表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/42

32.運を天に任せるなんて

 それからは各自行動しながら、その合間に打ち合わせを重ねて。作戦をより細かく練っていって、必要な手はずを整えて。


 そうこうしているうちに、もう儀式の前日になっていた。




「作戦はこの上なく綿密に練り上げた。鍛錬も積んだ。みんなとの情報共有もうまくいってる。大丈夫。きっと……じゃない、絶対に大丈夫」


 寝台の上で、そんなことをつぶやいてため息をつく。眠らなくてはならないのに、ちっとも眠気は訪れてくれなかった。


 カティルに声をかければ、彼は眠れるまでお喋りに付き合ってくれるだろう。でも明日、彼はとびきり重要な役目を担うことになる。彼の休息を邪魔したくない。


 少し考えて、外の空気を吸ってくることにした。寝間着にガウンを羽織って、裸足に靴を履いて部屋をこっそりと出る。


 さて、どこに行こうかな。暖かい季節だし、いっそ庭のあずまやで寝ちゃおうかな。それとも、鐘楼のてっぺんに行ってしまおうかな。一番高い屋根の上で、夜風に吹かれながら王宮と城下町を見下ろすのも悪くないかも。


 そんなことを考えつつも、どんどん足取りが重くなってしまう。王宮。城下町。それらはすなわち、明日私が立ち向かわなければならない問題を思い起こさせてしまうものだったのだ。


「……いっそ、王宮の外に出てしまったほうがいいのかしら……森で野宿とか……」


 ふうとため息をついたその時、ふと思い出した。そうだ、あそこならどうだろう。


 くるりときびすを返し、王宮の奥のほうに歩いていった。


 廊下を曲がって、人気のない一角へ向かう。そこの壁、細かいタイルをはめ込んだ壁の一部が、横にスライドして開くようになっている。


 周囲に誰もいないことを確認してから、壁に空いた穴をくぐる。そしてすぐに、内側から穴をふさいだ。


 背後には、下に向かって続く細い階段。そこを、そろそろと降りていった。




「あっ、リンディさん」


「オルフェオ……あなたも来ていたの」


 私の目的地、それはかつてオルフェオに教えてもらった、みんなで何度も話し合ったあの隠し部屋だった。


 王宮の中にありながらまるで違う空気に満ちたあの場所でなら、少しはリラックスできるかもしれない。そう思ったのだ。


 しかしそこには先客のオルフェオがいた。彼は何かを書き付けた紙を、一心不乱に読んでいるようだった。けれど私に気づくと、ぱっと顔を上げて紙をしまい込んでしまう。


「ええ。お恥ずかしながら、どうにも寝付けなくて。明日の作戦のおさらいをしていたんです」


「……でもオルフェオ、その紙の内容はもう完璧に記憶しているんじゃなかった……?」


「はい、もう一言一句違わずにそらんじることができます。でも、何かしていないと落ち着かなくて……」


「だったら、私と話さない……? 私も、眠れなくてここにきたの……」


 隠し部屋に置かれていた簡易ソファ――木箱を並べてクッションを敷いただけの、質素なものだ――に腰を下ろして、オルフェオに呼びかける。


 彼は嬉しそうな顔で立ち上がり、いそいそと私の隣に座る。


「ふふ、ここで君とこうして話せるなんて……秘密の逢瀬のようで、どきどきしますね」


 そう語る彼の声もまた、ちょっぴり浮かれていた。隣を見たら、彼もこちらを見ていた。すぐ近くで目が合ってしまったからか、彼が弾かれたように顔をそらしている。分かりやすく照れている。


「……この問題が、片付いたら」


 気づくと、そんな言葉がこぼれ出ていた。


「私はここを出ていくわ。ヴェノマリスを抜けるなんて主張したら、きっともめるでしょうし。その騒動に、あなたたちを巻き込みたくはないから」


 そう告げると、オルフェオがまたこちらを向いた。悲壮感あふれる表情で、食い入るように私を見つめてくる。


「……でも、あなたは頭領の娘なのでしょう?」


「ええ。お父様は私のことを可愛がっているわ。でも、正面切って反抗したらどう出るか、それが読めなくて……」


 今の私として目覚めるより前の、昔のリンディが持っていた記憶をたどる。


 ヴェノマリスの頭領である私の父。とびきり強くて、人望もある。歴代の頭領の中でも、特に優れた人物だと言われている。


 しかし私には甘い。とっても大切にしてもらった覚えがある。ただ同時に、私を暗殺者として育てるための訓練については手加減なしだった。


「……いきなり暗殺者の群れをけしかけてくるようなことはないと思うの。でも私の覚悟を受け入れてもらうまで、手こずりそうだから……」


「ならばその間、ここに留まりませんか? 王宮ならば多少は守りも厚いですし……」


 オルフェオは必死だ。それも当然だろう。


 でも、私の目論見が全てうまくいったなら……明日どういう流れになるかによるけれど、ことによれば、私は王宮から指名手配されかねない。それくらいのことをやらかす予定なのだ。


「どうしてもここを出ていかれるのであれば、どうか僕も連れていってください。僕は王族として、王宮から気軽に出ることのできない身ですが……そんなもの、どうとでもなれです」


 いつになく熱っぽく、そして強気にオルフェオは訴える。


「僕にとって、君のそばにいることが何よりも大切なんです。僕に光をくれた、大切な人……」


「……私、暗殺者よ? もう足を洗うつもりだけれど……でも、後ろ暗いところがあることに変わりはないもの」


「それでも君は、前を向いています。とても強く、まっすぐな足取りで進んでいます。そんなところが、とてもまぶしいんです」


「……ありがとう。あなたのその純粋なところ、素敵だと思うわ」


 思ったままの言葉を口にすると、オルフェオは真っ赤になってしまった。


「あ、はい。……素敵、ですか……やっぱり、照れますね」


 もじもじするオルフェオの横顔を見ていたら、こっちまで照れ臭くなってしまった。結局そのまま、二人して黙りこくってしまったのだった。




「……いよいよ、ですね」


 それからしばらく、私たちは無言で寄り添っていた。肩を寄せ合い、互いのほうを見ることなく。


 そうしていたら、やがてオルフェオがぼそりとつぶやいた。どれだけ気をそらそうとしても、結局は明日のことについて考えずにはいられなかったらしい。


 とはいえ、それは私も同じだ。


「ええ。私は死ぬつもりはこれっぽっちもないし、今の計画ならエルメアを逃がすのも可能……でもその後が、ちょっぴり面倒」


 王とレオナリス、それに儀式を見届けにくるたくさんの民たち。彼ら全てに、継承の儀式が失敗に終わったこと、そしてこれから継承の儀式を行うことはできないということを納得させておいたほうがいい。


 それが、みんなで話し合った結論だった。


 少なくとも王とレオナリスは、あの儀式の真実について知っている。あの儀式を成功させるにあたって、乙女は死ななければならないのだということを。


 民たちだけならどうとでも言いくるめられるけれど、王たちは儀式が失敗したと気づくだろう。そうして、私たちを追いかけてくるだろう。


 私やエルメアが狙われるのなら、まだいい。私は戦えるし、今後どうなったとしてもカティルがついていてくれる。二人がかりなら、エルメアを守ったまま国外まで逃げることもできる。


 問題は、王たちが別の決断をした場合だった。改めて祝福の乙女を選び、そしてその誰かを死に追いやることで、何としてでも儀式を完遂する。


 そうなれば、私たちは生き延びられる。でも、私たちが逃げたせいでどこかの誰かが死ぬというのも後味が悪い。かといって、乙女に選ばれた女性を次々さらったり守ったりするのも現実的ではないし。


 だから、どうにかして王たちを納得させる。一番難しいけれど、ここですっきり片を付けておきたいし。


「そうですね……でもそのために、僕たちは計画を立て、準備を整えてきました。後はもう……神に祈るしかないのでしょうか」


 オルフェオがそう言って、切なげに目を伏せる。人事を尽くして天命を待つ。その心境は理解できる。


 ……けれど。


 この世界の神は、デッドエンドが好きかもしれない。そもそも神がいるかどうかすら怪しいものだけれど、何となくそんな気がする。


「神に祈る……運を天に任せるなんて、嫌、よ……」


 私の言葉に、オルフェオがまた顔を上げた。今度は驚きに、目を真ん丸にしている。無垢な子供のように、彼はくるくると表情をよく変えている。普段の上品かつ慎ましやかな態度とは大違いだ。


「……成功したら、神様のおかげ。失敗したら、神様のせい。そんな中途半端な覚悟じゃ、きっとうまくいかない」


 身を乗り出し、オルフェオをぎゅっと抱きしめる。戸惑ったのか、彼は一瞬身を震わせた。


「私たちの力で、成功させるの。神に祈るんじゃなくって、無理やり神に言うことを聞かせる。……それくらいの心意気で、たぶんちょうどいい」


 勝負事は、弱気になったほうが負けだ。それも、命を懸けたやり取りならなおさら。暗殺者としての経験から、私はそう学んでいた。


「……どうしても何かに祈りたいのなら、すがりたいのなら、私が受け止める。あなたの祈りは、私の力になる。そう、信じていてくれればいい」


「……リンディ、さん……」


 かすれた声で、彼は私の名前を呼んだ。


「本当に君は、強いなあ……」


 感心したような、切なげな、そんな口調。そうして彼は、黙ったまま私の肩に額を載せていた。その温もりと重みを、私はただじっと受け止めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ