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第二十七話 到着

 疲労は頂点を越えて、もうぐったりしているだけでかえって楽なところまできた。早く終わってほしいと一心に願いながら、意識が点いたり消えたりするみたいに。


「ねえ、ヴィム」


 彼女の声がする。

 耳を傾ける。必要なのは聞いてくれる相手がいるということで──


「おい起きろ! 見えたぞ!」


 肩をどんどんどんと叩かれた。


 引き戻されるように覚醒する。


「な、なに!?」


「フィールブロンだ! 見えたぞ!」


 気付けば揺れが叩きつけられるようなものじゃなくなっている。馬車の速度が落ちているのだ。


 立ち上がって前を見る。同じようにしている乗客も多数。景色には他の列なり馬車だったり、人だったりがちらほら。普通の整備された街道に出たらしい。だから減速したのかな、と考えを及ばせてみる。


 彼女が指差す先には、時計塔があった。


 フィールブロンの目印(ランドマーク)、時計塔。


 着いた。



「着いたぞおおおおおおお!!!!!!」



 ハイデマリーは両手を掲げて立ち上がって、空に向かってそう叫んだ。


 一足早い。どう考えてももうちょっと時間がかかるから、今勝利の雄たけびを上げるのは絶対に違うけども。


 それでも、他の乗客たちも一緒に、湧いた。





「着いた、の……?」


「たぶん……」


 フィールブロンの外れの方にある停留所なのは間違いない。


 城塞都市というわけじゃないから、別に門があるわけでもない。土地の権利関係上の境はあれど、ここからがフィールブロンですという明確な街の境目はない。

 だから街の中心部までの距離といえば、時計塔から逆算して考えるしかないわけで、となるとここは外れの方なのだ。


 それなのに、この盛況は何か。


「者どもおつかれい! 馬鹿みたいな旅路に乾杯してかないかい!?」


「湯があるよ! お湯! 街中に出る前に身支度しなきゃ!」


「フィールブロン流のおしゃれはこれひとつぅ! デビュー決めてこ!」


 大通りまでの道を飾り立てるように、色とりどりの布屋根の出店が並んでいた。

 押し寄せてくるような売り文句。疲れた頭ではふらふら引っ張られてお金を払ってしまいそうになる。


「商魂たくましい、ねえ」


 ハイデマリーはなぜかちょっとだけ威張って言った。


「……どうする? 体洗うくらいは……」


「ぼったくられるだけに決まっとろうが。路銀を振り撒いてやる余裕なんてないね」


「はい……」


 相当削られていたから、俺の方には何かを判断して動く気力なんて残ってなかった。


 でも彼女は違ったらしい。話している間にも街に吸い込まれるように足を進めていた。


 その足は徐々に速くなっていた。まるで普通の歩調を嫌うみたいに敢えて早歩きになって、前を見つめる彼女の目はまるでこの世のものじゃない宝石みたいに爛々と輝いていた。


 疲労に負けないように立っている俺と反対に、彼女は無尽蔵の力をぶわっと吹かせた。



「とりあえず、中央市まで行こうぜ! そこならまともな値段で飯が食えるはずだ! 飯だ! 飯! 迷宮(ラビリンス)飯!」


「う……うん!」



 彼女に手を引かれるまま、小走りで道の真ん中を突っ切る。


「道、わかるの!?」


「知らん! 真ん中までは行ける! たぶん!」


 二人とも目移りしながら走る。ちゃっかり値札なんて見てみる。


 高い。とんでもない値段、リョーリフェルドの五倍、十倍なんてザラだ。ただの飲み物一杯が田舎の二食分に相当する。


「ねえ! ハイデマリー」


「うん!?」


「すっごく高い! 値段!」


「ああ! こりゃ何日もいられない! 休んでる暇なんてないね!」


 足を進めるたび建物がどんどん高くなっていく。まだまだ果てしなく高くなる気配がある。


 冒険者志望をカモにしようとする出店の一帯を越えれば雑多にガヤガヤした感じは落ち着いて、街並みになる。そこからは人に目移りするようになった。


 武器をぶら下げている人がいる。

 鎧を身にまとっている人がいる。


 普通の街ではそんな恰好をしていたら目立つし、視線を集めるのだ。だけど道行く人はいつもの光景みたいに普通に過ごしている。


 男性の二人組がいた。かなり背が高くてガタイが良い。一人は剣士で、もう一人は盾役(タンク)


 見たことあるような治安を守る兵士とは一風違って、派手だった。


 盾役(タンク)の人が背負っている盾は扉みたいに分厚くて大きかった。剣士の人が背負う剣の(つか)には何か魔術の気配があるような石が埋め込まれていて、街の中でも光る存在感を放っている。


 (いたずら)に派手というわけじゃない。実戦的な色をしている。それなのにこんなに格好良く見えるのは、人間よりも遥かに大きなものと戦っている予感がするからだろうか。


 迷宮潜(ラビリンス・ダイブ)の帰りだろうか? それとも今から行く?


 じっと見つめていると、その二人がにこやかに手を振ってきてくれた。


「あっ……」


 しまった。見すぎた。

 助けを求めるように彼女を見ると、こちらもちょっと顔を赤くしていた。

 俺の視線に気付くとふん、と鼻で息を吐いて、私は開き直っているぞと言わんばかりににこやかに手を振り返し始める。


 俺も大人しく、それに倣った。


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