準備
司の覚悟が決まってから三日が経った。
彼はなんか買い物があるからと言って付き合わされている。
ちなみに夏菜も今日は同行していた。
「最近、山辺さんとばっかりで構ってくれないのでついていきます」
との事。
そんなことないとは思っているが、彼女がそう感じているというのであればそうなのだろう。
悪いことをしたかな。
寒さもあってかいつもよりも密着している状態で街中を歩く。
厚着しているので夏菜の柔らかさや温かみは伝わってこない。
「それにしてももう完全にクリスマスシーズンだな」
放課後は綺麗な夕焼けをしていたのに、街へ向かっている最中に完全な夜になっている。
そのおかげもあって街のイルミネーションは輝いてる。
去年まで対して縁のなかったクリスマス。
プレゼントは買って渡していたけど、稼ぎ時なので基本バイトのシフトに入っていた。
はたして今年は。
「夏菜、24日か25日空いてる?」
「言うの遅いですよ」
「もう予定入れちゃったか。……なら仕方ない」
シフトは入れずに休みを貰っていたけれど、久しぶりに自堕落に過ごすのもいいかもしれない。
年末年始。
父さんも帰ってくるだろうし、おせちとかの準備もしなきゃな。
「何を言っているんですか? 単純に言うのが遅いって言っただけです。最初から予定空けてますし、先輩の家に泊まるつもりで準備してますよ」
「ワザと?」
「はい。どんな反応するのかなって気になりまして」
「一緒に過ごしたかったけど残念だなーとしか」
「私は一緒に居られなかったら一週間は拗ねますよ」
「そういう言った場合、どうやったら機嫌直してくれる?」
「そうですねー……」
指が唇に。
次第に指が左右に揺れる。
「一日中傍にいて頭撫でてくれたり膝枕してくれたり、あとはキスしていただければ。先輩の今出来うる限りすべてを尽くしてくれたら許します」
長い思考の後に出てきたのはいつもしていること。
全部乗せはしたことがなかったけれど。
表情を見るに裏があるわけでもなく、本当にそう思っている。
悪戯というか、なにか仕掛けるようだったら瞼が少しだけ下がり目を細めるような形になると最近気付いた。
「本当に可愛いな」
「な、んですか急に……」
「夏菜も無自覚だよね」
「容姿のことを言っているのであれば自覚してますよ?」
世の女性が聞けば敵に回しそうな発言。
えー可愛くないよーとか宣うよりは全然マシだけど。
「そういうことじゃないんだけどね」
首を傾げた。
本当に素直。
嘘をついたところは見たことがないけれど、ついたところでバレそう。
言葉よりも態度や仕草で雄弁に語る。
本人さえ気づいていないところがまた愛らしく感じる。
「ところで司は何を買いに来たの?」
「お前ら俺の存在忘れているのかと思ってたよ」
「そんな訳ないだろ」
「……」
急に無言になった夏菜を見ると目を逸らされた。
忘れていたらしい。
「夏菜と司もそれなりに長い付き合いになっているよね」
「名前は憶えていますよ」
「いいよ、渉。余計に悲しくなるから」
落ち込む素振りを見せるものの僕の質問に答える。
「指輪だよ。市ノ瀬ちゃんもいるのは正直助かる。女の子の意見も聞きたかったし」
「はぁ、構いませんが」
「その指輪って二人で選んだの?」
司の視線の先には夏菜の薬指。
僕が彼女の誕生日に贈ったもの。
華奢な彼女がつけるには少しゴツいデザイン。
「先輩が選びました」
「本当はシンプルなやつ買おうと思ったんだけどね」
変わったデザインだったからついて選んでしまった。
コンビニで新商品のドリンクなどあればつい手に取ってしまう性格。
変な味のコーラとか買って後悔する。
「先輩のセンスは独特ですからね。でもこの指輪好きですよ」
「そっか」
「でもそうですね。左手にしてましたけど右に変えます」
手を掲げてリングを照明に当てる。
「理由は?」
「ペアリングか婚約、結婚のどれか頂けるまで空けておきます」
「ペアリングも大体右手につけるものじゃない?」
「関係ありませんよ。私がしたいからそっちにつけるだけです。二人の絆の証だと思うんですよね、それを目に見える形で証明しているというだけの」
「そうだね」
「なのでどこの指につけるかは関係ないかと。本人たちの意識次第」
「うん」
なんか言い負かされているような気がしてならない。
そこまで望んでいるのであれば今年のクリスマスプレゼントはペアリングにしようか。
温泉旅行も考えていたが既に空きがなく予約で一杯で断念。
代わりに喜んで貰えそうなのを考えていたから丁度いいかも。
司を先頭にジュエリーショップに入る。
一度僕はコンビニに寄ってお金を引き出しておいた。
こっそり買うつもりだったが夏菜が離れてくれない。
「夏菜は司についててあげて。僕も良さげなのがないか見て回るからさ」
「拗ねますよ?」
「今週泊まりに来たときに可愛がってあげるからさ頼むよ。司の覚悟だと思うだよね」
「可愛がるっていやらしいですね」
「そう受け取るほうがいやらしいよ」
「否定はしませんけど」
「自覚あったのね」
「なんのことでしょう」
見た目に反して機嫌は良さそうで鼻歌交じりに司のもとに向かってくれた。
僕のセンスは壊滅的らしいので夏菜に任せた方がいい。
結局最後に選ぶのは司だろうし、僕は連行されたわりに戦力外。
遠目で司と夏菜を見守る。
あんな態度だけれど任された以上ちゃんと仕事をこなしてくれるのが彼女。
質問されれば答えている。
さて今のうちに買っておきますかね。
彼女の指のサイズは頭に入っている。
僕はどうしようかな、人差し指あたりでいいか。本人からどこの指につけようが関係ないとお墨付き。
色んなブランド物が置かれている。
夏菜が今身につけているブランドもある。
僕もつけるということで今回は本当にシンプルな物を選ぶことにした。
……彼女に渡したのが適当というわけではない。
店員さんに声を掛けて指のサイズを測ってもらう。
見た目で判断されてリーズナブルなところに案内されたが、予算を伝えると驚かれまた別の場所へと連れて行かれる。
ぶっちゃけ一周回っただけ。
プラチナとかになると桁が一つおかしいことになっていたが、それに手を出すのは数年後。少なくとも夏菜が高校を卒業するまでは買う予定はない。
手頃なところで以前渡した同じブランドのシルバーリング。
よく見るデザインでロゴが入っている物。
アクセサリーに興味がない僕でも見覚えがある。
一つ4万円。
合わせて8万。予算内。
さっさと会計を済ませて鞄に放り込む。
普段、鞄なんて持ち歩かないけれど学校帰りということもあってプレゼントを隠すことが出来た。
見つかるのはなんか恥ずかしいしね。
何もなかった風を装って二人に近づく。
なんだかまだ迷っているようで夏菜が少し苛ついているように見える。
僕が優柔不断でもいつまでも待ってくれているけれど、他人は許せないらしい。
「夏菜、司の相手ありがとう」
「はい。少し休憩してきます」
ふらふらと店に置いてある椅子に腰掛けて黄昏れている。
本当に疲れてたみたいだ。
「司は決まったの?」
「いや、もう少し見させてくれ」
まぁ僕は司の気持ちがわかるので大人しく待つことにしよう。
彼女に渡す。
それも結婚を見据えているからこそ慎重になるってものだ。
「じゃ、僕も夏菜のところにいるからなにかあったら呼んでくれ」
隣の席に座る。
ちらりとこちらを向いて僕だと気づくと小さく吐息を漏らして身体の力を抜いた。
天井を仰ぎ見ながら瞼を閉じている。
「今日明日泊まりますから癒やしてくださいね」
「うん、お疲れ様」
「それで買い物は終わりましたか?」
「まだ悩んでいるみたいだよ」
「いえ、先輩のです」
「……。気づいてた?」
「まぁ、先輩の彼女ですから。ソワソワしてたのまるわかりですよ」
そんなに挙動不審だったかな。
「僕が買うようにもしかして仕向けた?」
「そんなわけないじゃないですか。いつか頂けるとは思ってましたが、直後に買いに行くとは流石に予想外です」
「バレたのであれば、まぁ隠す必要もないか。クリスマスプレゼントだよ」
「私も黙っていれば良かったですね」
「どうせ気づくだろ」
「それもそうですね」
ぐっと伸びをすると夏菜は立ち上がる。
休憩も終わりかと思ったが、僕の膝に座り身体を預けてくる。
拒む必要もないので受け入れると腕を夏菜に回す。腕に彼女の胸が乗っかる形になった。
外でこんな風にするのは初めてだけれど得に他人の視線は気にならなかった。
毒されてきたかもしれない。
夏菜だけではなく、その父親と母親にも。
「私もプレゼント考えていたんですけれど難しいです」
「僕は夏菜から貰えるんだったらなんでも嬉しいけど」
誕生日に貰ったシンプルなネックレス。
普段はつけないが外に出かけるときにはありがたく使わせてもらっている。
それにその日は、いつもより贅沢な夕食が並んでいた。
すべて彼女のお手製。
何よりも嬉しくてスマホのカメラに収めたぐらいだ。
「それが難しいんですよ。私も先輩から貰えるのであれば何でも嬉しいんですけれど、お互いにそれだからか難易度高いですよね」
「そうだね」
「本当に欲しいものありませんか? 少し高額でも大丈夫ですよ。といっても先輩は自分で買えるだけの貯金ありますよね」
「欲しいのか、夏菜ぐらいか」
「すでにあげてますよ。受け取らないだけじゃないですか」
「受け取れないだけなんだけどね」
こんな冗談も言い合えるようになったのは成長の現れ。
「先輩は子供欲しいって思います?」
「いつかは」
「そうですか」
「うん」
ふと春人さんに聞いた話を思い出した。
「ピル飲んでるからつけなくていいよって言うのなしな」
「……母さんの作戦ですね」
大学卒業後に結婚する予定だったらしいのだが、冬乃さんが我慢できずに搦め手を使い在学中に結婚したそうだ。
「父さんも余計なこと言いますね」
「使うつもりだったのか」
「場合によっては」
春人さん、グッジョブ。
「お前らなんて話してるんだよ。わりとこっちは覚悟もない状態で人生の分かれ道に立たされたんだぞ」
手にはお店の紙袋。
しっかりと選んで買えたらしい。
「いや、元を返せば認識の甘さが招いた結果でしょ」
「うっ……」
「来年には山辺さんはパパさんですね。いつから一緒に暮らすんですか?」
「まだ決まってない。明日、雅と話す予定だから」
僕も付きそうことになっている。
正直居る意味がわからないが。
話の行末は気になるのでいいんだけれど。
「明日のこともあるし、さっさと帰って休んだほうがいいんじゃない?」
「そうだな」
「伝えたいことしっかり考えて纏めときなよ」
「あぁ」




