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聞き手に回る

 学校には司の姿がなく昼休みが終わってから、目の下に隈を携えて登校してきた。

 休憩の間に肩に手を置かれ「あとで少しいいかと」尋ねられたので頷いておく。

 アプリに返信はなかったが既読の文字はあったので、こういうことになると予想はついていた。


 放課後になり司とともに下校する。

 お互いに彼女が出来て、というより夏菜が入学してからは二人で放課後に出かけるということはなくなっていたので新鮮に感じる。

 どこか落ち着ける場所に行こうかという話になり、僕の自宅に向かうことになった。



「コーヒーでいい?」

「ああ」



 やはりというか、当たり前というかとても悩んでいる様子。

 事実確認として一つだけ聞いておく。



「神楽先輩とは話せた?」

「電話で少し、な。雅が渉たちに相談したってことも聞いたから」

「うん」

「雅とはお互いの考えが決まってから話し合うことになった」



 しばらく会話はなかった。

 司が口を開くまで、僕は沈黙を貫く。

 まだ彼の中で答えは出ていないのだと思う。

 人生を左右する選択。

 何より若いからこそ不安も大きいはず。

 渡したコーヒーが空になってようやく彼は口を開く。



「渉は市ノ瀬ちゃんが妊娠したらどうする?」

「僕と司じゃ置かれてる環境も相手も違うから参考にはならないよ」

「それでも聞かせてくれ」

「わかった」



 昨日、神楽先輩に相談を受けたときに考えていたことをそのまま話す。

 自分の貯金に関しても話した。

 お金を求められるようだったら僕と司の関係はそれだけのことだったと割り切るだけ。

 人間関係に関してはドライなのは僕の性質。



「渉が羨ましいな」

「どこが? 貯金?」

「いや、それはお前が努力してきた証だろ。昔から無欲なのは知ってるから」



 司は苦笑いを浮かべる。

 暗い表情だけではないところか、余裕は残されているのだろう。

 それよりも人に羨ましいと思われることはあまりない。

 あったとしても夏菜と交際しているということに対しての羨望。というより嫉妬ぐらいだ。



「市ノ瀬ちゃんの期待に応えられるだけの能力がある」

「僕の相手はそうだけれど、司は違うだろ? それに応えられられてるとは思ってないよ。応えたいとは思ってるけど」

「いや、雅や市ノ瀬ちゃん。それに渉は間違いなく天才だよ。その天才たちに囲まれる凡人としてはどうするべきか正直先が見えない」

「天才?」



 僕のことはともかくとして彼女らは秀でているのは明らか。

 神楽先輩と出会った頃、僕がまだ高校1年の時。

 噂は散々聞いていた。

 今でこそ彼氏に振り回されて可愛らしさがあるものの、以前はどこか羨望を抱くただ一人の女性としての美しさがあったような気がする。

 それから夏菜が入学して二分され、そのうち年上の美人な女子生徒の噂は聞かなくなった。


 単純に見た目の話。

 神楽先輩より夏菜のほうが隙きがあるように見える。

 モデルのようでキリッとした神楽先輩に対して、アイドル的な容姿で無表情でぼーっとしているようにも見える夏菜。

 その本質は多分、逆だと思う。



「俺には市ノ瀬ちゃんは底が見えないからあれだけど、雅は運動は駄目でそれ以外であれば3年のトップ」

「言いたいことはわかるけど」

「お前も似たようなもんだよ。一瞬で全てを理解する彼女とは違う系統、なんというか陳腐だけど努力の天才。その努力を持って彼女たちに並んでいるような気がするんだよ」



 むしろ僕も凡人だから努力しかない。

 好きでやっていることなので苦はない。



「それで諦めず振りからず前だけを見てられるのは才能だよ。俺も渉のような人間だったら答えはすぐに出たのかもな、俺がなんとかするから産んでほしいって」



 最後の言葉。



「それが司の答えなんじゃないの?」

「え? あ、いや。でも、それに応える能力が俺にはないって話で」

「能力とか関係ないでしょ。能力がないと子供を育てられないってことなら人類滅亡してるか、世の中天才しかいないよ」



 極論だけど。



「それは、そうなんだが」

「僕らは若すぎるからね。社会人なら迷うことなく好きな人の人生の責任を負えるんだけど」

「そうだな。でもな考えてしまうんだよ、俺がいなければ雅はもっといい人生を歩めたんじゃないかって良い大学を出て良い会社に就職、そして釣り合う男性と結婚するって」

「でも神楽先輩の隣にいるのは間違いなく司だよ。仮定の話に意味はないと僕は思うね」



 司が悩んでいること。

 僕にも理解出来る話。



「……」

「それに選ぶのは神楽先輩だよ。でも驕らず彼女を大事にし続けるしかないんじゃないかな」

「お前……、成長したな。渉からそんな台詞が出てくるとは思わなかった」

「まぁ彼女おかげなんだけどね」



 見放さず常に傍にあり続ける少女。

 彼女がいなければ僕は変われずにいた。



「どちらにせよ、司の選択を僕は応援するよ」

「さんきゅ」



 司に笑顔が戻ってきた。

 やはり友人の笑顔は良い。



「司、今日泊まっていく? どうせ教科書とかロッカーだろ」

「あぁ、そうしようかな。一人で考え続けるよりは渉がいたほうが落ち着きそう」

「夕飯は外に食べに行こう。今回は奢るからさ」



 それに紹介したい人がいる。



「んー。さんきゅ」



 時刻はもう19時半を過ぎて外は真っ暗。

 12月に入り寒さも天井知らず。

 徒歩にして一駅分。

 カフェダリア。

 紹介したい人とは春人さん。

 一人娘を持つ彼ならば明確なアドバイスが貰えるのではないかと考えただけ。

 店に着く頃には午後のラッシュを乗り越え、徐々に人が減ってきている時間帯。

 小さなベルを鳴らしドアを開く。



「いらっしゃいませ」



 歩くだけで白いシャツをはち切れんばかりに揺らす店員。

 声は平坦で抑揚がない。



「先輩、どこで私だと判断しました?」

「胸」

「……素直すぎませんか?」

「そう言う時点でバレてるだろ。それより奥の席いい?」

「あ、はい。どうぞ」



 彼女の後ろ姿を眺めながらついていく。

 身長も少しだけ伸びたかな。

 胸ばかりに栄養がいっていると嘆いていたが、僅かながら背丈にもいっている。



「今日フロアなんだね」

「えぇ、ヘルプですね。人手が足りないので」

「病欠?」

「そんなところです」



 明日の僕のバイトも悲惨なことになりそうだな。



「落ち着いたころに春人さん呼んでもらってもいい?」

「父さんですか。あぁ、わかりました。あとで話してくださいね」



 すぐに理解してくれて、余計なことを言わなくて済む。

 メニューを受け取り司に渡す。

 自分は長いことをバイトをしているのでメニューも値段もわかっている。

 食のこだわりがないのは変わらず、いつものと夏菜に注文する。



「えっときのこクリームパスタにシーザーサラダ。食後にチーズケーキとブレンドコーヒーですね」

「注文ちがうんだけど」

「いえ合ってます。先輩の冷蔵庫みたらわかりますよ。何が足りないのか」

「……そうっすか。じゃ、それでお願いします」



 ようは野菜食えということ。

 軽食がメインなのでこの店で摂れるのであれば確かにこのメニュー。



「山辺さんは如何なさいます?」

「俺はミートパスタにBLTサンドとドリンクはコーラで。食後は大丈夫」



 注文を繰り返し夏菜は奥に引っ込んだ。



「いい店だね。落ち着く」

「でしょ? 僕も気に入っている」

「市ノ瀬ちゃんのバイト先っていうだけでオシャレなのも納得するわ」

「うん」

「でもお前会いたいからって押し掛けるの迷惑じゃないか?」

「夏菜に会いに来たわけじゃないよ」

「先輩?」



 不機嫌そうな顔で水を持ってきた。



「嘘でも会いたいって言ってくれないと拗ねますよ」

「拗ねたらどうなるの?」

「今週の土曜日焼き魚にします。それにトマトサラダも追加で」

「夏菜に会いたくて震えているよ」

「……どんだけ嫌いなんですか。食べれないわけじゃないくせに」

「魚はそうだけど、トマトは本当に無理」

「心配になってきた。自立したいのであれば食にも拘ってくださいね」

「……うん」



 しょんぼりしながら頷く。



「それでは戻ります。ごゆっくりどうぞ」



 ※



「それで俺に話って?」



 僕が食後のケーキに手を出したところで春人さんが正面に座る。

 司には食事中に既婚者で一児の父親である春人さんのことを少しだけ話していた。



「冬乃さんが妊娠した時の事とか父親としての覚悟とか色々聞きたくて」

「俺ももうすぐお祖父ちゃん? 三十代でお祖父ちゃんか……。そういや俺が高校の時、親父も若かったな」



 盛大に勘違いしている。

 寧ろ重要な話、今も重要ではあるのだけれど当事者なら改めてアポを取って自宅に行く。



「夏菜に聞いてなかったんですか?」

「言ってくれりゃいいのに恥ずかしかったのか。あ、夏菜が使ってたベビーベッドとかベビーカーあるから持っていくか? いや、しばらくうちで同居したほうがいいかもな」



 ……嬉しそう。

 いつもよりテンションが高い。

 ちょっと面白いので勘違いさせたままにしよう。



「夏菜、高1ですよ?」

「渉とあの子なら大丈夫だろう」

「信頼してもらってるのは嬉しいんですけど、彼女の将来を考えると高1で一児の母って」



 高1の女の子を妊娠させるのもどうかと思うが世の中、中学生以下の子も妊娠するような話も聞く。そんな男を信用出来るのかって話だが。



「そうだったらいいなって話で、渉がそんなことしないってわかってるよ」



 冗談だったらしい。



「でももし渉と夏菜の間に今子が出来ても責めはしない、なんなら応援するぞ。あの子も休学するぐらいなんとも思わないだろうし」



 そう言って春人さんは手で夏菜を呼ぶ。



「もう店閉めていいから、夏菜も渉の隣に座れ」

「うん」



 二人して当然のように店を閉めようとするが、早く閉めるにしても21時を越えてからだ。



「そこまでしなくても」

「まぁ、気にするな。自分がオーナーだとこういうことも出来るってだけだ。で、そっちが」



 司のほうに目を向ける。



「山辺司です。その二人の友人です。友人だよな?」



 誰に対して言っているのかと言うと。



「私の彼氏の友達ですね」

「あー、そう。ブレないね市ノ瀬ちゃん」

「私たちのことは気にせず話をしたらどうです? 一応こんな父さんですけれど、私をここまでしっかりと育ててくれた父親なので参考にはなるかもしれませんよ。でもこの人も先輩と同様に中身が子供っぽいところもありますから気をつけてください」



 自分の父親に辛辣。

 あと遠回しに僕まで。

 それだけ心を許して信頼している証でもあるのだが。



「男はいつまでも少年の心があるんだ」

「そうっすね」



 僕と春人さんの同盟に夏菜は頭を抱えた。



「で、話しって結局高校生だからどうしようかっことに行き着くわけだろ?」



 急に真面目なトーン。

 切り替えが早すぎる。



「産めばいいんじゃね。家族が一人も二人増えたところで変わらねえよ」

「……」



 春人さんの言葉に固まる司。



「産めるかどうか、産みたいかどうか。その2つだけだろう」



 確かにと僕は納得してしまった。

 小難しく考えてしまうが結局はそこに行き着く。僕だってそうだ。



「夏菜は……最初からそう思ってたみたいだけど、渉はまぁ考え過ぎだけど似たような結論か」



 夏菜は頷き、僕も倣う。



「答えとしては好きにしたらいい。これは我が家ルールみたいなものだけれど、高校生も半分は大人、責任も半分でいい。親である俺も半分背負う。教育不足だから」

「うちの親は……、話を聞いてくれますかね」

「それは話さないとわからんだろ。話さないということは絶対に無理。どうするかは君とその連れで決めろ。心に従え。死ぬ気で働けば金がなくてもなんとかなる、足りなければ親に土下座しろ。産まないなら嫁を大事にしろ、それだけだ」



 冷たくて言い放つようだが、その通りとしか言いようがない。決めるのは本人たちなのだから。

 ただ春人さんはそこで表情を緩めて穏やかな顔つきになる。



「でも孫を見たくない親はいないけどな」



 僕らを見ないで欲しい。

 夏菜まで釣られるようにこちらを向く。

 意識したものではないようで無表情。

 目が合うと微笑み、テーブルの下で手を絡ませてくる。



「子育ては大変だからな、それは間違いない。夜も眠れないし、なぜ泣いているのかもわからなくてアタフタするぞ。自分の時間は一切なくなるし、それに一番大変なのは嫁のほうだからな。ちゃんと気を使ってケアしてやれよ」



 懐かしむような。

 そんな声。



「でもこうして立派に育っていく娘を見ると幸せを感じさせる。ちょっと生意気だけど」



 春人さんが手を伸ばすが夏菜はハエでも叩くように振り払う。

 旅行中にもみた光景。



「しつこいから」

「いいじゃんか、家族なんだし」

「嫌」

「こうやって離れていくのは寂しいわ……。夏菜、妹と弟どっちがいい?」

「え? 妹かな」

「夏菜は渉に取られたし、冬乃と二人きりもいいものだけれど寂しいねって最近話してたんだよなぁ」

「子供と妹が同級生とか笑えないんだけど?」



 確かにすごい絵面。



「渉」

「なんっすか」

「孫の顔早く見たい。早く仕込めよ」

「……とりあえず話はこの辺で終わりっすかね。司から聞きたいことってある?」



 春人さんの台詞は場を明るくするための冗談。

 そう信じて聞かなかったことにする。



「渉やその市ノ瀬さんに話聞いてもらってある程度覚悟は決まったような気がします。それより、産まれてからのほうが心配になってきたってところですかね」



 もう少し悩むと思ったが、案外早く覚悟が決まったようだ。

 席を立ち会計を済ませる。

 当たり前だけれど客の居ない喫茶店、静まり返っていて司の深呼吸が大きく聞こえる。空気を吐き切ると僕のもとにやってきた。



「渉」

「ん?」

「次の休み雅と話すよ」

「そっか」

「悪いんだけど、渉も同席してくれないか?」

「いいけど、二人きりのほうが話しやすくないか」

「お前がいるとそれだけ心強いというか、なんというか、もし覚悟が萎えそうなのを奮い立たせてほしいんだ」

「そういうことなら」



 礼を言って冷たい空気吸ってくると言って店から出て行った。



「じゃあまた明日な」

「はい」



 春人さんはすぐに厨房に戻ってしまったの居ない。

 夏菜がレジ閉めを行っていたので声を掛けて出口に足を向ける。



「待ってください」

「どうした?」

「少し屈んでくれますか」



 言われた通りにすると夏菜の唇が僕に。



「おやすみなさい」



 返事をしようとするが伝える前に彼女は奥に引っ込んでしまった。

 なんだよ、あいつ。

 意識しろってことか?

 僕も顔を冷やしに行こう。

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