第百三話「密談と歓談」
第百三話「密談と歓談」
ギルベルタさんの案内はアンスヘルム様に引き継がれ、私はローレンツ様のお部屋へと通された。
『リディ達の方針は分かった。ありがとう、護衛をつけてくれたんだね』
魔法の使用許可が出たので【静寂】の呪文を行使、こちらの状況を筆談でお伝えする。
ついでに、騎士見習いとしてクリストフを出仕させ、連絡係を兼ねさせたいとお願いしておいた。
王宮の中で堂々とお話できない状況は嘆息一つで済まされていたけれど、これも作戦の一つらしい。
『いかにもな密談だけど、間諜の目にはどう映るかな?』
『リヒャルディーネ嬢、こちらも騎士を動かしている。彼らが慌ててくれると嬉しいが……』
『表向きは大きく変化した国内状況の調査、としているけどね。リディのところにも時々行くと思う』
連絡にしても調査にしても、騎士団が活発に動き回っているのは、いつも忙しくしているなと、間諜に思わせる為だった。
本番で急に動きがあったら、警戒されてしまうもんね。
……調査の方も、表向きとは言いながら王政府にとっては立派な資料になるそうで、騎士様たちは本当にお忙しいそうだ。
『ヨハンが口にしたという騎士ベルントとその妹ノーラの件だが、アンスヘルム、意見はあるか?』
『当面は伏せておくべきでしょうな。影響が出すぎます』
『ふむ……』
王女様の秘められた恋路はお二人もご存じないようだけど、騎士ベルントは以前の襲撃事件で王女殿下を守りきった『忠義の騎士』として、それなりに有名らしい。
そんな騎士を、元第一王女専属侍従の『ヨハン』が付き従う『私』の元へ送り込んでしまうと、劇的な反応を引き起こしかねなかった。
『動かすなら最終局面、インゴルフ司法官の異動直前が良いかと。……たとえば、ヨハン殿のいるフロイデンシュタット家への出向などは如何でしょうか?』
『なるほど、姉上がいると疑うには十分だな』
原案・メルヒオル様、総指揮・アンスヘルム様、主演・王立騎士団による間諜あぶり出し作戦は、大凡の中身が決まっていた。
一人とは限らない相手を特定するのに時間こそ使うけれど、最終的には間諜確定のインゴルフ司法官をフレールスハイムから人事異動で王都に動かし、決定的な証拠を押さえるという。
あらかじめ調べあげた怪しい数人を、こっそりと、そして同時にしっかりと見張って、尻尾を捕まえるのだ。
そんな単純な……といいつつも、そこは魔法のある世界、侮りがたし。
秘密の魔術印をつけて、特定の誰かを追いかける追跡魔法なんてのもあったりする。
私も狩りに使う追跡魔法は教わっているけれど、人相手には使えないほど目立つ。
騎士団の魔法は……術式を知りたいけど、いまはそんな場合じゃないか。
『リディ、君はこちらの動きは気にせず、姉上の安全確保を優先して欲しい。また、従士はすぐに受け入れる。時機を見て、騎士ベルントの異動理由に使わせて貰おう』
『畏まりました』
名目上は、フロイデンシュタット家より求められた騎士派遣について、騎士団にて人選中、ということに決まった。
クリストフは数日中にレシュフェルト騎士団へ出仕、護衛が抜けて手薄になってしまう女伯爵の身辺を守る為に、騎士を派遣して貰うという筋書きだ。
ついでに妹のノーラさんも、我が家の内向きについてヨハンさんだけではカバーしきれない侍女の教育に必要と理由をつけ、我が家に来て貰う。
しばらく先になるけれど、それは間諜捕縛決行の目印でもあった。
▽▽▽
密談を終えて魔法を解き、ローレンツ様のお部屋を辞すると、クリストフが出待ちしてくれていた。
「お疲れ様でした、お館様」
「ヨハンは?」
「ラウエンシュタイン主席政務官を交え、両領主閣下や代官様方と、食堂で歓談の場をもたれています」
「そう、ありがとう」
クリストフにだって、このぐらいの作法は仕込んである。
今も人目があるからこその、この切り替えだし。
「で、何の話してるの?」
「積荷と売り物の話だよ。せっかくだからって」
「そっか、全員集まることって、滅多にないもんね」
角を曲がって小声にすれば、いつものような口調が返ってくる。
騎士団出仕が本決まりになった話をすれば、微妙な顔してたけどね。
「この間の話のこともあるし、俺、ノイエフレーリヒを離れてもいいの?」
「何かあるとしても、情報が流れてくるのはフレールスハイム、王都、うちの領地の順番だからね。クリストフはうちの『遊撃』で、領地にいる『本隊』とは離れた位置から援護するのがお仕事だよ。……今は何か動きがあったら、すぐつかめるようにしておきたいの」
「それは分かるけど、うーん……」
小さい頃から憧れていた騎士への道の第一歩だし、乗り気じゃない理由もクリスタさんや私の心配が先にあるだけなので、ぽんと背中を叩いて押し切ったけどね。
とりあえず食堂に向かい、その会合とやらに混ぜてもらう。
「失礼します」
「お疲れ様でございました、お館様」
ジークリンデさんが持ち込んだ上等の香草茶と生キャラメルが振舞われていて、妙に盛り上がっていた。
私の代理として座を埋めていたヨハンさんに代わり、席に着く。
「よう、伯爵閣下!」
「何で国王陛下に呼ばれてたんだ?」
ローレンツ様に呼ばれたことは皆さんが知っているので、誤魔化しがきかない。
もちろん、理由は用意してある。
「先日お伺いを立てていたんですが……こちらのクリストフを無事、レシュフェルト王国騎士団の従士見習いとしてお認めいただいたんです」
一礼したクリストフが、ヨハンさんと対を成すよう私の背後に立つ。
「うちの下の息子も、従士に取り立ててもらえるようお願いしてみるかな?」
「そりゃあいい。馬乗りは抜群に上手かったな? うちは娘ばかり三人、孫に期待するか……」
それぞれがクリストフを値踏みしてるけど、あわよくば乗っかってしまいたいという、ある意味好意的な雰囲気だった。
それを横目に、ヨハンさんからこの集まりの流れを短く説明してもらう。
「お館様がご歓談されていた間に、当面アドミラル・ハイドカンプ号を月に二度、レシュフェルト・フレールスハイム間で往復させると王政府より内示がございました。相場の半額で積荷も引き受け、国内交易を主軸にして内需の拡大に繋げたいそうです」
この状況下、レシュフェルトとフレールスハイムの連絡は密にせざるを得ないけど、空荷の船をただ往復させるのももったいない。
レシュフェルト周辺の諸領は、小さくてもいいから商取引による売り上げを積み重ねたかった。
フレールスハイムもレシュフェルトの商品なら、関税がない分安く手に入る。
王政府は出て行く運行費が変わらないけど、国内の商取引活発化に繋がるなら、多少の手間なんて惜しんでいられない。
三者ともに得をするわけで、この会議の盛り上がりも納得だ。
「ただ、問題も多うございましてな」
「それは?」
「アドミラル・ハイドカンプ号が王政府にて運行される数ヶ月ほどは、大なる効果が望めましょう。ですがその後……」
運賃半額はともかく、大量の売り物を供給し続けられるような生産力が、レシュフェルトにはなかった。
鶏も山羊も木材も、数日で急に増やせるようなものじゃない。
おまけに海際にある領地の主産業は海産物の干物で、同じく海に面したフレールスハイムは売り先として不適当だった。
「無論、皆様も了解されております。アドミラル・ハイドカンプ号の運行中に最大限の利益を上げ、その後の発展へと繋げるにはどうするべきか、話し合っておりましたところです」
「そんなわけでな、伯爵様よ」
「何かいい知恵はございませんかな?」
「あんたのリフィッシュのお陰で、そこまで切羽詰ってるわけじゃねえが、この流れには乗っておきてえんだ」
「フレールスハイムも、こちらの皆様と手を携えたいと考えております。関税の掛からない取引相手として、レシュフェルトの存在は意外と大きいんですのよ」
いきなりそんな事を聞かれても困るけど、放っておくわけにもいかないか。
うちだって、王政府が買い上げてくれるリフィッシュはともかく、ミラス酒が出回ることでトロップフェンが封じられてしまったも同然だった。
ついでにフロイデンシュタット家は、当座の資金の確保が喫緊の課題となっている。
全領地の領主や代官が揃うこの機会、逃してしまうのは惜しかった。
私が主導するかどうかはともかく、一口噛んでおくだけの価値はある。
「じゃあ、少し状況を整理してみましょうか」
とりあえず、各々が出せる商品と欲しい商品を書き出して、分かりやすい表にしてみよう。
何となくは知っていても、整理することで見えてくるものもあった。




