今更
父さんに名前だけを伝えてすぐに切る。
今更なんの用だと思わなくもない。
元々身勝手な人間だ。
この封筒開けて、中にあるであろう手紙を読んだほういいのだろうか。
封を切ろうとして震えている自分の指に気づいた。まともに破れずくしゃくしゃになっている。
緊張……とは少し違う感情。
恐怖と憤りか。
父さんの机に封筒を投げ捨てる。
丸めてゴミ箱に捨てたい衝動もあるが抑えた。
見なかったことには出来ない、なかったことしたらどうなるか。
呼吸を整えてから部屋に戻ると、ベッドの上にうつ伏せの状態で足を天井に向けてぶらぶらさせている夏菜の姿が目に入った。
白い脚の付け根、裾のゆるいショートパンツの隙間から覗かせる黒いショーツ。
もしかしたら興奮を憶えたかもしれない。
しかしタイミングが悪く気持ちは萎えて、先程触れた胸の感触も手からこぼれ落ちている。
ただ彼女の姿を見たおかげか震えは止まっていた。
「先輩?」
「あー。うん」
扉の音で僕が戻ってきたことに気づいて、ベッドから転がるように降りて立ち上がる。
顔を覗き込むようにして傍に寄ってきた。
なんと答えようか。
「隠し事はなしですよ」
「あはは」
「笑っても駄目です。愛想笑いの上手い先輩の目が笑えてないです」
「そう?」
「誤魔化すような笑いはやめてください。私の前では感情剥き出しでも大丈夫です。どんなものでも受け止めますから」
「そんなつもりはないんだけれど」
癖になっているかもしれない。
するりと腋の下に腕が通ると包み込まれる。
「私は先輩の何ですか? 先輩は私の何です?」
「彼女で彼氏」
「そうです。わかってるじゃないですか」
僕を包み込む細い腕に力が籠もって、絶対に離さないと態度で表す。
「私じゃ先輩を支えられませんか?」
「そんなことないよ。支えられっぱなしで申し訳ないぐらいだよ」
この表情はなんだろうか。
「先輩」
「な、何?」
「私は先輩が思っているよりも、先輩の事……す、好きですよ。それだけは負けてないと自負しています」
「わかってる」
「わかってませんよ。もっと甘えてください」
「甘えているよ」
「もっとです」
冬乃さんとの会話を思い出す。
不安。
これじゃ彼氏失格だな。
僕の方が夏菜のこと好きだよって言える自信があればどんなにいいか。
「ようやく私に手を出し始めたのも自分のためというのは嘘ではないと思いますが、でもどちらかと言うと私のためですよね?」
「あは」
脚を掛けられてベッドに押し倒される。
また笑おうとした口を口で塞がれた。
呆気に取られる僕に彼女は。
「平気ですか? なんて聞きません。言質はとってますから」
「うん。言った」
「それに私のためってことを認めたのと一緒ですからね。大方、待たせる訳にはいかないとか思っているんでしょう」
「まぁ、そうだね」
「じーっ」
「口に出すなよ」
「後は私が誰かに取られるとかも思ってませんか?」
「……認めたくはないけどその通りだね」
女性を信用しきれていない。
長い付き合いでそんなことはないとわかっているし、言葉でも行動でも証明してくれている。
そんなことはないと頭ではわかっているのに、心の奥底で信用しきれていない。
「先輩の生い立ちを考えれば当然かもしれないですが、悲しいですね」
「僕の問題だから」
「いいえ、私の問題でもあります。もしかしたら一生付き合っていかないといけない不安かもしれないじゃないですか」
「それは」
「自分勝手かもしれませんが、先輩を離す気はありません。辛い思いをさせるのであれば別れるのも手だと思いますが、最初から選択肢としてありません」
「凄いな」
「重いですか? いえ重いですね、わかってます。本気で……好きなので重くもなります」
「確かにそういう意味では僕は軽いのかもね」
夏菜が別れて欲しいと言えば悲しいし辛いけれど納得してしまう。
それが彼女のためになるならばと。
「吹けばどっかに飛んでいくような僕だから重さで押さえつけてくれるのがちょうどいいのかもね」
「まさか付き合いだして数週間でこんな話するとは思いませんでしたけど、私だって不安なんですよ」
「あぁ、ありがとう」
「どうしてそこでお礼が?」
「さぁどうしてだろうね。言いたくなった」
なんども決意しては折れてその度に鍛え直される。
前向きに考えられるようにはなった。
でもどうしても後ろ向きになってしまうこともある。
その度に彼女が支えてくれていた。
「夏菜」
こちらからも手を回して抱きしめる。
「ちょっとだけ手伝って、隣にいるだけでいいから」
「はい」
あの封筒を手にリビングに。
父さんに開封して中身を読むと伝えてある。
彼女にも送り主が誰なのか教えた。
道理でと納得してくれていた。
ハサミで封を切ると中に指を入れる。
途端に鼓動が早くなり気持ち悪さが込み上げる。
ここで飛び出して逃げないのは僕の腕と背に温かさが宿っているから。
「ふぅーー」
大袈裟な深呼吸。
意識的にではなく無意識に出る。
夏菜は何も言わない黙って傍にいてくれている。
中には便箋が一枚だけ。
内容は……。
破り捨てたくなった。
この世の悪が詰まったような不快さ。
まだ先日のあれがまだ可愛らしくみえる。
「読み終わった」
「今までにないほど酷い顔してますね」
「どんな顔?」
「ニュースで無惨な事件を知ったときのような」
「的を射てるよ、それ」
実際そんな気分。
不愉快極まりない。
「読んでも?」
一瞬悩むが、夏菜に隠し事はなしだ。
一枚の用紙ペラペラな内容。
「……」
絶句している。
「先輩の家ってシュレッダーありましたっけ?」
「ないよ」
「焼却するのが1番ですね」
「そ、そうだね」
簡単に言えば復縁の話。
旦那に逃げられた。一度と実家に帰ったが離縁されてどうしようもないと。
生活に困り始めて頼るのが父さんしかいない。
貴方の本当の良さに気づいた、愛している。
この紙のようにペラペラな内容。
なにより酷いのが反省の色もなく被害者面していること。
自分が過去にしたことをそのままされて、それを忘れているというのも腹が立つ。
この手紙を読んだら迎えに来てほしい。
もうアホかと。
違う意味で嘔吐しそうな内容。
色々と疑問に思うことはあるが考えたくない。
許可を求められたので頷いておく。
夏菜は手紙と封筒を手にベランダに向かい本当に燃やし始めた。
冬の空気は乾燥していてよく燃える。
マッチとかどこにあったんだろう。僕よりこの家のこと把握してないか?
「汚物は消毒されました、とはこのことですね」
「ありがとう」
一応父さんに内容をメッセージで送り、腹が立って捨てたことも報告。
鍵は変えていると聞いているが住所が変わっているわけではないので注意しよう。
僕だけならまだいいが夏菜になにかあってからでは遅い。
待つと書いてあったからしばらくは大丈夫そうだけれど。
「先輩、このもやもやどうしたらいいですかね?」
「いや、ごめん。変なことに付き合わせて」
「私が望んだことなので」
「なんかどっと疲れた」
「はい。夕食は遅くなってしまいますが、お風呂でリフレッシュしましょうか」
「そうだね。沸かしてくるよ」
スイッチを入れて放置。
数十分だけ待つ。
ソファに倒れるようにして身を投げ出す。
「胸、もう一度揉みます?」
「どうしてそうなる」
「いえ先輩が癒やされるかと思って」
「有り難い申し出だけど、僕としても夏菜を癒やしたいよ」
「……っ」
「?」
「久しぶりに先輩の不意打ちを……。よしっ決めました」
謎の決意を胸に夏菜は立ち上がり、僕の部屋に向かっていった。
「あ、しばらくリビングで待機お願いします」
「僕の家なんだけど?」
落ち込む暇すら与えない。
彼女が気を使ってくれることに有り難さが沁みる。
僕には勿体ないぐらいの素敵な彼女だよ。
お互いにそう想っているからこそ恋人って言えるのかもね。




