たまには
お風呂のアラームが鳴るが、待機しろとの命令があるために動けない。
彼女が何を仕掛けてくるのか。
大体わかっている。僕がお風呂に入っているときに押しかけてくるのだろう。
水着を探しに僕の部屋にいると見ている。
お詫びじゃないけど彼女の好きなようにさせよう。
「先輩、お風呂どうぞ」
「うん」
「これ、着替えです」
「ありがとう」
お許しが出たので立ち上がり脱衣所へ。
扉を閉める瞬間に僕は顔覗かせて余計な一言を付け加える。
「待ってるね」
「……バレてましたか」
「流石にね」
「脱ぐところ見られるのはまだ恥ずかしいので、もう暫くしてから入りますので」
というか僕が水着持ってきてない。
どうしよう。
アホなこと言ってないで準備すればよかった。
渡された着替えの中にもない。
タオルでなんとかしよう。
彼女も直接見たりなんかしないだろう。
……やべぇ信用できねぇ。
肉食とはちょっと違う。
恥ずかしさや照れもあるし、無理をしているところだってある。
ただ僕を喜ばせて、尚且つ自分も楽しめたらいいなっていう思いが透けて見える。
純粋な下心。
自分で考えときながら意味がわからない。
「ぶくぶくっ」
身体を流して顔の半分を湯船に埋める。
入る前は余裕。温泉で一緒に入ったからという考えがあったけれど非現実的な空間で、自宅のお風呂は日常。
緊張してきた。
段々と追い詰められた気分になる。
「お待たせしました」
「いえ待ってないです」
磨りガラスに映るシルエット。
衣服を一枚一枚脱いでいる。
見るのは心の衛生上よくないとして目を逸らす。
「どうして先輩が敬語なんですか」
「なんか緊張して」
「先輩でも緊張することあるんですね」
「そりゃあるよ……。僕をなんだと思っているんだ」
「冗談ですよ。入りますね」
ついに扉が開き浴室に二人きり。
「身体洗いましたか?」
「まだ流しただけだよ」
「良かったです。背中流すの夢でしたので、というかいい加減こちらを向いてくれないとまた拗ねますよ」
「あれって拗ねてたんだ」
説教くらったのかと思っていた。
事実すべて認めてしまったのだから。
言われるがままに彼女に目を向ける。
「は?」
「変ですか?」
「水着は?」
「お風呂で着る人いますか?」
「いないけど」
「そういうことです」
「どういうことだよ」
聞いた話と違う。
誰も言ってないけど。
「感想は?」
「薄いね……、あいたっ」
「なんで真っ先にそこなんですか……っ」
「えっと。突起がピ――あぶぶうっ」
拳で小突かれて、夏菜が自身の身体を流すために桶に溜めた湯が降り注ぐ。
性行為には忌憚しているが女性の裸に興味がないことはない。
画像でしかみたことがない知らない女性たちと比較することがおこがましいほど魅力的な裸体だった。
「照れ隠しだよ……察して」
「そんなこと言うからこっちまで恥ずかしくなってきたんですが」
「やらなきゃいいのに」
「たまにはいいじゃないですか、恋人なんですから」
「そ、そうだね」
「先輩の顔が赤い」
「上せてきたかな……」
「言い訳苦しいですよ」
「ん、お手上げ。……綺麗だよ」
「初めからそう言ってください。余計な恥をかいたじゃないですか」
「負けた気がして」
「いつも素直なくせにどうしてこういう時だけ捻くれるんですかね」
ようやく身体を流して湯に浸かる。
お互いに羞恥に染まったのなら引き分けということで。
「隣、失礼しますね」
「狭いな……」
「ゆっくり浸かって頂いても結構ですよ? その場合私が乗っかりますけど」
「このままでいい」
「でも肩ぐらいはくっつけてもいいですよね?」
「いいけど、ぐいぐい来るね……」
「嫌でしたら離れます」
「お好きにどうぞ」
「ふぅ……」
隣から吐息が漏れる。
「満足そうで」
「えぇ、入浴剤持ってきたので入れてもいいですか?」
「うん」
少し湯にとろみが。
色も真っ白に。
透けて見えていたからちょうどいい。
いや、あんまり関係ない。
「浮いてる」
「言わなくていいです」
「はい、すんません」
「本当にもう……」
「恥ずかしがってるのに堂々と入ってきたよね」
水着もなければタオルもなし。
手で隠すようなこともしなかった。
「堂々としたほうがそういう雰囲気にならないと思いまして」
「一応は心がけてくれたわけね」
「まぁ先輩のその捻くれた発言のせいで無意味でしたが。えっちな雰囲気にはなりませんでしたが、ただただ恥ずかしい思いをさせられました」
「それはごめんって。ワザとではないから」
「わかってますよ」
僕の濡れた髪から雫が落ちて湯船に波紋が広がる。
黙ってしまいその小さな音ですら大きく聞こえる。
「いつかあんなとこやこんなとこまで愛し合うのだと思うと、この比じゃないんですよね」
「まぁ、そうだね」
「すみません。ちょっと余裕がなくてこんなことを言ってしまいました。平気ですか?」
「なんだろうね。相手が夏菜だからか、想像しても苦しくはならないよ。直接的な単語が出てきたわけでもないし」
「……そうですか」
「夏菜はやっぱりしたい?」
しっとりとした指が示すのは思考。
「山辺さんが以前言っていたように、……だからこそ繋がりたいと思うのは自然なことですよね」
思いっきり掠れて聞こえなかった。
どんだけ言いたくないんだろうか。
変に大胆なのにそういうところは初心。ちぐはぐさが面白いし、可愛い。
「愛情表情みたいな?」
頬を悪戯っぽく突く。
「あぁ、それです。しっくりきました。言葉でも態度でも想いを伝えられますが、身体でも伝えられるっことですよね」
「そう言われると嫌悪だけするのは勿体ないね」
「無理はしなくてもいいんです。私は先輩を愛してるからえっちな娘になったのかもですね」
恥ずかしい台詞。
実際に照れているようで、彼女にしてははっきりとした表情でハニカム。
「んっ……。今日二回目ですね」
「うん。キスしたくなった、これも愛情表現だよ」
「あはっ、確かに。だからでしょうか、私キスされるのもするのも好きです」
「もっとする?」
「したい、です。けどのぼせるで程ほどにお願いしますね? 先輩の背中をまだ流せてないので」
「長風呂の夏菜が僕よりも早く出るってことないよね?」
挑発的に言ってみた。
「その手には乗りませんよ。でも、先輩」
「なに?」
「勝負をしましょうか」
「何か思いついたの?」
僕の告白から暫く経ったが二人でやる勝負は思いつかなかった。
そもそも勝負自体することがなくなっていた。
一つは僕との競い合いよりも、夏菜が別のことで自分を高めて必要とされたいと願ったこと。
「先輩の人生を貰うつもりでしたが、流れてしまいましたからね。諦めてはないですよ」
「まぁ、次の勝負は僕が勝ったら夏菜の人生が貰えるってことでもあるよね?」
「勝たなくてもあげますよ、そんなもの」
「そんなものって……」
そう言える彼女が凄い。
「それで?」
「ルール無用です。なんでも有りの勝負としましょう。先輩が本当に幸せを実感したら先輩の勝ち、それが出来なかったら私の負けということで」
「夏菜の幸せは?」
「私はもう幸せです。この先もずっと、喧嘩することもあるかもしれません、悲観することもあるでしょう。それでも先輩と歩けるならそれは私の幸せです」
眩しいと思った。
「それでどうします? 乗りますか?」
「曖昧な定義だよね。幸せって」
彼女には定義があるが、僕にはない。
「だからこそですよ。私が渉を幸せにしてみせます」
彼女は立ち上がり突きつけるに言う。
ただ初めて夏菜に名前で呼ばれる。言い慣れていないのか名前の語尾が下がっていて媚びているように聞こえてしまう。
勝負内容。
勝利条件逆なのではと思ったが、夏菜自身の戦いとしての意味合いがあることを理解した。
「……」
「宣戦布告ですっ」
「わかったけど、ばっちり見えてるぞ」
「あ」
強気だった夏菜が本当にのぼせたのかと心配になるほど真っ赤になり湯船に戻った。
バシャバシャと水面を叩く。
本当にその時のがきたのならできるのだろうか? 僕よりも彼女のほうが心配になってきた。
「お嫁にいけますね」
「普通逆じゃない?」
「貰ってくれないんですか?」
「いや貰うけどさ」
「ふふっ」
離れていた物理的な距離がまた元に戻り、彼女の頭部が僕の肩に乗ることで腕にやわらかい感触が直に感じる。
「……あ。謀ったな?」
「偶然ですよ。思ったことを口に出す先輩が悪いんですから」
「呼び方が戻ったね」
自分の名前に愛着はないからどちらでも構わないけれど、普段敬称だけで呼ばれているからこそ驚いた。
「対等な立場で勝負を挑むので名前で呼んだだけです。次に呼び方を変えるなら『あなた』ですね」
「大分先の話だね」
「昔の法律だと来年には婚姻できたみたいですけど」
特に深い意味はないようで会話は途切れた。
丁度いいタイミングだと考え湯船から出ると、腰にタオルを巻くとプラスチック製の椅子に跨る。
髪を洗ってからボディタオルにソープを乗せて泡立てる。
「お背中流します」
「隠すのは今更だからもういいとして、言っても譲らないと思うし」
「その通りです」
「……」
わかっていたけど、言い返されると絶句する。
「どうしました?」
「ちゃんとこれで洗ってね」
泡立てたばかりのボディタオルを渡す。
「言いたいことはわかりますが、流石の私でも今は……」
「今は、ね……」
言った通り変なことはされず素直に背中を綺麗に洗ってくれる。
力加減は絶妙で痛くもなくこそばゆいこともない。
それもすぐに終わってタオルを返してもらうと自分の身体を丁寧に洗っていく。
シャワーで流し終えて入れ替わるように湯船に入るが、彼女を直視出来ずぎこちない動きになってしまう。
「自分の彼女に緊張しないでくださいよ」
と、笑われてしまった。
「仕方ないだろう、夏菜は可愛いし身体つきだって」
えろい。
心臓の鼓動が早くなる。
血の流れが全身で脈打つ。
「この身体だって先輩のモノなんですから」
「そうは言うけどね」
横目で盗み見るように一瞬だけ見やるが、すぐに天井を仰ぎ見る。
発育良すぎだろ。
濡れたタオルを絞って瞼の上に乗せた。
「まぁいいですけど」
夏菜が身体を洗い始めた頃には限界で先に上がる。
彼女は長時間入浴するので付き合っていたら本当にのぼせてしまう。
風呂に入ることを楽しいと思ったことはなかったが、今日は色んなことを話せたしからかい合って楽しかった。
たまには一緒に入るもいいと感じた。




