第三十四話 五日
「あ、起きた?」
知らない天井をぼんやりと認識して、右側からハイデマリーの声が聞こえた。
「ぁあ」
「おはよう」
うまく声が出ない。体が重い。
ハイデマリーはしばらく黙ってくれていた。
頭を整理する時間をくれたみたいで、それで俺はようやく思い出してきた。
そうだ、俺は【夜蜻蛉】と一緒に迷宮潜に臨んで、そして、階層主が来て、その──
跳ね起きた。
「みんなは!?」
そうだ、ここは、病室か?
シーツにカーテンに、白いものがたくさん。
「ハイデマリー! みんなは!?」
俺がここにいるってことは、救出してくれたってことで、えっと、
「落ち着けってヴィム。【夜蜻蛉】の団員は重軽傷あれど全員命は助かった。君は五日間ぐっすりさ、わかった?」
ハイデマリーはニヤッと笑って、言った。
「よく頑張りました」
スッ、と力が抜けた。
「……良かったぁ」
心底安心して、ベッドに倒れ直した。
本当に良かった。命を捨てた甲斐があるってものだ。
「君が目覚め次第呼べってカミラさんに言われてるんだけど、呼んでいいかい」
「ああ、もちろん」
カミラさんも無事か。そりゃそうか、全員無事って聞いたばっかりだもんな。
寝ぼけた頭を覚ましながら、ハイデマリーにいろいろ聞いた。
どうやって脱出したか、とか、五日間何があったか、とか。
【夜蜻蛉】名物の帰還の雄叫びを聞けなかったのはちょっと寂しかった。
「ねえ、ヴィム」
そして彼女は、ポツンと聞いた。
「楽しかった?」
含みがある言い方。
俺が持っている文脈を全部見透かして、お見通しだぜ、と宣言されたかのよう。
手玉に取られているみたいでちょっと腹立たしいけど、気分は悪くない。
だから俺は、素直に、心に思ったことを言うことにした。
「まあ、多少は」
「そっか」
*
「ヴィム少年」
「あの、その、ども」
カミラさんは腰を直角に曲げて、頭を垂れていた。
ちぐはぐな光景だ。
背の高い人はお辞儀も様になるのかと思うのが半分、迫力のあるお辞儀というのがなんだか逆説的で可笑しい。
じゃなかった。
「……その、頭を上げてくださると……はは、僕もなんて言っていいか」
「感謝を。どれだけのものを返せるかはわからないが、今はただ、感謝を述べさせてくれ。ありがとう」
「そんな、その、あの」
そこまで畏まられるとなんと返していいのかわからない。
一通りあたふたして、逃げるようにハイデマリーに目をやった。
ニコニコしていた。あ、助ける気ねえなこいつ。
「みなさん無事で、良かったです」
「ヴィム少年、君というのは、本当に……」
カミラさんは何やら感激した目で俺を見ていた。
「その、もっと軽く……はがっ」
目の前に巨大な肉体があった。
カミラさんに抱きしめられていた。
「あがっ、痛い痛い、助けて、息できない、ふがっ!」
「ははは、ヴィムさんが大将に絞められてら」
カミラさんのむこうから、声が聞こえた。
明るいふうだったけど、涙声だった。
この声は、マルクさんか。いや、もっといる。
アーベル君も、ハンスさんも、ジーモンさんも、みんな。
「ヴィムさぁん!」
今度はアーベル君も抱き着いてきた。死ぬ。死ぬ。これは死ぬ。
そしてしばらく。
「さて諸君、見ての通りヴィム少年は万全ではない。体に負担はかけることは避け、握手等も今日は手短に済ませるように。大丈夫だ、これからいくらでも時間はある」
「それを言って大将の中に矛盾はないんですかい?」
「何か言ったか、マルク」
「いえ」
代わる代わる、みんながお礼を言ってくれて、ガシッと手を握られたりした。
中にはこっちが申し訳なくなるくらい恐れ入る人もいた。






