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本人の居ない間に

「妊娠したんだ」



 翌日の放課後。

 約束通り夏菜と共に民族音楽研究部に行く予定だったが直前に場所を変えてほしいと連絡があった。

 学校から少し遠く一駅先の大型チェーン店のカフェ。

 客の年齢層は若く学生から20代の社会人が多く見える。

 制服ではなく私服姿の神楽先輩の姿が見え、手を上げて挨拶をした直後の爆弾発言。



「おめでとうございますって顔じゃないっすよね……」

「司との子供だ。嬉しくないわけじゃないんだ」



 力のない笑顔。

 嬉しそうでもあり、行く末の不安を表している。

 長い話になるのは間違いないだろうから、神楽先輩に断りをいれて先にドリンクを注文することにした。

 僕はカスタマイズしてやたら甘ったるいモカと新作のケーキを選び、夏菜も同じ物を注文したのだがあまりにも甘すぎたのか顔を顰めて僕の目の前に置いた。

 こういう全国展開しているお店だとついつい普通のカフェにない物を選んでしまう。


 気を取り直して神楽先輩の話に耳を傾ける。

 仲直りの相談なんだろうなと予想のもと会いに来たのだけれど予想の斜め上の展開。



「避妊してなかったんですか?」

「してたんだ」

「途中で抜けたとか、破れたとか……?」

「その避妊具なくなってしまって……。その安全日だし、外にってことで……」



 自分で言っていることに恥じて赤面している黒髪美女。



「「あぁ……」」



 夏菜と揃って嘆息が漏れた。

 二人見合わせて苦笑い。

 妊娠してしまったのならあれこれ言うのももう遅い。



「後悔してます?」

「それはないが……。先のことを考えると不安といったところか」

「高校生ですからね」



 神楽先輩はもうすぐ卒業だが、司はあと一年残っている。

 彼女だって入試だって終わっているわけじゃない。

 二人がもし大学生だとしても妊娠は大きな問題だ。

 今回はタイミングが最悪なのだ。

 本人たちの認識の甘さが招いた結果だけれどよくある話。



「神楽さんはどうしたいのですか?」



 夏菜が問う。

 産む産まないにしてもまずは本人たちの意志が重要。

 親に報告、お金の問題。

 婚姻はまだ無理。



「今は実感があまりないのもあるが。どうするべきか迷っている」



 安易におろす決断をしない。

 本心では産みたいと思っていても未成年の二人。

 子供一人の人生を背負うには未熟であり、彼らにも将来がある。



「司には?」

「話せていないというより話せない。少し前に喧嘩をしたこともあって今は避けている」



 妊娠というものを深く理解せず、ぼんやりとしたイメージしかないが、お腹にいる子供を守るために司を蹴り上げたのかもしれない。

 そういう知識は日本の性教育で教わらない。

 海外のことなんかもっとしらないけど。


 なんとなくスマホを開いて調べてみるが、無理のない範疇であれば問題ないようだった。

 いつか来るための知識として記憶にはしておこう。



「先輩マニアック過ぎませんか?」

「ちげぇって」

「冗談です」



 ならば喧嘩は別の問題かもしれない。

 今日も司は悩んでいるようだった。

 だからかと納得はしたがこの事実を知ったらどうなるか。

 夏菜に耳打ちするようにこっそり尋ねる。



「話せないっていう気持ちわかる?」

「想像はつきますけど」

「つまり?」

「相手の人生を妨げることになりますから。高校はどうにか卒業するでしょうけれど、産むとなったら山辺さんは就職するしかないと思います。実家は裕福な方ですか?」

「一般家庭だよ」

「それなら尚更ですね。相談されていますけれど、神楽さん自身はある程度答えを持っていますよ」

「え?」

「女性特有の相談の仕方なので」

「共感してほしいってやつか」

「そうです。背中を押してほしいんじゃないでしょうか」



 どうしたいか決めているのはいい事だと思う。けれど大事な話なのだから司としっかり話し合うべきだ。

 この話のあとに司のもとに向かうかもしれない。



「神楽先輩の家って裕福?」



 もしそうならば選択肢は広がる。

 こんな相談をされるぐらいだ仲はいい。けれど家の状況なんかは話さない。

 僕だって話さない。



「どうだろうか司と同じくらいだと言えばわかるか?」

「えぇまぁ」



 苦労することに目を瞑るなら産めなくはないといったところ。



「子供を育てるためのお金は工面出来そうですか?」

「出産育児一時金という制度もあるし、私もバイトで貯めた貯金があるから出産は問題ないと思う。もし足りない分があるのであれば楽器を売れば問題ないと思っている。最悪親に土下座でもしてお金を借りるかもしれない」



 正直一番隠し通したいの両親。

 でも言わないわけにはいかない。



「すまない、少しお手洗いに」

「一人で大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない」



 悪阻だろうか。

 気持ち的に彼女を支えたほうがいいと思い腰を浮かせたが、夏菜が僕の服を掴み阻む。

 神楽先輩が退出したところでまた夏菜と話し合う。



「彼氏ではない男性がついていくのは気まずいのでは?」

「そんなもん?」

「先輩はそういうところは未だに鈍いですね」

「すまん」

「優しさが先行しているのでいいんですけど」



 ついでだから聞いておこうか。

 ヒントになるかもしれない。



「夏菜が身籠ったとして、おろしてくれって言われたらどうする?」

「先輩は言わなさそうですけどね」



 考える仕草をしながら残りの手で下腹部を押さえる。

 想像するにもしてもやめてほしい。

 少し現実的な妄想をしてしまう。



「一度懇願して駄目なら泣くなく従います。というのは冗談でお話しするしかないじゃないでしょうか?」

「そうだよなぁー」

「先輩がそう言うのであれば考えがあるでしょう? 私にだって譲れないものがあるはずですし、それに望まれない形で子を成しても良いことはありません」

「しっかりしてるな」



 高校1年なのにこの子はしっかりし過ぎている。

 少し前までは中学生だったとは思えないほど、……中学時代からしっかりしていたな。

 単純に僕が子供だっただけという事実。

 今更落ち込みはしない。


 僕らを引き合いにしても解決の糸口は見つかりそうもないし、そもそも経験していないし妊娠させる恐れもない。

 身籠ってから理解する感情もあるだろう。


 問題の神楽先輩だが夏菜の言う通りどうしたいのか決めているように見える。話せないってことは拒否されるかもしれないとどこかで感じているのだろう。

 合理性よりも感情を優先している。



「これって僕から司に話したらどうなるかな」

「いいんじゃないですか? 私もそのほうがいいと思います」

「だよね」



 ここ数日様々なことを考えさせられている。

 1つは先送り、1つは予想がつかない、最後の1つはこの現状。



「神楽先輩には悪いけど司に勝手に連絡とるよ」



 司の人生が掛かっている。

 わかりやすい分岐点。

 話があるから出来るだけ早く返信をくれと書いてメッセージを送っておく。

 気落ちしているし、今日はバイトだったはずなのですぐには連絡つかないだろう。



「山辺さんはどういった対処をするんでしょうね」

「どっちに転んでもしっかり受け止めるんじゃないかな。そういう奴だし」



 夏菜は僕の顔を覗き込むとやや不機嫌そうになる。



「どうした?」

「山辺さんのこと信頼していますね」

「そりゃまぁ親友だし。親友のこと信頼しないやつなんていないだろ」



 彼の性格や本質は知っている。

 でなければ僕が司と長いこと一緒にはいない。

 付き合いの長さでいえば夏菜より長いのだ。



「ムカつきますね」

「なんでっ」



 唐突な怒りに狼狽する。



「私より信頼してませんか」

「何嫉妬なの?」

「はい、そうですが」

「……夏菜に向ける信頼とは違う物だよ」

「それでも先輩の一番なりたいので」



 お互いに見つめ合う。

 甘い雰囲気はなく剣呑。

 と言っても遊びの範疇からは抜け出していない。



「人の相談に乗る気はあるのか、そこのバカップルは……」



 いつの間にか神楽先輩が戻ってきていた。



「すんません」

「一応先輩は自分のことのように悩んでますよ」

「そ、そうか。それはすまなかった」



 自分のことのようというよりも。

 相手側、司の気持ちになって考えていた。

 僕が司だったらどうするのだろうと。

 僕と彼ではタイプが違う。


 もしトラウマがなくてこの性格まま夏菜と付き合っていたのであればと考える。

 ……そういう事態にならないな。

 僕は割りと慎重派。

 夏菜は考えるまでもないな。


 ここで止まってしまっては意味がなく、その先身籠るったとしたらにという仮定に変更。

 条件を夏菜が3年で神楽先輩と同様の立場も付け加える。

 迷わないな。

 産むことを進める。

 もちろん彼女が産みたいと言うのであれば。


 スマートフォンでまた検索エンジンを表示して「子育て 費用」と検索。

 大体毎年100万。

 中学生卒業までに掛かる総額は大体2000万円ほど。

 父さんに頭があがらないなこれ。



「何を調べてるんですか?」

「子育て掛かる費用」

「夏菜って貯金ある?」



 この質問だけは小声。

 将来的に自分の店をと言っていたから多少はあるだろうが。



「貯金はしてますけれど、私がアルバイトをはじめたの今年からですよ?」

「そういえばそうだ」



 ずっと一緒にいることもあって年下であることも含めて忘れがち。



「60万円あるかどうかです。親に預けていたお年玉を含めれば100万円はあると思いますが。先輩は?」

「僕は200万とちょっとかな」

「……いけない仕事とかしてます?」

「するわけ無いだろう、、単純に僕ら物欲もなく、遊びにもあんまり行かない青春送ってたからな」



 夏菜の夢を叶えることは遅れるだろうが大学にいかなくても達成可能。

 その場合は子育てを任せて、僕は大学に行き経営を学ぶという手段もある。



「二人でカフェやるのもありだよな」



 昼はカフェ夜はバーみたいな。

 楽器の演奏できるカフェとか?

 妄想が膨らんで楽しくなってきた。

 今まで将来のことを考えても出てこなかったというのに、些細なきっかけで溢れ出す。

 夢というのは身近に転がっていたのかもしれない。


 隣にから「えへっ」という謎の声が聞こえて冷静になった。

 閑話休題。

 子育てに不安は勿論あるが、それは市ノ瀬夫婦に学びながら、時にはフォローしてもらうことになる。


 そういう今でも両親に報告は絶対だろう。

 二人で暮らすには生活費も必要になり余計に苦しくなる。



「神楽先輩の意思も大事だと思いますが、やはり親や司と話すことを勧めますよ僕は」

「……」

「貴女もわかっていたでしょうがお腹が大きくなっていくんですし隠すことは難しくなりますよ。司に早く教えて二人で考えるべきかと。僕ら二人は友人とはいえ部外者に変わりないですから。話を聞くだけなら僕でも夏菜にでも」

「そうだな。君の言う通り司を信じるべきか」



 一瞬だけ暗く顔を伏せるが、すぐに面を上げる。

 暗闇は拭い去られて少しだけ明るく先に希望を見出している。



「神楽先輩の彼氏はいいヤツですから。それも貴女がよくわかってるんじゃないないですか?」

「あぁ」



 司に連絡しなくてもよかったかもな。

 この二人ならまぁ悩むだろうけれどきっと良い未来を選ぶのではないか。

 そう信じる。

 神楽先輩を彼女の自宅付近まで送り、その後夏菜も送り届けた。

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