第四十七話 翼破④
【竜の翼】が第九十七階層の階層主を倒したという認可が、正式に下りた。
それを報告すると、テーブルがワッと湧いた。
「当たり前だ。時間がかかりすぎなんだよまったく……」
「これでしばらくは安泰ね」
「うん! あーよかった!」
喜びというよりも安心という方が強いだろう。
ここのところ心の底から明るくなれる話題がなくて、かつみんなを暗くしていた心配ごとが解決した。
本当に、ここ最近の空気は重かった。
【夜蜻蛉】と、ヴィム=シュトラウス。
第九十八階層の階層主が倒されてから、この二つの単語を聞かない日はなかった。
フィールブロンはヴィムさんの話題で溢れ返り、そのヴィムさんがもたらした活気で沸くに沸いていた。
階層主の早期撃破によって、第九十八階層は安全に一攫千金を狙える金鉱山と化したのだ。
自分から探さなくてもヴィムさんの活躍は聞こえてきてしまう。
曰く、その付与術であらゆる冒険者は一騎当千の戦士と化し、本人の戦闘能力は誰の贔屓目なしにフィールブロン最強であると。
すると当然、話題に関連していろんなことを疑い始める人が出てくる。
ヴィムさんが【竜の翼】を追放されたという事実は周知だったから、私たちに関して黒い噂が付きまとうようになった。
まだ第九十七階層の階層主討伐の認可が下りていないこと、そして【竜の翼】がここ最近下がり調子なこと、すべてが符合するように見えてしまうのだろう。
実のところ私も、本当は何が起こっていたのか邪推を始めていた。
クロノスさんもニクラさんもメーリスさんも、一流の冒険者ではある。
しかし階層主を撃破するに値するAランクパーティーほどの実力はない。
それはもう断言していい。しばらくこのパーティーにいてわかったことだ。
つまり、そういうことなんだろう。
程度はわからないけど、階層主を倒すことに関しては大きくヴィムさんの力に依存していたのだ。
少なくとも【竜の翼】全体で倒したと言い切れないくらいには。
「これが討伐報酬の小切手です。五十万メルクあります」
テーブルに小切手を置くと、三人は集まってそれを覗き込んだ。
「おお、凄いな」
「零がいっぱいだよぉ!」
「……ほんとね」
好奇心丸出しのクロノスさんとメーリスさん。
そして冷静を装いながらも目の輝きを隠せないニクラさん。
「あの、クロノスさん、小切手を現金に換えるにはリーダーの魔力紋が必要なのですが……」
「ああ、やっておいてくれ! 右の引き出しの、えっと、鍵はこれだ」
「……はい」
クロノスさんはこうして、重要書類や証拠能力を持つ物品を平気で私に預けてくれる。
信用してくれていると思えば嬉しくなくもないけど、新参者にこれとなると心配にもなる。
まあ私もやりやすいから文句は言わないけど、他の人にもこうだとなるとゾッとする。
「……よし」
そしてクロノスさんは、決意を新たにした。
「これで名実ともに俺たちはAランクパーティーになった」
唾を呑んだ。
やはり、やめる気はないようだ。
「あの、クロノスさん」
「どうした、ソフィーア」
せめて私くらいは抵抗しないといけない、と、余計な使命感に駆られた。
「余裕もできたことですし、第九十八階層に先に潜りませんか? 今なら少なくとも黒字は確約できます」
言った。
クロノスさんは形の良い口を手で隠しながら私を見ていた。正直少し怖い。
「……ダメだ。俺たちは第九十九階層の攻略に乗り出す」
しかし、抵抗空しく聞き入れてはもらえない。
もうクロノスさんの目は据わっていた。
ニクラさんとメーリスさんの方を見る。
二人も同じだった。もう三人の中では共通の意識ができていて、何かに追われるように焦っていた。
「俺たちはAランクパーティーの【竜の翼】だ。最前線にいなきゃいけない。むしろこれはチャンスだ!みんなが目先の欲に囚われてもたついてる間に俺たちは最前線を行く! これが【竜の翼】さ!」
そうだ、こうならなきゃおかしい。
ここまでは大丈夫だ、予定通りだ。
俺たちは踏破祭で称賛されるに値するAランクパーティー。事実に称号がついてきただけ。
どいつもこいつもヴィムだとか【夜蜻蛉】だとかうるさい。
そんなものは偶然だ。
あいつは大規模なパーティーで戦力に恵まれているからたまたまそういうことができただけ。
あいつにできることは俺たちにもできなきゃおかしい。
すでに人は集めてある。
今はみんな仮のメンバーの状態だけど、正式にAランクパーティーになったとなれば間違いなく入ってくれる。
そうしたら屋敷を買って、【夜蜻蛉】なんぞに負けない最大のパーティーを作り上げてみせる。
お前らはずっとそこで止まってろ。
先に第九十九階層の階層主を倒すのは俺たちだ。






