嫁を押し売りされる日
クライがこの屋敷に居候して早一か月、それまで来客の一人もなかった。
「ごめんください」
その日、初めて玄関の呼び鈴が鳴らされ、落ち着いた声が響いた。
「はいはい、今行きます」
すっかり馴染んでいるクライは玄関まで早足で向かった。
玄関の戸をあければ一人の女性が立っていた。見知らぬと思ったが、なんとなく見覚えがある気がした。
背の高い女性だ。おそらくクライと同じくらいか、ちょっと高い。さらにすっと伸びた角がある。傍目から見ればメイナのほうが長身だろう。
細身ではあるが痩せているというより柳のようにしなやかさを感じた。
顔はと見て少しだけクライはびびった。瞳孔が横である。それ以外は切れ長の涼やかな目元が印象的だった。
「あの」
といってクライは言葉を切った。誰に用があるのか、この家の主は表に出てくることはない。どこかで見ていそうな気もしたがクライが出ないと堂々と居留守を使うだろう。
この家の主に用ならクライが主人は留守です、ご用件はなんでしょうと聞いておくことになる。そこまではいいが、どうして出てこないとかそういう話を適当にでっち上げる自信はなかった。
少しばかり腰の引けているクライにその女性はにっこりと笑った。
「クライさんですね?
私はゴウト家のメイナと申します」
生真面目そうな声にクライは聞き覚えがあった。確か、竜の家に仕えていた一人だった。紹介されたわけではないが、何度か会ったことがある。結婚式の儀式やしきたりについて説明に来てくれたのだ。家長である父に説明するという体ではあったので話したことはない。
低めの淡々とした声はなんだか眠りを誘うと思っていた。
「突然の訪問で驚かれたでしょう。
主が約束したことを覚えていらっしゃいますか?」
「は、はあ?」
「結婚相手を見つけるという約束です」
「え、見つかったんですか!?」
クライですら、いやぁ、無理っすね! と思うくらいにはくらいの悪評が広がっている。そういう家に嫁がせたくもないだろう。
そもそも、クライは嫡男ですらなくなっている。もらった金のほとんどは家に置いてきたので金もない。ほとんど身一つでそれすらもマイナス評価。利益が全くないのだ。
「大変申し訳ないですが、年増の私で我慢していただけないでしょうか」
「……え?」
クライはメイナを見返した。
黄金の目が見返していた。やっぱり瞳孔は横に割れてる。
ゴウト家は大山羊を祖先としていたなぁとクライは思い出した。竜種のような畏怖はないが、身近な、あいつらに手出ししてはいけない感のある相手だ。
油断してるときに後ろからどつかれる。それもあの体躯で。
クライは同種の相手に喧嘩を売ってぶっ飛んだ知り合いを思い出した。彼は草食系であっても、偶蹄目には手を出すなという教訓を残した。あれはキレイな放射線だった。はへーと見ている間にやべぇ音で地面に激突していたが。なお、知り合いは死んではいないがしばらく入院し、ぶっ飛ばした相手となぜか結婚した。
「……立ち話も何なので、どうぞ」
クライは追い返すという選択を捨てた。能力的に勝てる気がしない。
台所には二人分のお茶と軽食が用意されていた。それと草。
花瓶に新鮮な草がもっさりと刺さっていた。生け花と言い張れそうな量ではない。メイナが思わずといった様子で、おいしそうですね、と言っている程度にはいい感じの草らしい。
大歓迎じゃねぇかと姿も見せぬ家主にクライは内心毒づく。それなら相手をしてくれて欲しいものだ。
「クライさんも草を召し上がるのですか?」
「い、いいえ、家の方が気を利かせてくださったのでしょう」
その問をはぐらかしメイナにクライは席を勧めた。クライは草食ではない。草など置いているはずもないと気がついたのだろう。しかし、追及されるのは後回しにしたい。
何か事情があるのかと察してくれたのか何事もなかったようにメイナは座った。
「それで、結婚、ですか?」
「行き遅れの私で申し訳ないのですが、ご了承いただければ幸い」
「ゴウト家といえば、かなりの良家で、僕のような相手はその、不名誉では?」
クライはさすがに自分で悪評に口に出す気にはならなかった。濁した心情を慮ったのか、メイナはちょっと視線をそらした。
「そうですね。
相手がさっぱり見つかりませんでした。あなたに非があるというわけでもないのに。
お嬢様をかばったときには少しは見所がある若者だなと思ったんですが……」
そこでメイナは首を横に振った。
「うちの主がダメダメでした。計画性もなく、攫って行くような男、ろくなものではありません。なのにああいう勢いが大事だとかなんとか。
最初からああなることは含んでたってことじゃないか思います。
は? ですよね。忠告はしておりましたが、あれですよ。あれ。とにかくヒトに対して甘いったら。やつら、うちの祖先に……。いえ、そういう話ではございませんでしたね。
私自身、あなたに対してはご不幸な身の上の方という認識でおり、ちゃんと探したんですよっ!」
「は、はあ」
押し流されるようにクライは頷いた。よくわからないが、メイナは怒っている、ようだ。それも自分の主に。
「同系統の方たちから、まあ、仲良くはないかもしれないけど鳥類まで。色々な家をめぐりました。本当に真実と異なる悪評ばかりで嫌になってきました。
あの牝鶏ときたら、ばっかじゃないのって、ああ、締めておけばよかった。あの偽音楽隊」
メイナのにこりと笑った顔とのギャップがひどい。
クライは表情を引きつらせながら、ま、まあ、新鮮な草でもどうぞと勧めた。
メイナはありがとうございますと三本ほどつまんで先っぽからもしゃもしゃとしていた。その様子はクライには上品に見えた。
クライは、メイナがおいしゅうございますね、と感想を言い終えるまで思わず凝視していた。
ぶしつけな視線に気がついていただろうが、メイナはそれをとがめることはなかった。
「お見苦しいとこをお見せしました。
色々と当たってみたのですが、どこの誰も首を縦に振りませんでした。そのため、僭越ながら私が嫁に来ました」
「そ、そこは諦めないんですか」
「仕事は完璧に、というのが信条で。
というところより、意地ですね。意地。不可能任務達成してやったぞ、ってそんな感じで」
そんな感じで嫁に来ないでほしい。
クライはおいしいですねとさらに草をつまんでいるメイナから視線をそらした。
クライは出会ってからずーっとゴウト家のメイナって誰だっけと脳内を検索していた。聞き覚えがある名前ではあったのだ。あの目と同じ人が……。
そこであっと思った。
その話は知り合いの奥さんから聞いた話だ。
ゴウト家は当主の次に大姉、あるいは大兄という立場を用意している。主君に仕えるのはその立場の者だそうだ。当主は本家の血により選ばれるが、大姉は違う。当代で一番の者がつく。
実質、ゴウト家の一番強い人、である。
そんな人を奥さんに? 恐れ多すぎる。あと純粋に怖い。クライは遠く白虎の血は入っているが、可愛い猫ちゃんなどと揶揄されるような弱さだ。見てくれだけはそこそこになったが、まあ、そこそこである。
「それでいいんですか? ご自身の結婚ですよ?」
「これまで独り身でしたし、仕事ばかりでしたので良い休養です。
この屋敷はデデン家の持ち家でしょうか? 聞いていた場所とは少し違うようですが」
「いいえ、その、居候で」
「え」
「行き倒れに近い僕を拾ってくれた方がいらして」
「あのもしやもう結婚相手見つけたりしてるんですかっ!」
わくわくしたようにメイナに言われてクライはへ?と 思わず返してしまった。
「傷心の旦那様を慰めた女性がいて恋に落ちたりしたんですか」
「しません」
それどころか一目もあってない。
「ロマンスは転がってませんね」
つまらなさそうにメイナが呟く。
「では、そちらの方にご挨拶させていただいて、今後についてもご相談いたしましょう。
お会いできますか?」
「恥ずかしがり屋で……」
そう濁すがクライも見たことがないのだから紹介しようもない。
「どうやって、意思の疎通を?」
「日に一度手紙を書いてます。
メイナさんのことも聞いてみますが、どう返答されるか……」
「新婚らしく、新居に移動するほうが良いでしょうね」
「あの、本当に、僕と結婚するつもりなんですか」
「もちろん。私も仕事を辞めてきてしまいましたし、結婚すると出てきた手前すぐに戻れません」
「……そもそも、ご実家はどう言ってらっしゃるのです?」
「相談したら、鼻で笑いやがったので、絶縁状置いてきました。
今まで散々こき使ったのに、本当に困ったときに助けてくれないならもういいかなーって。
クライさんのご実家と本家のご了承は得ております。あとは本人のお気持ち次第、という話でした」
クライはちょっと迷った末に、では、どうぞ、よろしく、と答えた。
ここで、クライは結婚しますという意味で答えたつもりだった。




