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諸事情により、結婚相手が変わりました  作者: あかね


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8/12

心配しているという嘘

 やや熱めのお湯はとても気持ちが良かった。湯船で伸びをするようなことはいつぶりだろうかとメイナはぼんやりと思う。

 なんとなく、お湯は贅沢品という感覚が抜けることはなかった。生まれ育ちというものはそれほど根深い。


 メイナは最初から名家に生まれたわけではない。路上生活はしていないが、底辺のような孤児院育ちだった。親は物心ついた頃にはなく、兄妹もいたかも定かではない。

 そこから、見込みあんなぁと養母に拾われた。それが先代の大姉である。別に継がなくてもという話ではあったが、メイナはやりがいがあると思ってこれまで仕事と役目を果たしてきた。そうして、必要とされたかった。


「今頃、大変でしょうねぇ」


 そうひとりごちメイナは笑う。違うかもしれないが、そうとでも思ってないとやってられない、気分だった。


 それよりも、今後である。

 風呂もかなりのものだったが、置いてあった石鹸もかなりの一品だった。

 洗った髪からは、蜜のような甘い匂いがした。ごわついていた髪が職人の手で手入れされたようにつややかになっている。

 肌もすべすべ。自分でも触って、すべすべと楽しみたくなるくらいだ。

 これなら、いけるのでは!? と今夜に思いを馳せる。

 外見の貧相さは暗ければ見えないと押し切れば。

 いや、触ったらバレるなとメイナは冷静になった。

 柄にもなく、浮かれているらしい。


 正直に言えば、メイナはクライのことがわりと好きである。

 そうでもなければ結婚相手として名乗りを上げたりはしない。どこが好きかというと売り込んでいるうちになんか好きになった、である。現実との齟齬があるかもしれないのでそこはちゃんと見るつもりだった。

 あんまり自信はなかったが。


 メイナが風呂から上がると置かれていたタオルで体と髪を拭く。これも上質だった。

 風呂に入る前に脱いだ服は綺麗さっぱり消えていて代わりに着替えがそっと置かれている。


「ありがとうございます」


 礼を言ってメイナはそれを手に取った。

 柔らかい生地のワンピースはシンプルながらも上等な仕立てである。メイナは職業柄、上流の服装を見てきたがそれに引けを取らないものだった。

 こういうものは無縁だったなとメイナは袖を通した。


「よし、誘惑、するぞ」


 気合を入れているところでもう見当違いのほうにいきそうな予感がしたが、メイナは気が付かない。

 だいじょうぶかなぁと呟く小さな声にも。


 メイナはとりあえず最初に案内された台所に向かった。応接室もあるが、そちらは使ったことがないらしい。

 クライはお客さん、こないですからねと苦笑いしていた。


 台所に近づいたところで、漏れ聞こえる笑い声がした。

 それからメイナの横を黒髪が揺れ、赤い服の裾が翻り、機嫌良さそうな鼻歌が過ぎていた。

 振り返ってもなにもない。


「今、なにか」


 台所に入り、問いかけたクライは紙をまとめていた。

 その紙は? という前に目についたのが、祝言、という単語だった。だいぶ古い言い回しではあるが、結婚式、である。


 りんごーんとメイナの脳内を教会とドレスとブーケが通り過ぎていった。


 数限りなく出席した結婚式。

 ついに自分の番!?


 そうだった! でも、どこで?


 と呆然としているうちにクライは紙を片付けてしまった。そのままちょっとだけ困ったように眉を下げた。


「ええとメイナさんに言わねばならないことがあって」


 メイナはその紙は何と問いかける機会を逸してしまった。


 クライはこの屋敷に偶然行き着き、居座った。この屋敷には主がいるが、層が違い会うことはできないが意思の疎通は可能である。

 しかし、外にはでれない。

 まごうことなき神隠しにあっている。


 メイナはそんな気がしたんだとうっすら思った。山の中で迷ったのは、屋敷の主たちの試しでなにかしらの条件をクリアしたからここに至ったのだろう。


 つまりはメイナも外に出してもらえない。それで困りはしないのだが。

 メイナは屋敷の外には出れるように交渉するつもりだったが、意外なことを聞かされる。


 クライが、山で迷子、で、保護されただけということを。

 神隠ししたかったわけでもないらしい。


 メイナは部屋の気配を集中して探した。誰かいるから文字を書いた紙が降ってくるのだろう。

 だから、誰か、いるはずだ。


『……ん? ああ、見えるんだね。

 それなら後で話があるよ。』


 黒い髪の者が楽しげに微笑んだ。


「どうしました?」


 クライは全然気がついていないらしい。背後にいるのに。

 メイナは取り繕ったような笑顔を浮かべた。


「なんでもないです」


 そう答える他ない。


「ええと、実家の話を聞いていいですか? 本来の家のほうに行けなかったので、なにか騒ぎになっていたりしました?」


「心配されていたようですよ。便りがないと。それから人をやって確認しようかとか」


 クライの両親はかなり遠くにやったから連絡も遅いでしょうし、とのんびりとしたものだった。なぜそこまで遠いところにと言えば、遠いところなら余計な話も聞こえないでしょうと。そこは息子を心配していたように見えた。

 妹や弟の兄ちゃんぼへーだし、どーかなーとといっていたのは心配かは定かではない。


「そうですか……。

 本家は、怒ってましたよね」


「なぜです?」


「弱腰だとか、軟弱とか」


 自信なさげにクライはいうが、メイナが見たのは、笑顔で、あのトカゲモドキどうしてくれよう。うちの血縁を何だと思ってやがる。だった。

 友好的な政略結婚と思って歓迎してやれば、この扱い、万死に値する。とまで息巻いていたと、いうべきかはメイナは躊躇した。そこにあるのは竜種と他種族との微妙な対立だったりするのだが、それを言えばこの優しい青年が血相を変えて帰ると言い出すだろう。

 自分のせいでと。


「心配されていましたよ」


 メイナは余計なことは言わないことにした。

 あれはたぶん、広義での心配だろう。心配しすぎて怒りに振り切れてしまったのだ。たぶん。


「本当ですか?」


「そうでもなければ、私が嫁ぐといったところで無用と一蹴されて終わりでしょう? ちゃんとお世話をするように仰せつかっております」


 お世話の部分は捏造である。メイナの願望が反映されていた。


「お世話は大丈夫です」


「そう言わず。妻のしごとですし」


「うちの母さんはお世話される方だったからなぁ……」


 ボソリとこぼされた言葉にメイナは少し眉を寄せた。よくある貴族家の当主と妻のような人たちだと思っていたが、ちょっと違うようだ。


「うちは、髪を梳かすのも結うのも夫の役目ってことになってたんですけど、よそじゃ違いますよね?」


「それは付き人がしますが、いませんので、ぜひ」


「俺で良ければ。

 妹で結う練習はしてたけど、ちゃんとできるか心配ですけど」


 心の中で快哉を上げつつメイナは済ました顔でよろしくお願いしますと告げた。


「…………では、お部屋を選びに行きましょうか」


「同室でかまいません」


「俺は自室が欲しいタイプです。

 寝室については、しばらくは別にします。人がいないと言っても節度は必要です」


 きっぱり言い切られてメイナは舌打ちしそうになった。しかし、ここは折れたほうがいいだろう。そのうちにぐだぐだにするつもりであるし。

 にこやかに承知しましたとメイナは返答したが、クライから疑いの眼差しを向けられた。


「なんですか?」


「妹みたいですね」


 子供っぽいってことだろうかと首をかしげるメイナにクライは詳細の説明はしなかった。

 屋敷の部屋の数は外から見たよりも多くあるようだった。どこかで空間がおかしくなっているのだろう。

 メイナはあまりこだわりがないので、クライの部屋のそばに自室をもつことにした。そのあたりの部屋が生活に使う場所から等距離であることもある。

 部屋には箪笥や布団などは置いてあったが、その他家具はない。

 倉庫があるということであとで見に行くことになった。クライは部屋にものを置きたくないらしく、ほかには机と椅子くらいしかないらしい。


 メイナは鏡台くらいは欲しい程度なので、そこまで大仕事にはならないだろうと思っていた。

 少し部屋に戻りますねとクライが席を外した瞬間に、部屋の気配が変わった。


『邪魔させてもらうよ。ヤマだ』


 現れたのは先ほども見た黒髪の者だった。抑えていても零れる気配があきらかに人ではない。一人でも竜種の当主相当のものだろう。あるいはもっとと思って気が遠くなりそうだった。

 山神といわれるほどの実力者がいるとは察していたが、本物が出てきた。


「ゴウト家のメイナと申します。

 ただ、家とは縁を切りこの度、嫁入りする予定ですのでただのメイナとなります」


『まあ色々あるかもしれないけどよろしく。

 早速で悪いんだけど』


 神妙な顔で切り出されてメイナは身構えた。

 先住のクライが気に入られていたのだから、メイナに釘差しでもされるのかと持ったのだ。


『やっぱり、鏡台は豪華なほうがいいわよね!』


 全く違う方向から質問が飛んできた。メイナが困惑しているそばで、意外と可愛いもの好きかもとクルミがいっていてなとか、アケビは使い勝手優先じゃない?といっていてなとか、早口でまくしたてられた。

 情報量が多い。

 まず、この屋敷には複数の住人がいることは名前が出てきたことでわかった。それから、なんだか歓迎されているようでもあるらしい。

 あっけにとられているメイナを見て、ヤマはコホンと咳払いをした。


『女の人がこの屋敷に来るのは久しぶりでつい』


「そ、そうですか……」


 確かにこの山奥に踏み入ってくる女性なんてほとんどいないだろう。そして、男性相手に鏡台がという話はしない。そこにこだわりがある男性もいるだろうが、そういう人は都会の都会さにどっぷり浸っている場合が多く、やはり山奥にはこない。

 メイナはヤマたちの需要にぴったり当てはまってしまったようだった。


『倉庫に色々出しておくから、楽しんで選んでもらいたい。

 他に欲しいものがあれば出しておく』


「では、書庫の鍵をいただきたいです」


『……奥の書庫の鍵も預けておくわ。くれぐれも、クライには見せないように』


「承知しました」


 禁書とかじゃなくて、きっと乙女専用ということだろう。メイナは生真面目な表情でその鍵を預かった。


『今日はお疲れだと思うからゆっくり休んで』


「お世話になります」


『いいのよ。ほかの二人は後で紹介するわ』


 そう言ってヤマは消えた。

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