31.本当の私
私たち八人――私、カティル、オルフェオ、テーミス、シャルティン、ナージェット、それにエルメアとルーカ――が、もう一度部屋に集まった。
「話は聞いていた。ここからは、互いに協力して動くということでいいのだな、リンディ」
耳のいいカティルは、私たちの会話を扉越しに把握しているようだった。ただ、他のみんなはそうはいかない。特にオルフェオは、警戒した顔でエルメアをじっと見つめていた。
「ええ。私とエルメアは、協力して儀式を乗り越えると決めたわ。もちろん私たち二人の力だけじゃ全然足りない。だから……みんなの力を貸してほしいの。私たちが、生き延びるために」
まっすぐにオルフェオを見つめて、きっぱりと言い放つ。
いつもの彼なら、これで折れてくれていた。けれどオルフェオは、鋭い目つきで私を見つめ返してきたのだった。
「いいえ、その言葉にはうなずけません。二人共に生き延びるなど、あなたがそんな分の悪い賭けに挑むのを見過ごすくらいなら、力ずくでも……!」
青紫の目に狂おしいほど強い光を宿して、オルフェオが大股に私に近づく。私を捕らえようと、手を伸ばして。
彼は私を守ろうとしている、それこそどんな手を使ってでも。他の何に代えても、ただ私一人を守る。そのひたむきな思いが、ひしひしと伝わってくる。
私の目的と彼の目的は、少しだけ違ってしまっている。彼の意思を無視して、無理やりにでも自分の目的を果たすことはできる。それこそ、力ずくでも。
でも、そうしたくない。……だったら、あの手しかないか。
こちらに差し伸べられたオルフェオの腕をそっとつかんで、くるりと進み出る。まるでダンスでも踊っているかのような、軽やかなステップ。
「……えっ!?」
たったそれだけの動きで、私はオルフェオの背後に回り込んでいた。彼の腕をきっちりと抑え込んで。
「……私は、守られているだけのか弱い女ではないの……」
驚きに固まっているオルフェオの背中に、静かに語り掛ける。彼の肩越しにちらりと見えたカティルは、おかしそうに笑っていた。
「私の腕は、大きな剣を取って戦うには弱すぎる。でも私には私の、戦い方がある」
呼吸を整えて、心を落ち着かせようとする。今までにないくらい、胸がどきどきしてしまっていた。
「…………暗殺組織ヴェノマリス、私はその頭領の娘」
オルフェオが息を呑んだのが、触れた腕越しに伝わってくる。でも、もう言葉を取り消すことなんてできない。進むしかできない。
「祝福の乙女であるエルメアを殺し、継承の儀式を阻止する。そのために、私は送り込まれたの……」
誰も、何も言わない。視線を落とし、ただオルフェオの背中だけを見つめた。みんながどんな顔をしているか、知りたくなかった。
「でも、私は考え直したのよ。もう誰も殺したくない、死なせたくないって。もう暗殺者も、ヴェノマリスも辞めてしまおうって」
自分の声が、心なしか速くて高い。上ずっている。落ち着いて、ちゃんと話さないと。
「だからエルメアと一緒に、生き延びたいの。私だけ生き残っても、意味がないのよ……」
これで全部、言えたかな。オルフェオは分かってくれたかな。
祈るような思いで口を閉ざし、じっと待った。
「そう……だったんですか」
しんと静まり返った室内に、オルフェオのそんな声がふわりと広がる。
「どうして僕が君に惹かれたのか、分かったような気がします」
そして彼が口にした言葉は、全く予想外のものだった。
「儚げな姿には不釣り合いな、強い光を宿す目。簡単に手折れてしまいそうなのに、風を受け流して凛と咲く花……僕の目には、君はそう映っていたんです。そのことに、ようやく気づきました」
え、何? えっと、どうしてそういう話になっているんだろう?
きょとんとした拍子に、腕をつかんでいた手の力が抜けてしまったらしい。オルフェオが私の拘束からするりと抜け出して、こちらを振り向いた。
その顔に浮かんでいたのは、この上なく嬉しそうな笑み。
あれっ? 何だろう、この反応。ぽかんとしていたら、彼は私の手をしっかりと両手で握ってきた。
「そんなあなたを、無理やりにでも守ろうなんて……おこがましい話でした」
オルフェオはにこにこと微笑みながら、そっと私の顔をのぞき込んでくる。互いの前髪が触れ合うほど近くに、彼の顔があった。
「僕の大好きな、強い君。その君の願いをかなえるために、僕はなけなしの力を貸しますね」
……何かがおかしいような気がする。突っ込みを入れるべき内容があるような気もする。でも、ひとまずは後回し。とにかく、オルフェオの説得には成功したみたいだし。
「み、みんなも、それでいい……?」
オルフェオに手を取られたまま、わたわたとみんなに呼びかける。
エルメアとナージェットは面白がっていて、カティルは苦笑している。テーミス、シャルティン、それにルーカは、いきなりの告白に驚いたのか呆然としていた。
「私はもちろん、それで構わないよ。しかし、いつまでもここで話し込んではいられないね」
心底おかしそうな表情で、ナージェットがそう指摘する。そうだった、忘れてた。
ここはレオナリスがエルメアを監禁するために用意した部屋だ。私たちは無理やりそこに突撃しているので、あまり長居していたらレオナリスがやって来かねないんだ。
祝福の乙女たちが手を組んで儀式を台無しにするつもりだとレオナリスに知られたら、どうなるか分からない。最悪、王国軍と正面衝突とか。
えっと、でもこのメンバーがこっそりと集まれる場所って……というか、エルメアはこの部屋から出られないだろうし……脱走の前科持ちだから……。
必死に考えていたら、オルフェオがくすりと笑った。
「それでは、後ほど場所を変えましょうか。エルメアさん、夜中にここまで迎えにきますので。ルーカさん、でしたね? 君はもうしばらく、リンディさんの従者を演じてください」
オルフェオの視線が、きょとんとしている二人から私たちに移る。
「王宮の一角に、忘れられた隠し部屋があるんです。今晩、僕がそこにみなさんを案内しますから、そこで話し合いましょう」
そう宣言した彼の顔は、いつになくうきうきしているようにも見えた。
そうして、その日の真夜中。オルフェオの予告通り、私たちは王宮の一室に集められていた。王宮の地下……四階くらいかな? とにかくやけに深いところにその部屋はあった。
ちょっとしたリビングくらいあるその小部屋には、机と椅子が置かれ、机の上には本が積まれていた。忘れられた小部屋という割に埃も蜘蛛の巣もないし、というか妙な清潔感がある。居心地よさそう。
そんな私の視線に気づいたのか、オルフェオが照れ臭そうに言った。
「一人になりたい時は、ここに来て過ごしているんです。この部屋にはたくさんの隠し通路がつながっているので、誰にも見つからずに出入りするのも容易ですし」
「まさか、わたしが閉じ込められてる部屋に隠し通路が通じてるなんて思わなかったよ」
エルメアは興味深そうに辺りを見渡している。昼間の悲痛な感じは、もうすっかり薄れていた。
「……それじゃあ、話し合いを再開しましょうか……? 私とエルメアが、両方とも儀式を生き延びる、そのための」
みんなの顔を見渡すと、力強いうなずきが返ってきた。
「まずは、情報交換ね……儀式についてでも、王宮や城下町の様子についてでもいいから……順に、気づいたことを話していって……」
私、議長っぽい。かっこいいかも。などと胸の中で考えつつ、みんなの話を聞いていく。
オルフェオは、儀式についてさらに情報を集めてくれていた。その情報を聞いたカティルは、ほっとしたようにつぶやいていた。これならあの祭壇に忍び込むことができる、ありがたい、と。
たぶん、この二人はしばらくペアで動くことになるだろう。オルフェオの情報をもとに、カティルが動く、そんな形で。
呆れるほどに顔が広いナージェット、騎士たちに信頼されているテーミス、仕事の多さから関わる人の数の多いシャルティン。この三人からは、王宮の空気について聞くことができた。これからも、周囲の人間たちの様子をうかがってもらうことにする。
そしてルーカはルーカで、王宮の外であれこれと動くことになった。彼は直接儀式に関わることはできないし、腕っぷしも弱い。でも彼には、何か考えがあるようだった。
半ば巻き込まれたような形とはいえ継承の儀式の真相を知ってしまった彼は、ナージェットの主張――犠牲を払わないと続かないような国なら、いっそ滅びてしまえ――あと、今の凡愚王が有能になるのはとてもよろしくない――に大いに共感していた。
ナージェットとルーカ。この組み合わせ、何だか面倒なことになりそうな予感がする。けれど、これについても先送り。今はとにかく、儀式のことだけ考えよう。
エルメアは、ひとまずおとなしくレオナリスに捕まっておくことになった。彼女の出番は今ではなく、儀式当日なのだし。
「……それじゃあ、またこの部屋で打ち合わせましょう。ちょっとした連絡はカティルにお願いするわ。みんな、彼が突然現れても驚かないでね……」
そう締めくくると、みんながふふっと笑った。その笑顔を見ていたら、ちょっと気分が楽になったような気がした。まだ何も解決していないけれど、私たちならやれる。そう思えて。




