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前世で自分に改造手術した結果死んだ特オタ天才科学者が、転生先の世界で錬金術を極め仮面のヒーローとなった結果、勇者より強くなった件。

作者: 真黒三太

「リブラ器官改造適合手術経過報告1日目。

 超変異細胞培養人造臓器――リブラ器官を自らに移植する人体実験。1日目の経過は、極めて良好だ。

 ラット相手に幾度も検証した通り、器官が生み出す変異細胞はオレの精神に一切影響を与えず、また、人体に元から存在する諸器官の活動にも影響を及ぼしていない。

 やはり、オレの理論は完璧だ。

 人造臓器の臨床試験ともなれば慎重な審査が必要となることには、当然理解を示す。

 しかし、オレ自らの肉体を使ったこの実験結果を見れば、反対派も考えを変えることだろう」




--




「リブラ器官改造適合手術経過報告23日目。

 外部からの特殊な信号による右腕部の超変化……いや、変身実験を開始。

 信じられるか? この映像はフェイクじゃない。

 実際に、バッタの性質を発現している!

 やはり、生物学的なアプローチは正解だった!

 強化変身スーツでアプローチしても、いずれは特撮ヒーローの域に達するかもしれない。

 だが、今の技術発展ペースでは、オレが生きてる間に実現できないだろう。

 それにしても、この変身は、ラットで実験した時よりも滑らかで、甲殻そのものの強度も増している。

 オレが生み出したリブラ器官は、人体により強く適合するようだ。

 明日はいよいよ、全身の変身実験を行う」




--




 某日のニュース番組より。


『世間から狂気の天才科学者と呼ばれた◯◯氏の最期は、とても人間のものとは思えないものでした。

 自らが生み出した人造臓器を自らの肉体に移植した氏の体は、全身に昆虫のような性質を発現し、人間と虫とが融合したような姿で息絶えていたそうです。

 問題の人造臓器リブラ器官は、夢の技術として注目されていただけに、各界へ衝撃を与えています。

 では、どうして氏は、自身を使った人体実験に臨んだのでしょうか?

 遺族への取材によると、氏は幼い頃から特撮番組が大好きで――』




--




「えっと……。

 もう一度聞きますが、錬金術師なんですよね?」


「ただの錬金術師じゃない……。

 特殊で! 特別な才能の天才錬金術師!

 略して、特特才錬金術師がこのオレ!

 ハイロックだ!」


 王都に存在する冒険者ギルドで威勢のよい叫びを放ったのは、なるほど、才能がどうなのかは知らないが、特殊で特別な格好をした青年であった。

 まず、下地として着用しているのが、いかにも動きやすそうなぴたりと密着する黒地の衣服。

 その上から鎧を装着しているわけだが、これは鎧と称してよいのか悩むくらいに体を覆う面積が少ない。


 守っている箇所は、胸の中央、背中の中央、両肩、両肘、両手首、両膝、両くるぶし……。

 それらの箇所に、なんらかの特殊金属製と思われる装甲を装着し、革製のベルトで固定しているのだ。

 そしてベルトといえば、ズボンを固定するために使っているそれは、ひどく極太な品である。


 格闘家など、あえて軽装で戦いに臨む冒険者というのは数多いが、これは身軽にしている割に、存在する意義があるのか問いたくなる鎧はまとっていて、いかにも中途半端。

 役回り(ハンドアウト)を明確にしていない、冒険初心者特有の匂いを感じ取る受付嬢であった。


「その……。

 申し訳ありませんが、錬金術師が冒険者をやるというのは、寡聞にして聞いたことがないのですけど……」


「なら、オレがその第一号だな!

 一号……二号には劣るが、いい響きだ」


 それは、何かの決めポーズなのか?

 高々と頭上に上げた右手の親指で、自分の頭を差しながら告げる青年である。

 そうして注目を求める顔立ちは、存外に整っており、強い理性の香りが漂う。

 また、黒髪はよく整えられていて清潔感もあり、このような場でなければ好感を抱いたかもしれない好青年であった。

 ……ただ、額に装着したサークレットだけは、ややセンスが悪いと思えたが。


「……まあ、何事も挑戦するのはよいことだと思いますが、大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。問題ない」


 ……問題しか感じない。


「確かに、お持ちになられた依頼内容は典型的なゴブリン退治ですから、初心者にも達成可能な難易度です。

 ただし、それは他の初心者とバランスよくパーティーを組んだ場合でして、研究職でしかない錬金術師が単独で挑むというのは……」


 自信満々なハイロック氏を前にして、どう断るか悩む受付嬢であったが、そこに声をかけてくる少女がいた。


「どうされましたか?

 見たところ、ゴブリン退治の依頼を受けようとされているようですが」


「――青の勇者様!」


 全身は、真っ青に染め上げた皮装備で固められており……。

 頭に装着したゴーグルは、実用品としての趣き以上に、飽くなき探究心の象徴として感じられる。

 さらりとした黒髪を伸ばした姿は、たおやかな美少女そのものであったが、腰に下げた分厚い長剣と背中の円形盾が伊達ではないことを、王都の誰もが知っていた。

 装束の腰回りがスカート状になっており、厚手のタイツで覆われた美脚が出ているのは、戦闘者としての実用性と少女としての心を折衷した結果か。


 青の勇者――ローラ。


 この頃、めきめきと頭角を現している冒険者の枠に収まらない冒険者……。

 勇者の異名にふさわしく、いずれは国家クラスの危機にも対処することになるだろう英傑が、小首をかしげながら話に加わってきたのだ。


「ほおう? 君がこの頃、青の勇者として噂になっているローラ君か。

 いや何。

 この特特才錬金術師ハイロックがゴブリン退治の依頼を受けようとしているんだが、なかなか受理されなくて困っているのさ!」


 ローラほどの有名人を前にして、一切臆するところがないのは、特殊で特別な才能の持ち主を自称するだけあるか。

 芝居がかった身振り手振りを加えながら説明するハイロックに、ローラが真面目な顔でうなずく。


「そうなのですか?」


 そして、やはり真剣そのものな顔でそう聞いてくるのだから、受付嬢としては苦笑しながら説明する他になかった。


「何しろ、錬金術師が冒険者として登録すること自体、異例中の異例ですから」


「冒険者登録というのは、望めば誰もができるものなのでは?」


「そうではありますが、やはり、戦闘に適した者が志願するものです。

 例えば、戦士とか魔術師とか……。

 錬金術師というのは、ポーションを調合したり、新種の金属を研究したりするのが仕事なわけで、どう考えても冒険者には向いていません」


 幼い頃から修行漬けの日々だったローラは、やや世間に疎いというか、天然気味なところがある。

 それをよく知る受付嬢は、噛んで含めるようにして説明した。


「ハイロックさん……でしたか。

 彼女はこうおっしゃっていますが、どうなんですか?」


「なんの問題もない。

 田舎の村を震えさせるゴブリンの脅威……。

 この特特才錬金術師ハイロックが、見事に解決してみせよう!」


 その特特才って言葉、流行らせようとしてるの?

 ……と、聞きたくなるくらい強調しながら、仰け反り姿勢で請け負ってみせるハイロックだ。


「ハイロックさんは、自信がおありのようですが?」


 純真無垢な顔で、ローラがこちらを見つめてくる。

 人を疑わないにしても、程度というものがあるだろう。

 彼女の前でなら、簡単にどこぞの大貴族へなりすませそうだ。


「本人に自信があったとしても、それが実績などで裏打ちされているわけではありませんから……。

 現状ですと、特に戦う力のない一般人が、無謀なゴブリン退治へ挑もうとしているようにしか思えません。

 そして、私たちギルドの役割には、そういった無謀な挑戦者を諌めるというのも含まれています」


「そういうものですか……」


 ようやく納得したのか、ローラが考え込むような姿勢となった。

 が、次の瞬間、彼女はとんでもないことを言い出したのだ。


「なら、私も同行しましょう。

 それならば、問題ないのではないでしょうか?」


「はあ!?

 青の勇者自らが、ですか?

 依頼内容はゴブリン退治ですよ?」


 役不足、という言葉がある。

 仕事を任せようという人間の実力に対し、仕事内容の方があまりに簡単な内容である場合、使われる言葉だ。

 昇り龍であるローラに対し、初心者冒険者への定番依頼を振るというのは、いかにも役不足な采配であった。


「ほおう?

 噂に名高い青の勇者が同行してくれるというのは、実に好都合だな」


「いや、そりゃあなたにとっては好都合ですけど。

 そうやって、圧倒的に強い相手へ腰巾着のようにつきまとって、ろくに働きもせず分け前へありつこうとする冒険者は、寄生虫と呼ばれひどく嫌われるものですよ。

 ギルドの人間として、到底看過できません」


 あごをさすりながらにやりと笑むハイロックに対し、すかさずそう言って釘を刺す。

 どこの世界にも、言葉巧みに上位の人間へ取り入ろうとする者はいるもの。

 ローラのように真面目な娘が、そういった輩に引っかかることがないよう注意するというのは、受付嬢たちギルドの構成員にとって重大な使命であった。

 だが、ハイロックが続けた言葉は、受付嬢が想定する遥か――斜め上をいくものだったのである。


「何か勘違いしているようだな。

 オレが好都合だと言ったのは、青の勇者ほど名高い冒険者が同行してくれたのなら、この特特才錬金術師ハイロックの引き立て役として、大いに役立つからだ!」


「はあ?

 ローラさんが、あなたごときの引き立て役ぅ?」


 これがもし、他の事柄だったならば、受付嬢も顔をひくつかせながら冷静に受け流したことだろう。

 だが、推しに対する侮辱とあれば、話は別。

 そう、彼女はかなり強火なローラのファンであった。

 当然、ローラを推す――いやさ、信仰する人間が揃った悪の秘密結社である『麗しきローラさんについて語る会』では会員番号一桁を確保している。


「これは、大きく出ましたね。

 ですが、世間は広く、皆さんが噂で語ってくださるよりも遥かに私は未熟です。

 私以上の実力があるというならば、ぜひ、間近で勉強させてください」


「勉強?

 ローラさん、何を言ってるんです?」


 やはり勘違いしているローラが、あまりにも謙虚なことを言っているところへ、割り込む。

 それから、アホの錬金術師に人差し指を突き出しながら言ってやったのだ。


「ローラさん……。

 あなたがすべきことは、こいつを理解(わか)らせてやることです!」


「わか……なに?」


 自分ごときモブの言葉だから致し方ないだろうが、何がなんだか分からないという顔をするローラ。

 そんな彼女に、切々と告げる。


「ローラさん……あなたはこの王都において、百年に一度の逸材と呼ばれているほどの冒険者です。

 その強さ! 可憐さ! 賢さ! 全てにおいて、文句の付け所がありません。

 ただ、一つだけ問題なのが、あまりに謙虚すぎること」


 そこで再び、クソ錬金術師の方に視線を移す。


「双子塔へさらわれていた子供たちの誘拐騒ぎや、ヌーレル城の幽霊騒動など、すでにいくつもの冒険を成功させている青の勇者が、こんなアホに好き勝手言わせていてはいけません!

 その圧倒的な実力を見せつけ、こいつに身のほどを教えてやってください!

 心を叩き潰してやるんです!」


「え、ええ……」


 心優しい青の勇者は、明らかに引いている様子で顔を引きつらせた。


「ナーハッハッハ!

 残念ながら、オレの心は若本ドライバーへ装填した普通のボトル。

 何があろうともツブレナーイ。

 しかし、引き立て役として、全力を尽くしてくれるというのならば、やはり好都合!

 よろしくお供を頼むぞ!」


 一方、何一つ理解していない自称特特才錬金術師は、実に嬉しそうにわめいていたのである。

 かくして、冒険者ギルドはゴブリン退治へ派遣する冒険者を決定するに至ったのだ。




--




「よし、これでホブもシャーマンも倒したな。

 通常種はまだまだ残っているが、ゴブリンの脅威は激減したと言っていいだろう。

 こいつらが率先して前に出てくるタイプの幹部で、少し楽ができたというところだ」


「そうですね。

 気を引き締めていきましょう」


 後日……。

 王都から片道で一週間ほどかかる田舎村から、さらに二刻は歩いたところにある薄暗い洞窟内で、ローラはハイロックとそんなことを言い合っていた。

 広々とした自然空洞の中は光苔で照らし出されており、自分たちが倒した魔物の死体がはっきりと見て取れる。


 でっぷりとした……それでいて、実際は筋肉質な肉体の醜悪な緑肌――ホブゴブリン。

 子供ほどの小柄さは通常種と同様だが、枝切れやら何やらを自分たちなりの美学に基づく形へ加工した祭具で着飾った魔術師――ゴブリンシャーマン。

 いずれも、通常種の群れへたまに交じるとされるやや強力な変異種であった。


 初心者冒険者ならば、致命的なそれとなりかねない遭遇。

 自分たちがそれを問題としなかったのは、ローラの実力も当然だが、特特才錬金術師であるハイロック氏が、思いがけぬ手練れであったことだろう。


 彼が得物としているのは、ありきたりなこしらえの片手剣であり、奇妙かつ軽装な鎧には頼らない身軽な戦い方が信条のようだ。

 実際、ホブゴブリンを正面から叩き切ったローラに対し、彼はシャーマンを散々に翻弄して致命の一撃を入れたのである。

 血の滲む修練がなければ達しない力量。

 しかも……。


「それにしても、実力も驚きましたけど、見識が深いんですね。

 シャーマンの作ったという小さな飾りも見落としませんでしたし、(ふん)からホブが混ざっていることも見抜くなんて……」


「何しろ、特・特・才! 錬金術師だからな!

 データを基に推測するなど、朝飯前と言わせてもらおう!」


 冒険者ギルドでも見せていた大仰な身振りと共に、大笑してみせるハイロックだ。

 ただ、その実力は思ったよりも高いというだけで、ローラを上回るとは到底言えないものであったが……。

 それでも、前述の観察眼は見るべきところがあったし、参考になると思えた今回の冒険なのである。


 ――ガシャリ。


 ……と、彼が戦闘時に地面へ置いていた背負い袋を拾い上げた。

 一体、何が入っているのか?

 錬金術師というから、ポーションなどの消耗品か?

 ともかく、いっそ置いてくればよいと思えるほどにかさばるそれを、彼は意地でも持ち歩くつもりのようだ。


「一体、その袋は何が入っているんですか?」


「これか?

 これはまあ、お楽しみだ」


 ローラの問いに、ハイロック氏が薄い笑みで誤魔化してみせる。

 それから、彼はこう言ったのだ。


「まあ、焦らなくても、すぐに見せるさ。

 何しろ、ホブの断末魔は大きかった。

 奥にいる親玉が聞き逃さないだろうくらいにな」


「親玉?」


 それは、ローラからすれば意外な言葉。

 ホブもシャーマンも倒したというのに、一体、それ以上のどんなゴブリンがいるというのか?

 さらなる上位の……それでいて希少な変異種であるロードなどか?


「道中で発見したイノシシの死体。

 骨の大半すら食すあの食い漁りっぷりは、ゴブリンや他の獣では考えがたい。

 それでいて、残された死体の歯型は偶蹄目の特徴が色濃かった。

 しかも、周辺には蹄の跡を残されていたが、あれは明らかに四足ではなく二足歩行をしている」


 彼が言うイノシシの死体とは、この巣穴へ至る途中に転がっていたもの。

 話に聞くゴブリンの仕業とみてローラは一瞥しただけだったが、あの短い時間でハイロック氏はそれほどの情報を得ていたというのか。


「以上の特徴から推察される魔物の生態と、ゴブリンの生態を合わせて考えれば、ゴブリンらが配下に下っているのは明白。

 だから、オレはそこのホブたちを幹部と呼んだのだ。

 親玉からすれば、失ったところで問題がない使い捨ての幹部。

 いざとなれば、自分が敵を叩き潰せばよいだけなのだからな!」


 ――ドン!


 ――ドン! ドン! ドン! ドン!


 ハイロック氏が語るのに合わせて、洞窟の奥から音が響き渡る。

 それは、地響きのように感じられたが、よく耳を澄ませば、なんらかの蹄が土を穿つ音であると気づけた。

 そして、音の間隔から察するに、音を生み出している主は、この広々とした自然洞窟にふさわしい巨体の持ち主のようであり……。

 もはや、この場を離脱するなど選択肢に入らないほどの猛烈な勢いで、ここへ到達しようとしているのだ。


 これは……。

 この音を生み出している魔物は……。


「――ミノタウロス!」


 全長は、およそ三メートルほどか。

 巨体にふさわしい筋骨隆々とした上半身は人間と同種のものであるが、生えている頭はたくましい雄牛のものであり、下半身もまた、牛の特質を備えている。

 ならば、人と牛を合の子にしたような魔物であるかと思えるが、英雄譚に登場するこの魔物は、そんな単純で生易しい存在ではない。


 その怪力は、見た目の筋力を遥かに超えるほどのものであり、しかも、家畜のごとき頭部からは思いもよらぬほどの知恵を備えているのだ。

 何より――獰猛。

 それは、今になって思うとイノシシの死骸から見て取ることができたし、今、目の前に現れたこいつを見れば一目瞭然。

 せっかくの手下を殺された怒りか。

 両の目は爛々と輝いており、鼻息はそれこそ興奮した牛のように荒い。

 長大な石剣を握る腕が、みりみりと筋肉を膨れ上がらせていた。


「やはり、ミノタウロスだったか!

 ホブやシャーマンに使わず、取っておいて正解だった!

 こいつこそ、オレの実験に――」


 ハイロック氏が言い終わるのを、待たない。

 それより早く、ローラは右手の剣でミノタウロスに切りかかっており……。

 頭部めがけて袈裟斬りに放った最強最速の一撃は、しかし、向こうが持ち上げた石剣によって軽く防がれていた。


「くっ……」


 たかが岩を削っただけの大剣が、なんという強度……!

 これは、本能的に魔力をまとわせているに違いない。

 しかも、巨体でありながら、ローラの斬撃に難なく対処する動体視力と俊敏さも備わっているのだ。


「――うあっ!?」


 お返しとばかりに放たれた空いている手のアッパーを、左手の盾で受け止める。

 受け流すことは間に合わず、真芯で受け止める形になった結果、腕の骨が折れるほどの衝撃と共に、ローラは吹き飛ばされることとなった。


「――くっ!?」


 洞窟内を、バウンドしつつ転がり回る。

 今の攻防だけで、悟ってしまった。


「……勝てない」


 青の勇者と世間が呼び、持ち上げてくれている自分だが、まだまだ発展途上。

 これまで、いくつかの冒険をこなし、強敵と呼べる魔物も倒してきている。

 だが、こいつは――別格。

 神話の時代から存在したとされるだけのことはあり、小国ならば滅ぼしうるだけのポテンシャルが感じられた。


 少なくとも、今のローラが勝てる相手ではない。

 といって、ハイロック氏と仲良く撤退するのを見逃す相手でもないだろう。


「ハイロックさん! 逃げ――」


 だから、ローラは自分が囮となり、せめて彼だけでも逃がそうと上半身を起こしたのだが……。


「――実験開始だ」


 そんな彼女の前で、当のハイロックが立ち塞がったのである。


「ハイロックさん! 一体何を!」


「言っただろう? 実験だ。

 君はもう見てるだけでいいぞ。

 噛ませ犬の役割、ご苦労」


 立ち上がって叫ぶローラに、ハイロック氏が涼しげな顔で答えた。

 その左手に握られているのは――鉄仮面付きの兜。

 馬上槍試合などで騎士が使用する重量級防具の一部で、開閉式の面覆いにより、顔も含めた首から上の全てを守れるこしらえとなっている。


 そして、右手に握られているのは、なんともいえぬ奇妙な器具だ。

 強いて言うならば、これは、手のひら大に小型化した万力のように見えた。

 横側に取り付けられたレバーを倒すと、左右の万力が間に備えられた何かを押し潰す仕掛けとなっているのだ。

 ただし、万力と異なりネジ式の仕掛けとはなっていないため、挟み、潰す力そのものはかなり貧弱だと推察できる。


 これが、あの背負い袋に収められていた品々なのだろうか?

 代わりに、さっきまで使っていた片手剣は、無造作に足元へ捨てられていた。


「――――――――――?」


 言葉では形容できないような唸り声……いや、鼻息か?

 それを漏らしながら、ミノタウロスが牛頭をかしげる。

 このように軽装な優男が、一体どうして立ち塞がったのかと、怪物なりに不思議なのだろう。


「ブゥン!」


 そんなミノタウロスの視線など意に介さず、ハイロック氏が右手の器具を腰に装着した。

 そう……やけに幅広なベルトを使っているのは、この器具を装着するためだったのだ。

 ……なんの意味がある仕掛けかは分からないし、自分で「ブゥン!」と叫ぶのも意図を汲みかねるが。


「お次はこいつだ」


 言いながら、ハイロック氏がポケットから何かを取り出す。

 一見すれば、それはポーションを保存するための試験管型容器に見えた。


 ――シャカ。


 だが、ハイロック氏はその容器を、おもむろに振り始めたのである。

 果たして、容器内には何が入っているのか?


 ――シャカ、シャカ、シャカ。


 見た目は液状でありながら、思った以上の音を立てて内容液が揺さぶられた。


「さあ――いくぞ」


 十分に振ったということか。

 ハイロック氏が、腰に装着した器具……いや、バックルと呼ぶべきか。

 その中央部に、容器を差し込む。

 なるほど、万力機構で挟み込むための部分は、この容器に合わせて作られていたのだ。

 ならば、この後に起こることは……。


「……粘装」


 絞り出すような声と共に、ハイロック氏がバックルのレバーを操作する。

 すると、バックルに仕込まれた万力機構が試験管型容器を両側から挟み込み……。


 ――パリン!


 ……と、典型的な音を立てながら砕き割った。

 結果、当然ながら容器内の液体がこぼれ出してくるのだが、これが尋常なものではない。


「あふれた液体が……ハイロックさんを包みこんでる?」


 ローラが口にした通り、ドロリとして粘性の高い青い液体がバックルの上下からハイロック氏の体をつたい、包み込んでいるのだ。

 各部の液体が目指しているのは、胸の中央、背中中央、肩、肘、手首、膝、くるぶしへと装着している極小面積の鎧。

 あまりに軽装で本来の用途を果たしていないと思われた各種パーツは、この液体を導く能力があったのである。


 それにしても、小さな容器の中に、これほどの液体が収まっていたとは……。

 粘性の液体は首から上をのぞく全身にまとわりついており、今や皮膜として完成していた。


「……完了」


 最後に、ハイロック氏が左手の鉄仮面を装着する。

 それは、ズヌリという音と共に、首まで上がってきていた粘性液へはまり込んだ。


 こうなったハイロック氏の姿は、もはや、軽装の戦士ではない。

 青くきらめく皮膜に全身を覆われ、頭には頑強な鉄仮面を装着した……仮面の戦士であった。


「さあ、かかってくるがいい」


 頭上に掲げた右手の親指で、自身の仮面を差しながら挑発的な言葉を漏らすハイロック氏。


「――――――――――ッ!」


 それに、ミノタウロスが応じる。

 恐ろしい咆哮と共に、右手へ握った石剣を振るってきたのだ。

 袈裟斬りの斬撃は、人体構造上、最も力の乗る代物。

 それを、ハイロック氏は――左腕で受け止めた。

 ただ、防いだのではない。

 防御のため、無造作に掲げられた左腕の皮膜が、グニュリと歪んで石剣の衝撃を吸収したのである。


「――ブモッ!?」


 ここにきて、初めてミノタウロスが牛のようなうめき声を発した。

 やや間が抜けているようにも思えるその声は、それだけ、驚きの大きさを示している。

 だが、ハイロック氏の防御は、ただ防御しただけで終わっていなかったのだ。


「スライムゼリーの衝撃吸収力は抜群だ。

 しかも……」


 ズヌリ、ズヌリ……と、彼の右足にまとわりついた皮膜が、バネ仕掛けのように震え出した。

 左腕で吸収した衝撃の力は、そのまま、右足へと伝わっていたのである。

 そして、ハイロック氏はそれを地面に――弾けさせた。


「――はあっ!」


「――ブモォッ!?」


 頭上へ向けて弧を描くように放たれた右の蹴りが、ミノタウロスの顎へ直撃する。

 それは、牛頭に収められた脳を揺さぶったばかりか、頑強な歯をも砕いたようで、開いた口から歯のかけらがこぼれ出す。

 そして、ハイロック氏の手番(ターン)はまだ、終わらない。


「そらっ!

 そらっ! そらっ! そらっ! そらっ!」


 時に腹へ、時には脚へ……。

 見るからに鋭く強烈な拳や蹴りを、連続して叩き込んだのだ。

 驚くべきは技のキレよりも単純な力で、これは、ミノタウロスのそれすら上回っているのが、見ていて瞭然だった。

 身にまとった皮膜は、優れた防御力を誇るだけでなく、超怪力をも付与するのである。


「――ゴボッ」


 もはやフラフラとなったミノタウロスが、口から血を吐き出す。

 たかが人間の打撃が、内臓に致命的なダメージを与えたのは明らかだ。


「終いだ」


 それを見て、バックステップしたハイロック氏が、構えを変える。

 両手を地面につき、右足を伸ばして深くしゃがみ込んだ姿勢……。

 獣を思わせるそれは、左足の皮膜に力を溜め込むための構えであることが、ズヌリズヌリとバネ仕掛けのように変形する該当箇所を見れば理解できた。


「――はあっ!」


 そしてついに、左足へ溜め込んだ力が解放される。

 そうして放たれたのは――飛び蹴り。

 右足をピインと伸ばしたその姿は、まるでバリスタの矢であった。

 だが、その威力は、攻城兵器のそれを超えている。


「――ッ!?」


 一瞬でミノタウロスの胸へ突き刺さった飛び蹴りは、そのまま巨体を浮き上がらせ、洞窟内の壁面へと叩きつけたのだ。

 超威力の一撃を受けたミノタウロスは、もはや苦悶の声すら漏らすことなく、がくりと首を垂らした。


 ――決着。


 それも、圧倒的な大勝である。


「……実験終了だ」


 壁にめり込む形で絶命したミノタウロスを背に、着地したハイロック氏が振り返った。


「ハイロックさん……。

 あなたは、一体……」


 そんな彼に、何もできず棒立ちする形となっていたローラは、思わずそう問いかける。


「む? 時間切れか」


 問いかけに答えることなく、ハイロック氏が自分の体を……正確には、体を覆う皮膜の様子を確かめた。

 すると、全身で皮膜状となっていた青い液体は急激に粘性を失い、バシャリと音を立てて足元に水たまりを作ったのである。


「ふぅー。

 視界の悪さと装着時間の短さは、まだまだ課題だな」


 鉄仮面を外し、首をこきりと鳴らしながら、ハイロック氏が独り言を漏らす。

 それからこちらに視線をやり、先ほどの問いへ答えたのだ。


「オレか?

 最初から言っているだろう?

 特特才錬金術師だって」


 そう言って、掲げた右手の親指で自分の顔を差す姿は、あまりにも……。

 あまりにも……。


「か、かっこよすぎます!」


 ローラの(へき)にぶっ刺さった。




--




 後日談。


「ええっ!?

 パーティーを組むのですか!?

 ローラさんが、こんなのと?」


「こんなのではない!

 特特才錬金術師ハイロックだ!」


 カウンター越しにクソほど無礼な言葉をぶつけられたオレは、両腕を高々と掲げながら訂正してやる。

 そんなオレの隣で、大真面目にぐっと拳を握ったのが元青の勇者こと現オレの弟子――ローラであった。


「こんなのじゃありません。

 私の師匠――マスターです!」


「し……師匠」


 絶句する受付嬢をよそに、オレは高笑いを上げる。


「ナーッハッハッハ!

 マスター! いい響きだ!

 プロフェッショナルに怪物退治していた鬼の物語を思い出す!」


「マスター!

 今度、その話も教えてください!」


「いいだろう!

 例によって、全48話だ!」


 バカ笑いするオレと心ときめかせるローラの姿に、なんだなんだと冒険者たちが集まってきた。

 そんな彼らに向かって、オレは力強く宣言したのである。


「これからは、手に負えない依頼をオレとローラの師弟に持ってくるがいい!」


「そうしたら、正義のヒーローたちが事件を解決します!」


 教えた通りシャキーンと右腕を伸ばすローラの隣で、オレは両腕を横に伸ばしてキメた。

 実のところ、オレは2号派なのだ。


「ナーッハッハッハ! ナーッハッハッハ!」


「ワーッハッハッハ! ワーッハッハッハ!」


 高笑いするオレの隣で、ややかわいらしい声でローラも笑い声を真似る。

 これが、始まり……。

 言ってしまえば、アバンタイトルが終わったところであった。




--




 特殊で特別で特撮好きな天才科学者、略して特特特才科学者であったオレは、大好きな特撮ヒーローの力を再現すべく自身に行なった改造手術が原因で、悲劇的にも命を落としてしまう!

 だが、天はオレを見捨てていなかった。

 なんと、この魂は前世の記憶と知識を維持したまま、別世界の赤子に宿ったのだ。


 魔法が存在し、怪物が闊歩し、根本的な物理法則が地球と異なる世界……。

 そんな世界に生まれ変わったのなら、科学で再現不可能だった特撮のヒーローに、今度こそなるっきゃない!


 つまりは……だ。


 特特才錬金術師、ハイロックは転生者である。

 彼が生まれ変わったのは、魔術も怪物も存在するファンタジー世界である。

 ハイロックは生まれ変わった世界で自分の夢を叶え、仮面のヒーローとなって戦うのだ!

 お読み頂きありがとうございます。

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