第十三話 凱旋
「……あった」
本当に。
本当に、あったんだ。
「おい、あったぞ、ヴィム=シュトラウス」
「……? はい」
「あったんだ。魔力薔薇はあったんだ」
口を開くと中で血が出て、残っていた土と絡まる。
ペッと吐いた。
何を言いたい? 私は何を感じている?
「──ざまぁみろ」
私は辿り着いたぞ。
「おい、ヴィム=シュトラウス。悔しいがおまえのお陰だ。ありがとよ」
「あっ……ええ。はい」
「っしゃああああああああああ!」
今更警戒なんてするもんか。叫ぶだけ叫んでやる。
茨に花が生えているという感じではなくて、鬱金香の花がそのまま薔薇にすり替わったような姿である。
魔力薔薇の成分、魔力にはある種の毒性があると言われている。張っている根の間には一つたりとも雑草がない。草の海の中でぽかんと孤島が浮かんでいるように、悠然と規則的に揺れている。
「咲いてないね」
「……はい」
「蕾だけだ。咲いたら魔力が減るんだっけか」
「そう……だったと思います」
ちょうどいい。
「よし。摘んでいくぞ」
しゃがんで手を伸ばし、根本を持つ。
特別な植物だからか、何かやってはいけないようなことをしてしまっている気がする。
「綺麗なもんだね」
茎を折る前にじっくり眺める。
手で支えるだけでずっしりくる、ぷっくりと膨らんだ薔薇の蕾。何層にも重なった花弁の隙間に力の塊が溜まっているような。
意を決して、ぶちっと根本から千切った。
──ちゃぽん。
「おう!?」
ぞわっとくる感触がした。
コップの中のお茶が揺れるような、そんな感じが、手に持っている蕾から。
「……お嬢様?」
「なんでもない。ほら、手伝え」
傍からみればいそいそと、私とヴィムは魔力薔薇を摘んでいった。
*
「はっはー! 凱旋凱旋!」
力強い足取りで、お嬢様は元来た道を進んでいた。
彼女を見失うまいと夢中で走ってきたときと違って、周りがよく見える。奥へ奥へ向かう冒険と違って、より明るい方へと帰っていく気楽さがある。
……怒られるよなぁ。
帰ったあとを想像して憂鬱になる。
生きているということではお嬢様は無事と言えば無事。
しかし、魔猪と戦って飛ばされたときだと思うけど、あちこちが擦り切れているし、足取りも若干怪しい。何もありませんでした無事でしたと言える感じでもない。
「かぁーーーー! ぺっ! あーきもちわりいぜ口の中が!」
彼女は血の混じった唾を吐く。
……もう、無事でよくないか、これ。
「おい、ヴィム、帰る前にくれぐれも忠告だけども」
「はい」
「魔力薔薇を取りに行ってた、なんて言うんじゃないぜ」
「それは……」
どうなのだろうか?
このお嬢様にお金を与えるようなことが良い方向に行くとも思えないし。しかし旦那様はそういうことも含めてのびのびとやらせてあげたい、とも言いだしそうな。
とりあえずお金を貯めているらしい、くらいのことは言っておかないといけないかな。
「なんだい、命令でもあるのかい」
「いいえ。でも」
「別に隠してバレるもんでもないでしょ」
「はあ……」
考える。
迷惑をかけないこと。
目立たないこと。
そしてできれば、役に立つこと。
どこにも抵触しないだろうか。
ここで俺が止めたところで、何か変わったりするだろうか。
──ただ、そばにいてやってくれ。
旦那様の言葉を思い出した。
あの言葉に忠実に従うなら、警戒されるようなことは言ってはいけないような気がする。
そうかな?
うん。
いや……本音は、うん。
「……わかりました」
「よし」
お嬢様は会心の笑みを浮かべた。
「いやぁヴィム=シュトラウス、お前は中々役に立つな。……いや、魔猪を倒したんだ、素直に凄い」
「それは……ありがとうございます」
「ん? 褒めてんだぜ? というか命の恩人だ」
「へへへ……」
彼女はまっすぐな目で俺を褒めてくれた。
あっけらかんと気持ちよく。そして少しだけ、自分が魔猪を倒したわけではない、という悔しさをにじませて。
快さがあったことに驚いた。
俺は自分の仕事を当たり前にやっていただけのはずなのだ。この仕事は初日から大変な一方で、これから嫌なことしか待っていない。
なのに、辛さ一辺倒ほどではない。それどころかどこか嬉しい、正の何かが生まれているような気がしている。
そうである。
なんだかちょっと、仲良くなれるような気がしているのである。






