ゴウト家の大姉と呼ばれていた女
メイナはゴウト家の家長に次ぐ大姉という立場にいた。主君に直接仕える任を担当する。
ゴウト家は長く竜族を主として仕えてきた。竜種は長命で、同じ主君に複数の者が仕えることもある。現在の竜種の長であるドラウスの二代目の秘書としてメイナは仕えていた。
いた。である。
「結婚退職いたします」
笑顔で報告し、退職した。
ドラウスはうむとあっさり承認した。
「仕事は終えたのだろうな」
「終わらせます」
「祝いを送ろう。結婚は良いものだ」
娘もあれほど気骨溢れる男ならば幸せになるに違いないと一人頷いていた。
メイナは微笑みながら、こぶしを握り締めた。誰のせいでこうなったか、ということを全く理解していない頭を殴りたい。
しかし、メイナは竜種を殴れる権力もない。
だから、ちょっとした嫌がらせで報いることにした。
現在のゴウト家には大姉を継ぐ者はいない。つまり、ゴウト家からの秘書枠が空く。それがどういう意味かということも確認すらしない。
年を取って耄碌したのか、娘以外見えなくなっているのかはわからない。
メイナは一応は苦言したのだ。無理な縁談はやめたほうがよろしいのでは? と。メイナだけではなく、他家のものも先を心配してそう告げたのにそれは退けられ、現在である。
知らん。もう、知らん。とメイナは投げた。
難題を押し付け、人にすべて任せたやつに呪いあれ。
メイナは颯爽と職場を去った。恨めしげな同僚の視線もなんのその。
いざ行かん新天地。
都市部は車が走るようになって久しいが、地方に行けばまだ交通の主要は馬車である。安定的な燃料の供給と故障したときの工場の数が足らず国内に普及するのはまだ先のこととなるだろう。
そもそもとメイナは思った。
ガタゴト揺れるような悪路を走るようにはまだできていない。きちんと整地された道が必要だ。
「どちらまでいかれるので?」
馬車に同乗した商人が雑談を振ってきた。メイナはロデリアまでと答えた。そこに最後の仕事がある。あんな田舎に? と眉を寄せるほどに田舎である。
そこまで追いやらなくてもとメイナも思ったのだが、ちょっとした情報操作がそうまでしたくなるような話に化けていた。
メイナが抱えていた難題というのは、デデン家の嫡男であるクライの結婚相手を探すことだった。主がなぁんにも考えず、うちの娘悪くない、と噂を流すから、相手の男が際限なく下げられ結婚したいという候補がなくなったあとのことだ。
あれは親ばかというのだ。
メイナは白けた気持ちで、クライの結婚相手を探した。
見つからない。
本来なら、まあ、それなりに良い相手ではあった。
デデン家は白虎の末裔。彼自身はそれほどの神力も残していないが、子に実力があれば本家に養子にだせることもある。そうでなくても、余裕のある生活は送れるはずだ。本人も穏やかな気質で、困ることもない。そういう相手だからこそ舐められて断れない婚姻を押し付けられたのだ。
不憫なと思いながらメイナは地道に相手を探した。ことごとく断られた。
本人がよろしくても、家としては困る、あるいは、家が良くても本人が断るならまだ良かった。門前払いを何度も食らって、メイナは絶望した。
これでは何年たっても、決まりそうもない。その間断り文句を聞き続けるのか。
げんなりしながら歩いていた時に、はっと、気がついた。
私も未婚の女性では? と。
ちょっとばかり年上でもこの際、文句を言わないでもらいたい。
まあ、長命種ということを引いても、60歳も年上は嫌かもしれないが。その時はその時だ。
メイナはその時に仕事を辞めて結婚することを決めた。
実家とは今回の件で揉めたので話を通さなかった。メイナはクライの実家であるデデン家には話を通し、さらに本家へも挨拶に行った。
今回の件で本家はブチ切れていたが、すぐに手を下すのはつまらんと計画中だったらしい。
本家の白虎家は、メイナがクライのために相手探しに尽力していたことを知っており、もし、クライから断れた場合にも制裁は課さないつもりだと伝えられた。
アブねぇ、巻き込まれる直前だったとメイナは胸をなでおろした。そんなことは表情にも出さず、過分な配慮ありがたくと大人しく返答しておいたが、見透かされていてもいるかもしれない。
そんな話のあとに今の主に退職と結婚を告げた。つつがなく、すべて終え、身軽に旦那様(仮)のお宅訪問予定である。
「そういえば、あのあたりは変な話があって」
雑談の合間に少しだけ商人は表情を曇らせた。
「変な?」
「神隠しがあるそうだよ。山に、寂しがり屋の神がいて攫うって話だ。
まあ、帰ってくることはあるんだが、俺はこんな生活耐えられないとすぐに山に戻る」
変な、で済ませていい話ではない。メイナはどのあたりか詳しく聞いておいた。
ものすっごく、嫌な予感がした。
クライが田舎に行ったのはもう2か月も前のことだ。便りのひとつもないのよ。手配した使用人からも音沙汰がないし、人をやろうと思っていたところと聞いた。
ちょっとお兄ちゃんぼへーっとしたところあるから、と姉弟から言われているところが不安を誘う。
商人は途中の町で降りていった。そこから先の客はメイナ一人だ。のんびりがたがたと馬車は進み、一番近くの町にたどり着いた。
そして、そこから徒歩である。
本気の田舎だ。
「おい、姉ちゃん、そんなに抱えられんのか?」
馬車の御者が心配そうに荷物を降ろした。引っ越しとしては少ない荷物だが、手で持てる範囲は超えている。それ以上に大きい荷物があった。
「ええ、荷車があります。組み立て式なので簡易ですが、事足りるでしょう」
「……は?」
「私、山羊の家系です。引く力はは有り余っています」
「一人旅は危険だぞ。野生生物もいる」
親切で言っているのはメイナもわかっていた。大丈夫ですと笑って断ったが。
祖先をたどれば、巨大なトロールも木っ端みじんにしたこともある。か弱さは持ち合わせていない。持ち合わせなさ過ぎて、縁談が逃げていった。
メイナは周囲のはらはらをものともせず、荷車を組み立て荷物を載せた。
「では」
「食料は?」
「そこら辺の草で」
幸いこのあたりの草は苦くない。春先の柔らかいサラダの食べ放題である。都会ではできない贅沢である。そういえば昔、バカンスで草食べ放題にいったなと思い出してメイナは微笑んだ。
不憫に思われたのか、御者からパンや保存肉を少量持たされた。力強く生きろよといわれたあたり、かなり誤解されていたようではある。
御者は肉食系動物を祖先に持っているように見えたので、きっと肉がないなんてとショックを受けたのかもしれない。メイナは礼を言って、それから一つ頼みごとをすることにした。
この町までついたことをクライの実家に知らせる手紙を郵便屋まで届けてもらうことを依頼した。手間賃を上乗せしたが、その程度なら手間賃などいらないと固辞する御者に強引に持たせた。
メイナは力の強さには自信がある。
お、俺が負けた? と呆然とする御者を置いてメイナは旅立っていった。
ブチ切れ姉さん現る!




