しろやぎさんが おてがみ かいた
メイナがこの屋敷にきて一週間ほど過ぎた。その間にメイナの荷物を片付け、自分の部屋の家具を選び終わっている。なぜかクライもいくつか家具を選んで部屋に置くことになった。
少し狭くなった代わりに生活感は出たような気がした。
クライは部屋を見回す。
これなんてどうですか? とおすすめされた鏡台に目が留まった。男に鏡台なんていらないと言ったら、私がいるんですよと返された。
ん? と思って、その真意に気がついたのは翌日。
この鏡台はこの部屋に泊まりでもしない限りは、彼女も使わない。つまり……。
催促されていると思うべきか、からかわれているのかは不明である。
今のところその気はないのでクライは気がついていない鈍い振りをした。そもそも翌日に気がつく時点で鋭くはないので嘘でもないだろう。
この一週間で気がついたことがある。メイナは朝が早い。朝一で鍛錬、その後、長風呂を満喫して朝食の場に現れる。その白い髪が濡れていることもあった。ちゃんとしているようで、ちょっとずぼらであるらしい。水なんです、すぐ乾きますよなんて気にした風もない。
ただ、今日のメイナの髪は結構濡れていた。肩に布をひっかけたままなので、乾いていない自覚はあるらしい。
「すみません。ゆっくりしてたら朝食に遅れそうで」
そういいつつがしがしと髪を布で拭いている。
「貸してください」
見かねてクライは優しく拭くことにした。
「きれいな髪なんですから、ちゃんと扱ってあげてください」
「……き、きれい?」
「言われたことないんですか?
宝石みたいですよ」
メイナのさらりとした髪は白い。光にかざすと半分透けて水晶のようだった。
「ありがとうございます」
メイナの照れたように朱の差した頬が可愛らしいなとクライは思った。
「なんだか、昔に養母にしてもらったのを思い出します。
小言一杯で。可愛いんだからちゃんとしろって」
その言葉でクライはメイナが養子であるらしいと知った。本家で生まれ育ったご令嬢なのだろうと思っていたのだ。そう言えば、彼女自身の話はまだ何も聞いていない。聞くのを遠慮したというのではなく、その過去への興味の薄さだったように思えた。
クライがちょっと気まずさを抱えながら朝食が始まった。
朝食は毎日同じものが並ぶ。この台所にいるもののこだわりらしい。卵にトースト、サラダ、ウィンナーかハムかベーコンが添えられる。終われば果物が出された。これにメイナは朝摘んだらしい野草が加わる。
メイナはその野草を、んーっ! と毎回おいしそうにしているので興味を引かれてクライは一度もらったことがある。
ただの草だった。苦かった。しかし吐き出すのは礼儀に反する気がしてクライは頑張って飲み下した。サラダもあまり好きではないが、それの比ではない拒絶感だった。
以降、クライはその野草を食べようとは思わなかった。
今日の予定は何か? といつもお決まりの質問から会話が始まる。この屋敷では何もやらなくてもいいが、それだと暇なのでクライは庭木への水やりや畑の手伝いをしている。元々慣れていないのでいつの間にか用意されていた本を頼りにしているが。
「そうですね。
今日は、手紙を書きませんか?」
無事ついたと連絡すれば安心されるでしょう。と。
クライは屋敷から出られないと思い込んでいたので、手紙を書くことすら考えていなかった。
「そ、そうですね。
心配していたというころですし、元気でやってますくらいは送らないと。あ、行く予定だった家のほうにもいかなければ」
「私も手紙を書くので、明日か明後日にはいけるようにお願いしておきましょう。
買い物もあるかもしれませんし」
メイナはそう言ってちらりと天井に視線を向けた。ぱたりと音がしたのは気のせいではないだろう。前より小さな音が聞こえるようになった。それが良いことなのかはわからないが、少しだけ気を許してもらえたようでクライには嬉しかった。
「あとで書斎で」
食事後、そう言って二人は別れた。食後は日替わりで食器を洗うことにしている。今日はクライの当番の日だ。もし、洗わずに置いたところで綺麗に片付けられるとは思っていたが、それもなんだか悪い気がしたからだ。
二人分の洗い物を済ませるころにはテーブルの上に数枚の紙があった。
『この屋敷のことは書いても大丈夫だ。選んだ人しか入れないから押し入られることもない』
『婚礼衣装の新作書いてある本は送ってほしいと必ず書くんだよ! 都会の最新ってどうなのかなっ!』
『古典がいいと思うけど。欲しい本のリストつけとくから送ってもらって。近くの町の私書箱もってるからそこ使っていいよ』
館の主からの主張は毎回別々の紙に書かれている。同じ紙に書くことはない。
「承知しました」
クライは依頼を別のメモに書き写し、台所を去った。紙はすぐに解けて消えてしまうのだ。あれは紙の形をもった声なのかもしれない。
書斎にはメイナが先についていた。機嫌良さそうに本をめくっていた。
「お待たせしました」
「いえ、私も少々調べ物がありましたのでちょうどよかったです」
そういう通りに何冊かテーブルの上に本が置かれていた。
書斎とはクライが勝手につけた名前で、本来は図書室というのが最適だろう。重厚な書棚に本がぎっしり詰まった壁。入口と最低限の明かりとりと言いたげな窓以外は書棚だ。背は高くなく、クライより少し上くらいまでしかないがそれでも圧力がある。
部屋の真ん中に長机が置いてあり、それに合わせたように椅子が6脚あった。その椅子は見た目もサイズもバラバラで、この屋敷に住んでいたものがそのまま残したような雰囲気がある。
クライはいつも木だけで作られた椅子に座っていた。メイナはひじ掛けのある大き目の椅子を選んでいた。なんだか威厳がありそうに見えた。だだ、先ほどまで読んでいたのは、はにだー、である。二巻だったので、読みなおし中といったところだろうか。
テーブルの上にはインク壺とガラスペン、便箋が何種類か揃っていた。
「私は実家と知り合いに何通か送る予定です。デデン家にも送らせていただいてもよいでしょうか?」
「うちは別に送らなくても」
「いえ、結果の報告は私からも必要でしょう」
そう言われれば否はない。クライは、それならと応じた。
クライは家と本家に報告するつもりだった。面倒をかけてしまったと詫び状が必要だろう。
しばらくは書く音だけが響いた。
「屋敷の方から本が欲しいって言われたんだけど、うちの手紙に入れておくよ。
メイナさんも欲しい本ある?」
「だ、大丈夫です、知人に頼みます」
「一緒に送ってもらったほうが送料とか」
「いえ! 大丈夫ですっ!」
狼狽えまくる様子になにか見られたくない本を依頼するらしいとクライは察した。クライも婚礼衣装本だとか儀式の仕方だとかの本を依頼しているでこれは見られたくはない。
お互いにそれ以上その件に触れることもなく手紙は書きあげられた。お互いに中身を確認することもない。
「では、日取りと……」
そう言った頃合いにテーブルの上に紙が置いてあることに気がついた。
『爪染、新作、欲しい。赤、希望。
天気は、明日はいい。明後日は午後から雨だ』
走り書きでそう書かれていた。
天気を知らせてくれる優しさより先に欲しいものが先走っている。メイナはこれはヤマ様ですねと苦笑していた。
お化粧がお好きなようで、片付けをしている時に色々質問されましたとも続ける。
クライが気がついていない間に仲良くなっていたらしい。そして、メイナには屋敷の主たちが見えたり、聞こえたりしているようだ。
「屋敷の方たちの話を教えて欲しい。
僕は見えないし、聞こえないから」
「あ、あの、ええと。
ヤマ様は素敵な……男性です。かっこいいです」
メイナは迷った挙句にそう言った。かなり、嘘っぽい。化粧に興味のある男もいるが、少数派である。爪まで染めるのは珍しい。
「そ、それから、クルミ様は知的な男性で。
アケビ様は、元気って感じです」
「……、ほんと?」
「ほんとですよっ!」
あまりにも力強く男性と言い切るのがかなり怪しい。だが、そこを偽る理由がクライにはまったくわからない。
そこにぺらりと紙が降ってきた。
『僕もイケメンって言ってよ!』
「くっ、覗かれない結界張ったのに破られた。しょうもないことを」
『隠し事は覗きたくなるんだよ』
「旦那様と二人きりを満喫したいんですよ! 私はっ!」
『あ、ごめん』
それを最後に何かが去っていったようだった。クライにもわかるくらい足音が響いていったので、逆に怪しくもあったが。
「手紙の封入作業でもしましょうか……」
「そうだね……」
明らかに二人きりとわかるというのもなんだか落ち着かないものだった。




