12.ヒロインたちの秘密会議
入り口を全て封鎖され、逃げ場のなくなった寮。その中を、足音を忍ばせて進む。新聞社の人たちは、今この寮には誰もいないはずだと言っていた。休暇を取っている者も、みんな遊びに出てしまっているから。
つまり、誰かの気配がすれば、それすなわちエルメアの可能性が高い。
とか言いつつ、おかしなところから気配がする……ようなしないような。
少しだけ考えて、乱れた髪を直そうと手を耳の辺りにやって……。
流れるような動きで、編み込んだ髪の中に隠していた細い針を引き抜く。そのまま、ノールックで後ろ斜め上にしゅっと投げた。
少し遅れて、すとんという音がした。ちょうど、猫が着地したくらいの軽やかな音。
「見事だ。今の私の隠れ身を看破するとは……成長したな、リンディ」
ひそめた声で、でも思いっきり感動しながら近づいてきたのはカティル。彼は、天井近くの壁のでっぱりの上にひそんでいたらしい。
エルメアを探そうと物音に集中していなかったら、彼に気づかず素通りするところだった。それはそうとして。
「……どうして、あなたがここに……?」
「姫が王宮の外に出たから、護衛を兼ねてついてきていた。……やはり、心配だからな」
お兄ちゃん、過保護だ。というか。
「もしかして……こないだも、ついてきてた……?」
「ああ。あの騎士一人では、姫を守り切れないかもしれないだろう」
うわあああ!! とするとこないだのあれとか、今日のそれとか、全部見られてた!! 恥ずかしい!!
リンディとして、暗殺者として身につけた演技力を総動員して、どうにかこうにか平静を保つ。
「おや、照れているのか。姫は人気者だと、私は嬉しかったんだが」
ぎゃー!! 隠し切れてない!!
「……だったら、ここにエルメアがいるのも知っているわよね」
あわてず騒がず、動揺しつつ強引に話を変える。
「らしいな。まだ建物の中を確認し終わっていないが、一つだけ気配がする。おそらくそれだろう」
「どこ?」
気配を隠すのがうまいカティルは、気配を見つけるのもとてもうまい。せっかくだし、頼ってしまおうっと。
「そこの部屋だ。気配がやけに低いところにあるから、寝台の下か」
「ありがとう……見てくる。それと、もう一つお願いが……」
「ああ、遠慮なく言ってくれ」
「もしかしたら、エルメアがここから逃げ出そうとするかもしれない。テーミスたちに出入り口を見張ってもらってるけど……あなたにも、そっちの見張りを頼みたいの。絶対に、彼女を逃がす訳にはいかないから」
そう言ったら、カティルは朗らかに笑って出ていった。たまたま開けっ放しになっていた窓から。たぶん、屋根の上から見張るつもりなんだろう。
ふう、助かった。どうにかカティルも追い払えた。
私の身を案じてくれるのは嬉しいんだけど、私はエルメアと二人だけで話がしたい。ゲームだとかデッドエンドだとか、その辺の話が通じるのはたぶん私たち二人だけだから。
……というか、あなたたちと恋をしたら死ぬかもしれないのだなんて、説明しても信じてもらえるかどうか。
いや、信じちゃったほうが面倒なことになりそうかも。ならばこの身に変えても彼女を守らねばとか何とか、妙な使命感に燃えてしまいそうな気がする。それはそれで、バッドエンドに一直線な感じがする。
そんなことを考えつつ、カティルが教えてくれた部屋の扉を開ける。気配を殺さずに、ごくごく自然な動きで。だって、エルメアが驚いて叫びでもしたら大変だし。
ベッドの下をのぞきこんだら、目を真ん丸にしているエルメアがいた。ばっちり目が合った。
「見つけた」
「えっ、リンディ!? どうしてあなたがここに?」
「……連れ戻しにきたの」
むんずと腕をつかんで問答無用でエルメアを引きずり出しつつ、そう答える。
「お、お願い、見逃して! 王宮に戻ったら、わたし、破滅しちゃう、死んじゃうの! ……理由は言えないけれど」
必死に懇願するエルメアの腕をしっかりとつかんだまま、少し考える。そうして、短くつぶやいてみた。
「……だからって、デッドエンドをこっちになすりつけられても、困るの。私、祝福の乙女代理にされてしまったから」
私の言葉に、エルメアがぴたりと動きを止めた。思いっきり眉間にしわを寄せて、顔を近づけてくる。
「ちょっと待ってリンディ、あなた今『デッドエンド』って言った?」
「言った」
「もしかして、ここがゲームの中なんだって知ってる?」
「ゲームの世界なのかなとは思ってる。まだ信じられないけど」
そう答えたら、エルメアが突然動き出した。そのままがばりと、私を抱きしめてくる。
「うわーん!! やっと、話の通じる人がいたよお!!」
エルメアは私をぎゅっと抱きしめたまま、ぐりぐりと頬ずりをしてくる。どうやら、よっぽど心細い思いをしていたらしい。……けど。
「ひとまず今は、デッドエンド回避の方法を探そう。……私たち、二人分の」
エルメアにはその部屋で待ってもらって、ひとまず外で待機しているみんなのところに向かう。探し人は見つかったから、少し二人きりで話したいと、そう伝えるために。
一応万が一に備えて、テーミスとオルフェオにはそのまま入り口を見張ってもらう。ちらりと屋根の上を見たら、カティルが一瞬だけ姿を見せてくれた。
それからまた、エルメアのところに戻っていく。二人向かい合って椅子に座ったとたん、エルメアが深々とため息をついた。
「まさか、ここを見つけられるなんて。……って、ゲームの知識があればそう難しくもないか。ルーカに当たりをつけたんだよね?」
「……ルーカ?」
「わたしの、というかエルメアの幼馴染。この新聞社で働いてる攻略対象……ってあれ、名前ど忘れしてるの?」
「そもそも知らないの。……ゲーム、未プレイだから。私にあるのはうろ覚えのゲームの知識と、リンディとしての記憶だけ」
「ああ、じゃあ『リンディ自身の死亡フラグ』も知らなかったり?」
「エルメアと仲良くなって、一緒に逃げ出す流れになった場合のこと?」
「そうそう、それ。でもその感じだと、そのイベントの黒幕までは知らないか」
というか、そのイベントが発生するとリンディとエルメアが両方死んではいおしまい、ってことしか知らない。えっ、なになに、黒幕って。
「この世界ってゲームによく似てるけど、ゲームのシナリオ外の行動も取れるじゃない? こうやってわたしが逃げ出したみたいに」
ゲームのシナリオについてほとんど知らない私にも、今がその『シナリオ外』だということは分かる。
こくこくとうなずく私に、エルメアはにやりと笑った。仮にも乙女ゲームのヒロインがしていい表情じゃない。
「……とすると、そのイベントの黒幕が別の形であなたに危害を加える、なあんて流れもあるのかも……?」
ものすごく不穏な話を聞かされている。このままスルーするのはとっても危険だ。
「それ、誰? ことと次第によっては、今のうちに始末してしまうしか」
「さすが、暗殺組織ヴェノマリスのお姫様だねえ。いい感じに物騒。でも、このまま教えちゃうのもなあ……」
ほのめかすだけほのめかして、エルメアが視線をそらす。何か、交換条件を持ちかけようとしているような……?
「……ねえ、エルメア……あなたの狙いって、なあに……?」
「顔怖いよ、リンディ! ……要求は簡単。どうかそのまま、祝福の乙女代理を務めてて欲しいなあってことだけ」
「絶対に嫌」
「お願いだから! そのほうが、わたしたち二人とも生存できる可能性が高くなるんだってば!」
「どういう理屈」
「仮にあなたが誰かと恋仲になって、ゲームのストーリーが個別ルート……そのキャラとの恋愛を描くルートね……に移行したとする」
「できればそれは避けたい」
「起こるイベントは同じでも、あなたは私より遥かに強い。イベントの結果は、きっと違うものになる。あなたなら、力ずくでデッドエンドをねじ伏せられるかもしれない」
「それは……そうかも? でも……」
「わたしは王宮には戻らない。でもこれからは、必要に応じてあなたと連絡を取っていく。そうしてあなたがデッドエンドに踏み込みかけたら、わたしがゲームの知識を活用して警告、助言する。ほら、いい感じだと思わない?」
私の心が揺らいだのを見て取ったのか、エルメアが誘惑するようにささやきかけてくる。
「それにさあ、あなたもう既に攻略対象たちと仲良くなっちゃってたりしない?」
ぎくり。
「さっき窓からこっそりのぞいてたんだけど、テーミスがずいぶんと柔らかくなっちゃってるし。何、あのでれっでれ。ゲーム中でも、あそこまででれてなかったと思うんだけど」
ぎくぎく。
「私を王宮に連れ戻したところで、あなたはあなたで別途デッドエンドへの道のりを進む羽目になったりしてもおかしくないなあって……」
ぞわぞわぞわ。
「なんだかあなた、ゲーム中のリンディよりずっと自立してて、ずっと自我がしっかりしてて、そしてずっとお人よしな気がするんだよねえ。男どもも放っておかないよねえ」
ぐうの音も出ない。何も言い返せない。自立とかどうとかは置いておくとして、お人よしなのは認める。
……大変不本意ながら、エルメアの提案を受け入れるしかないようだった。
まあ、どうしようもなくなったらカティルに手伝ってもらって、彼女をこっそりさらって王宮に連れ戻せばいいか。で、そのまま私は逃げる。
「……分かった。あなたのお願い、聞く。だからさっきの『私に危害を加えるかもしれない誰か』の名前、教えて」
「やったあ! それじゃ、教えるね」
そうしてエルメアが、思わせぶりに深呼吸する。そうして、とんでもないことを口にした。
「その黒幕だけど、オルフェオだよ」




