神隠しの真実
メイナとクライは、玄関から近い部屋に荷物を運んだ。その中ですぐに使いそうなものをメイナが探している。
あれ? ここじゃない? と困惑しているところを見るとメイナは片付けが苦手らしい。
クライは人の荷物に手出しをするのもなぁとちょっと離れたところで見ていた。しかし、本格的な荷ほどきになりそうになっているのを見かねて声をかけることにした。
「あの、たぶん、部屋着は用意されているのでお風呂行くなら大丈夫だと思いますよ」
「…………では、先にお風呂をいただいてきますね」
メイナは諦めたように周囲を見回してからそう言った。現状はカオス直前と言ったところだ。広げたものを少し戻し、二人は部屋を出ることにした。
「勝手に荷ほどきはしないでくださいね」
クライは小さくそうつぶやいておいた。そわそわしているような空気感を感じたからだ。クライのときは鞄一つ程度だったので手出しはされなかったが、見知らぬものばかりではという期待感がありそうだった。
この屋敷の主は好奇心旺盛であり、暇を持て余している。
油断したら、なにもかも片付けられている可能性はあった。
「どうしました?」
「いえ」
つまんなーい、と聞こえた気がしたのだが、クライは気の所為にしておいた。
メイナがお風呂に入っている間は、クライは台所にいることにした。最初に案内した場所なので、わかりやすいと思ったのだ。
自室に戻っていてもよかったのだが、お風呂を上がってきたときにクライがいないと困るであろうと考えたからだ。
落ち着かないなとクライはお茶を淹れることにした。ここには良いお茶もあるが、日常で気兼ねなく使えるお茶も用意されている。クライは雑に入れてもほどほど美味しい、そればかりを使っている。
お湯を沸かして準備をしている間にテーブルにはクッキーが数枚置いてある皿があった。これも高級品というよりは、素朴なものに変わっていった。クライの嗜好に合わせてくれているようだった。
「久しぶりに喋ったな……」
クライは一人呟く。この一ヶ月、誰もいなかった。独り言は増えたもののそれは喋ったとは言い難い。
ここに着くまでも余計なことを言わぬよう話さなかったから、普通に話すということはもう数カ月ぶりだろう。
「どうしようかな」
いきなり妻ができた。
いきなり夫をしてください、というのもクライには難しい。
クライの家は、表では家長である父に従う母という一般的貴族家である。ところが家の中でといえば、最優先は母であった。
恐妻家と愛妻家の間で揺れている、というのが父の言い分である。あと惚れた弱み、でもあるそうだ。
母はといえば、冷ややかそうに見えて、出かけるときには常に手をつなぐほど。よその親はしないらしいと気がついたときにクライはかなりびっくりした。
あの夫婦をロールモデルにするには、ムリがあるだろう。
普通の夫婦とは一体。
無限の悩みに突入しそうになってクライはやめた。メイナ本人と話をすり合わせたほうがまだましだろう。
……ただ、やっぱりハニーと呼ばされそうではあるが。
「父さん、母さん元気かなぁ」
クライがでてくるときには、ふたりともかなり参っていたようだった。本家と話をしてくると言っていたが、そこまでしないでいいと言ったのは聞いてくれたのか。
ちょっと考えて、聞いてくれないなと考え直した。あとで顛末をメイナに聞いておくべきだろう。
クライはお茶を飲みながら、ほぅと息を吐いた。
そこにぺらりと紙が降ってきた。
『祝言あげるでいいよね!?』
そう書かれた筆跡が乱れていた。
見ている間に、もう一枚。
『ウェディングドレス! 着るでしょ! 定番のお姫様のやつ!』
『ここは最新モデル王都に要請しよう!』
『いやいや、古い古典的なやつを出してだな』
クライは今更ながら気がついた。
一人だと思っていた屋敷の主。複数いた。いつも見ていた筆跡はお手本のような美しさだったのに、今降ってきた紙に書かれているのはそれぞれクセがある。
リアルタイムに降ってきているようだから、ここにいるようだがクライの目には人は映らない。
「あの、お姿を見せてもらうわけにはいかないですか?」
意を決してクライは問う。
『ごめん、私達がいるのは君より、すこぉし、上の層なんだ。見る目があればみれるけど、君にはまだムリかな。
君に見えるように降りるのは、私達には難しい』
「そうですか……」
つまり、人ではない、ということだ。
神々が世界を歩いていたような頃に生きていたものたちは、姿を消した、という伝承はある。諸説あり、隠れ里に姿を隠したというものもあって、それなのかもしれない。
そのものたちの血を引いているのが我々であり、その血を誇り思うよう言われることは今でもある。恐れ多い存在と思うべきかもしれないが、クライはこの一ヶ月でなんとなく親しみを覚えてしまった。
それに敬われたいならばそういう態度に出るだろう。クライはこれまで通りにしておくことにした。
「どうせ誰もいないんですから、全部着ればいいのでは? メイナさん、美人なので、全部似合うと思います」
結婚式には苦い思い出しかないが、誰もいない、何も言われないものならしてもいいかもしれない。
「本人の同意をとってからですからね」
はいはーいと軽い声と共に足音が去っていった。わかりやすく、いた、ということを示してくれたのだろう。
足音からして三人くらい。軽い足音が2つあったから、子供かもしれない。
伝承なりなんなり調べてみれば、誰なのかわかりそうではある。
「……今、なにか」
そう言ってメイナは台所に顔を出した。
「ええとメイナさんに言わねばならないことがあって」
クライは、ここがどういうところなのか説明することにした。
屋敷の主に気に入られたならば仕方ない。
「ここはマヨイガで、でられないと」
話を聞いたメイナは少し困惑しているようだった。
「山どころか屋敷の外に出るのもダメみたい」
クライは困ったように頬を掻いた。屋敷の庭より先に出られなくなった。門を出ても戻ってくるばかりでどこにも行けない。
滞在は快適だったが、おかげで手紙の一つも出せず困ってはいた。
「では、神隠しということになりますか?」
「そう思いますよ。たぶん」
マヨイガから帰されないという話は聞いたことがないが。
はぁぁあとメイナはため息をついた。
「……待ってください。
つまり、私も帰れないってことでは?」
「帰りたいならお願いして帰してもらいますよ」
クライはそう言ったもののあまり自信はなかった。屋敷の主たちはメイナのことをかなり気に入っているようだったから。
「素敵な新居で楽しそうです」
一瞬で気持ちを切り替えられてクライは返事に窮した。
「でも、山くらいは歩きたいので後ほど交渉いたします。
追い出されたら、実力行使に及びますので。トロールを木っ端みじんにした祖先ほどではないですが、私も瞬間出力は」
と言ったところで紙がひらりと落ちてきた。
『冤罪。
その子、めっちゃ、山で迷子だったから出したくない。崖に向かっていく習性なんなの?』
そう書いてあった。
「迷子対策」
つまり、そういうことらしい。
クライは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆った。あはははと明るい笑い声がいたたまれない。
「良き方のようですね」
「ソウデスネ」




