10 告解
「エミリア、ですって……!?」
私はジークベルトの言葉が信じられなかった。
ルイーゼの殺害を企てるような恐ろしい集団と、以前見た彼女の姿が繋がらなかったからだ。
「そんな、何かの間違いじゃ……」
「君がそう疑うのもわかる。でも、事実なんだ。エミリアは可憐な令嬢の裏に、もう一つの顔を持っている」
ジークベルトが忌々しげに呟く。
私だってエミリアのことをそこまで知っているわけではない。でも、ジークベルトに恋い焦がれ婚約者を裏切り、あの夜会でジークベルトに拒絶され錯乱していた彼女の姿を思い出すと、どうしても信じられなかった。
「あ、あなたがあんなことをしたからおかしくなったんじゃ……」
「いや、確かにあの日以前からエミリアはサナト教に傾倒していた。何がきっかけかは知らないけどね。僕だってその背景を探る為にエミリアに近づいたんだから」
その言葉に、私は息を飲む。
ジークベルトは、エミリアとサナト教の繋がりを暴く目的で彼女に近づいた……?
「じゃあ、あの夜会の日は……」
「……あぁ、誘いをかけてうまく情報を聞き出すつもりだった」
「…………エミリアに近づいたのは、あなたの方だったの」
「そうだよ。メーレル家との関係を悪くするわけにはいかなかったから否定したけどね。ギュンターには悪いことをした。まあ、あのままエミリアに取り込まれるよりはましだろうけど」
口ではそう言いながらも、ジークベルトには少しも悪びれた様子はなかった。
「君にも謝っておこう。エミリアが君を標的としたのは、僕のせいだから」
「っ……!」
以前の夜会でジークベルトと一緒に居た時と、先ほどの襲撃。私は既に二回も化け物に襲われている。
その度に、ジークベルトに助けられてきた。
…………偶然では、ない。
ジークベルトはあえてエミリアに近づいた。そして、その次は私に。
そのせいで、私はエミリアの恨みを買うような形になり、危うく死ぬところだったのだろう。
……もう、明らかだ。
「あなたは…………私を、囮にしたのね」
意を決してそう尋ねると、ジークベルトはふっと目を伏せた。
だが、数秒した後彼はそっと口を開いた。
「……悪いことをしたとは、思ってる」
その言葉を聞いた途端、抑えきれない激情が溢れだした。
──ぱぁん、と……乾いた音が響き渡る。
思わずその場から立ち上がり、気が付いた時にはジークベルトの頬を平手打ちしていた。
「……最低! そんな人だとは思わなかったわ!!」
彼は私を気に入ったり、好意を持っていたわけではない。
ただエミリアに対する手ごろな囮が欲しかっただけなのだ!
「あなたは利用したのね……エミリアも、ルイーゼも、私も!!」
「ユリエ、話を……」
「うるさい! あなたは本当の悪魔よ!! 人の心を弄んでそんなに楽しい!?」
「だからそうじゃなくて……」
「あ、あなたにはわからないの……!? ルイーゼもエミリアも、本当にあなたのことを愛していたのに!!」
そう叫ぶと、ジークベルトの動きが止まる。彼は驚いたように目を見開いて私を見ていた。
悔しくて、悲しくて、涙が止まらない。
ルイーゼはジークベルトを愛していた。きっとエミリアもそうだったのだろう。
そんな彼女たちの気持ちを、目の前の男は利用していたんだ!!
「あなた……心から誰かを愛したことがないんでしょう!? だからそんな酷いことができるんだわ。あなたには人の心がないの!?」
みっともないほど涙が溢れてくる。
どうしようもなく悔しさと悲しさが溢れて止まらない。
その理由なんて、もう考えたくもなかった。
ジークベルトはゆっくりと立ち上がり私の方へと近づいてきた。
その美しい顔に私が叩いた跡が残っている。
彼が私の方へと手を伸ばしてきたので、反射的に身が竦んでしまった。
私も同じように、いや……もっとひどく叩かれるのだろう。そう思って目を瞑ったが、覚悟していた衝撃は訪れなかった。
その代わりに、体全体を優しく包むように抱きしめられる。
「済まない、済まなかった……ユリエ」
優しく囁かれて、労わるように抱きしめられて、不覚にも胸が熱くなる。
「……離して」
「嫌だ」
ジークベルトを引きはがそうとする手にも、もう力が入らない。
……嫌だ、気づきたくない。
「……あなたなんて、嫌いよ」
「ごめん、僕は……」
それに続く言葉は聞きたくなくて、私は思いっきり声を上げて泣いた。
こんなに子供のように泣くなんて、みっともないと笑われるかもしれない。
それでも、ジークベルトはじっと守るように私を抱きしめ続けていた。
涙が収まっても、私はジークベルトの胸に顔をうずめたまま上げることができなかった。
だって、どんな顔をすればいいんだろう。
色々な思いがごちゃ混ぜになって、どんな態度を取ればいいのかもわからなかったのだ。
「……さっき」
そんな私をどう思ったのか、ジークベルトがぽつりと呟く。
「僕が、誰かを愛したことがないって言ったね」
「……だって、そうでしょう」
顔はあげないまま、くぐもった声でそう答える。
すると、小さな苦笑が聞こえた。
「そう思われても仕方がない、か……でも」
そこで一度言葉を切ると、彼はそっと私に囁きかけた。
「僕だって……心から誰かを愛したこと、あるよ」
思わず顔を上げる、そこには、どこか悲しげな顔をしたジークベルトがいた。
「うそ……」
「本当だよ。まあ、信じてくれないかもしれないけれど」
ジークベルトはどこか緊張したように息を吸うと、そっと口を開いた。
「僕が好きになったのは……父の、愛人だったんだ」




