモタロウ』と書かれていた。
表紙を見つめるツェリシアに、イグリードは肩を竦めながら言う。
「それがさぁ~!アルトってば“こんなふざけた翻訳があるか”って怒って読んでくれなかったんだよ~☆ドイヒーだよね~☆」
「ふふ。ふざけた翻訳とわかるくらいにはちゃんと読んだということよね。アルトらしいわ」
「異世界の魔法生物を知るにはこの本が一番だよ~☆」
「なるほど。ありがとうバルちゃん、使わせてもらうね」
「うん!使って使って☆読んで読んで☆我ながら名翻訳だと思ってるから!」
その後ツェリシアは自室に戻ってさっそく、その『モモタロウ』なる本を読んでみることにした。
「どれどれ……」
ツェリシアがページをめくる。
【むかぁ~しむかし、ある所にグランパとグランマがおりましたとさ☆】
「グランパ?グランマ?」
読み始めてすぐに頭に浮かんだ疑問がツェリシアの口から零れる。
【グランマが川でグランパのフンドシを洗っているとね~☆】
「……フンドシ?フンドシってなに?」
【とっっても超絶巨大なモモが流れてきたんだって☆】
「え?超絶巨大な桃が川に?」
と、ツェリシアが頭に疑問符をいっぱい浮かべながら読んでいると、その本に気付いたアルトが呆れ顔で言った。
「……ツェリ、その本もしかして師匠から渡された?」
「うん。異世界の魔法生物について学ぶには良い教材だと貸してもらったの」
「その本が教材になるなんて有り得ないよ」
「え?でもバルちゃんが異世界の魔法生物が出てくるって……」
ツェリシアがそう言うとアルトは嘆息し、ジト目で本を睨め付ける。
「その話が異世界の物語なのは本当だよ。でもそこに出てくる……師匠が魔法生物と位置付ける登場人物たちは魔法生物でもなんでもないんだ」
「あら、そうなの?」
「モモタロウは桃から生まれたとはいえ人間だし、犬猿キジはただの野生(野良)動物だ」
「でも、人語を理解するんでしょう?高位魔法生物に間違いないんじゃないの?バルちゃんの説明ではそれでモモタロウの使い魔になると言っていたわ」
「ツェリ、それは異世界の童話なんだ。物語の中だから人語を理解するし話す事も出来る。そして誓約魔法による契約で結ばれるのではなく、キビダンゴという報酬を得てモモタロウの家来になるんだ。当然彼らは魔術は使わないし特殊能力もない。別のフェーズに住んでいて召喚されたわけでもない。よって魔法生物の定義から大きく逸脱している。だからその本で魔法生物については学べないんだよ……いや、学んじゃいけない」
「あらまぁ。じゃあどうしてバルちゃんはわざわざわたしにこの本を渡したのかしら?」
「ただ単にツェリとノエルちゃんに読んで欲しかったんだろうな。まったく……」
「ぷっ☆なるほど。ふふふふ」
ツェリシアは笑いながら再び本に視線を戻した。
よくよく見ると翻訳した文章の文末には必ず「☆」がついている。
「ふふ、バルちゃんはなんでも出来てしまうすごい人だけど、翻訳業だけは向いていなさそうね」
「まったくだ……」
アルトはヤレヤレと肩を竦めた。
教材には向いていないけど、物語としてはとても面白いのでは?
そう思ったツェリシアは、その『モモタロウ』なる本を機会があればノエルに読んであげようと思ったのであった。




