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プロローグ

「あ、ラウラちゃん! いらっしゃい!」


 泊まり枝の扉を開けると、グレーテさんが手招きしてくれた。


「んー!」


 体をグッと伸ばして、それから縮める。すると一気に背が低くなる。


 私はまだ子供だから夜に居酒屋に行くのは目立つ。

 こうしてスーちゃんを迎えに来るときは大人の姿になった方がいい。


「毎晩お疲れ様ですね」


「いえいえ」


 カウンター席を見ればスーちゃんがテーブルに突っ伏していた。

 今となってはいつもの光景だ。


「スーちゃん、ラウラちゃんが来ましたよ」


 グレーテさんが肩を軽く叩くと、スーちゃんはぬっと背を起こした。


「んぁ? あ……ラウラ。まだ飲んでる途中だよ」


「あら、そうなんですか?」


「……まだ食べる」


 そして目の前のおつまみをもぐもぐと食べ始めた。


「まったくもう」


 グレーテさんは腰に手を置いて、あきれ顔で言った。


「ラウラちゃん、ご飯まだでしょう? 食べていってください」


「え、でも、そんな」


「スーちゃん持ちですよ、当然」


 ならいいか。

 言われた通り、私は隣のカウンター席でご飯をいただくことにした。

 ヴィムさまがいなくなってから、スーちゃんは毎晩潰れるまでお酒を飲むようになった。


 ヴィムさまの行方はわかっていない。


 噂はたくさんあったけど、どれ一つとして本当のことはないように思う。


 少なくとも今わかっているのは、第百階層は未だに突破されていないということだけだ。


「スーちゃん、どのくらい飲んだんですか」


麦酒(ビール)一杯と半分です。今チビチビ飲んでるのがもう半分です」


「それって多いんですか」


「スーちゃん基準では二日酔い確定ですね。まあでも酔ったらすぐ寝るので、本当に飲みすぎることはないですよ」


 隣を見れば、スーちゃんは敢えてちょっと遠くに離れてボーっとしたりため息をついたりを繰り返している。


「……ったく、完成する頃にはいなくなるんだもんな」


 ときどきぶつぶつ何かを言ったりもしている。


 スーちゃんはあまり自分のことを話したがらなかった。

 一緒に暮らしているから普通に話はするし、そうすれば案外優しい人だっていうのはわかるけど……それなら子供に居酒屋まで迎えに来させたりはしないか。


「あの、グレーテさん」


「はあい?」


「スーちゃんのことが、よくわかりません。その、あの」


「……ヴィムさんのことも?」


「はい」


 良くしてもらっている。

 だけど、それだけだと寂しかった。


「スーちゃん、ずっと元気がなくて……でも、何も教えてくれなくて」


 グレーテさんは柔らかい笑顔で私の言葉を待ってくれていた。


「その割にヴィムさまの彼女ヅラだけするし」


「ぶはっ!」


 私がそう言うと、隣でこっそり聞いていたのかスーちゃんがせき込んだ。

 同時にグレーテさんも声を上げて笑った。


「ふふっ……あ、いやぁ、良いですよラウラちゃん。でもそれは地雷だから──あ、ダメだ笑いが止まらない」


 グレーテさんは笑いながら続ける。


「簡単ですよラウラちゃん、元カレに未練たらたらのストーカー女だと思えば」


「……そうなの?」


「違うわい」


「まあ私も二人のことを詳しくは聞いたことないんですけどね。そう考えれば辻褄は合いますし対処法も一緒ってだけです」


「なあ牛娘、出るとこ出たっていいんだぜ」


 スーちゃんはようやく私たちの方を向いた。

 グレーテさんは笑顔になって、それからコホンと喉を鳴らした。


「『なあに、ブラックボックスの中身まで探らなくとも、入力と出力が一致すれば代替は利くのさ』」


「……それはいったい誰の真似をしているつもりだい?」


 結構似てたので私も笑ってしまった。

 スーちゃんは赤らんだ頬を膨らませてムッとしていた。


「まあ【夜蜻蛉(ナキリベラ)】の皆さんも似たような感じだと思っているはずですよ? スーちゃんが厄介だからあれだけ成果を上げているのに誰もヴィムさんに手を付けないんですよ」


「えぇ……あいつがモテないからじゃないの? 昔からそんな気配なかったけど」


 その言葉を聞いた瞬間、グレーテさんは顔をキュッと私の方に向けた。


「こういうのが彼女ヅラなわけですね!」


「はい!」


 スーちゃんの「しまった」という顔が面白かった。


「やはり未練たらたらのストーカー女で間違いないのでは……?」


「私もみれんたらたらのすとーかーおんなじゃないのかと思ってきました」


「んだとお前ら! そんなんじゃないって言ってるだろ!」


 さっきまでぐったりしていたスーちゃんはプンスカと怒り始めた。


 それでも力が入っていないので、ちょっと可愛い。


「そうですかぁ、違うんですかぁ、それは申し訳ない誤解をしてしまいました」


「ふんっ!」


「是非とも、誤解をしてしまった身で恐縮ですが、本当の話を聞きたいですね?」


 またグレーテさんはこっちを見た。

 話の流れがようやくわかった。私もコクコク、と首を振った。


「だから、そんなんじゃないって言ってるだろ、まったく」


 スーちゃんは怒りを抑えて、ため息をつきながら座りなおした。



「……本当に、そんなんじゃないんだ」



 ちょっと時間があった。

 他にお客さんはいなかったから余計に静かに感じて、そして私とグレーテさんは目を見合わせて、ちょっといじりすぎたねと反省した。



「しょーもない話だぜ」



 そう言ってスーちゃんは、私たちとは違う方を向いて話し始めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 記念すべき100話に誰もコメントしてないのは寂しいからコメントします!! おめでとおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
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