杪秋
やってきたのは電車で45分ほど掛かる都市部。
比較的僕らの街も発展しているのだけれど、どちらかというベッドタウンのほうが強く拘った物を選ぶとすればやはりここに来るしかない。
ネット通販でもいいんだけれど、今回は二人で出かけて一緒に決めるというのが目的。
「折角だから映画でも見ていく?」
「そういえば話題になっている映画ありましたね」
司たちも見ていたようだし、クラスメイトたちも話題にしていた。
どうやら麗奈ちゃんもその映画のことを話していたようで、夏菜も少し気になっていたようだった。
「今回は自分で払いますからね」
「ん?」
「そちらも無自覚でしたか……。毎回のように日頃のお礼と言って先輩が奢ってくれることのほうが多いんですよ」
「そうだっけ?」
自分の財布や預金。
今月このぐらいなら使って良いだろうと、奢ることはあるけれど毎回だったかは覚えていない。
でも交際しているなら別にいいんじゃないか。
「交際する前からです」
「何も言ってないんだけど」
「先輩の考えていることなんかお見通しです」
「そっすか」
「はい」
何も言えず頬かいてそっぽ向く。
「照れてます?」
「うん」
「可愛い」
「嬉しくない」
くすりと笑うと僕の手を握り映画館に足を向ける。
チケットを購入し上映時間が来るまで館内で時間を潰す。他にどんな映画をやっているのか貼られているポスターを二人で眺める。
僕も夏菜も結構映画を見るほうで、といっても基本的にはサブスクでパソコンやスマホで鑑賞することが多く、こうやって映画館で見るのは僕はかなり久しぶり。
「夏菜は映画館でよくみる?」
「小学生以来ですかね。私引きこもり体質ですから」
「そうなんだ。ちょっと意外かも、少しアクティブなイメージあったから」
「興味があればすぐに手を出しますけれどすぐ飽きますから、それに一人で出歩いてもナンパされるのが面倒なので」
「あぁ、なるほど」
必然的にあまり出歩かなくなったわけね。
それに飽き性なのは彼女が優秀だから。
「料理以外に趣味ってある?」
「先輩弄ることですかね」
「それ趣味なのか」
「見ていて面白いのは事実ですね」
「もっと良い趣味みつけようか。写真とか前結構撮ってたよね」
何度か見せてもらったことがある。
本格的なカメラは持っていないが、スマホで色んな物を撮っている。人物から風景、そこにある小さな花や机に転がっているシャープペンシルまで。
一番多いのは僕の写真だったが。
「今も撮ってますよ。見ますか?」
手帳型のケースを僕に向ける。
うなずくと手から手へ。
ロックの掛かっていないスマホ、今どきの女子高生には珍しくアプリケーションがほぼ入っておらず、必要最低限。
一つだけらしくない物がある。
位置情報を確認出来るアプリケーション。
リアルタイムで知り合いと位置情報を交換出来て安否確認から待ち合わせでどこにいるのかなんかにも使えて便利ではある。
監視されるている気がして僕も夏菜も入れているだけで起動することが少ない。
何かあった時のためにと冬乃さんの提案で入れており、市ノ瀬一家を覗けば位置情報を知れるのは、司ぐらいなもの。
というかこの背景。
「このスマホ、背景変えてないんだ」
「えぇ、まぁ。先輩が初めて一緒に撮ってくれたものですし、思い入れがありますから。それより先輩のスマホも見せてくださいよ」
「ほい」
最近買ったジャケットの胸ポケットからカバーすらついてない素の状態のスマホを取り出して夏菜に渡す。
首元にあったシンプルなネックレスが揺れる。
「相変わらずですね」
「何が?」
「いえ、なんでもないです。……まだデフォルトなんですね」
「困らないし」
「それはそうですけれど。拘りとかないですよね」
「うん」
「背景変えて良いですか?」
「いいよ」
二つ返事で了承した。
すぐに戻ってきたスマホの背景は夏菜とお揃いのツーショット。
「先輩って拘りどころか執着もあまりありませんよね」
「そうだね」
長年愛用してきた物でも壊れて修理不可能になればそのままゴミとして認識される。
けれど物は大事にしてきているので壊れることはあまりないが。
「最近バスケットボール捨てましたよね」
「うん。かなりガタが来ててすぐ空気抜けるようになったから」
「そのついでにバッシュも」
「履かなくなったし」
それにサイズ的にもう履けない。
であるならもうゴミ。長いこと履いていたから靴底もそれなりにすり減っている。
「結構悲しかったですよ、私は」
「え? なんで」
「中学時代の思い出みたいな物を捨てられたような気がしてしまって」
「思い出は胸にあるからなぁ……」
記憶は脳に。
忘れがたい痛みと共に。
ゴミのように簡単に捨てられたらどれだけ楽だろうか。
「また恥ずかしいこと言ってますよ」
「そう?」
「今日は羞恥心薄めですね」
自分の発言を思い返してみると確かにクサかった。
けれど母親だったものを考えてしまって、そのことに至らなかった。
「でも捨てる時は一言欲しいです」
「なんかごめんね」
本当に悲しそうな顔をしているから、言葉に出てきたのは謝罪だった。
改めて人と付き合う、恋人としての交際ではなく人間関係を形成するのは難しいなと思った。
「私の我儘なのはわかっているんですけどね」
我儘なのだろうか。
司たちと友達になって人間関係を学んできたとは思う、ただそれでも内面や表面上を伺い知れたとしても、お互いの価値観や考え方まで深く話すことはなかった。
でも、夏菜は恋人。
深く知り思い遣り、慈しみ築き上げていく。
それが出来ないから人は別れていく。
どうしようもない小さな不安の水滴が心の中に落ちる。
「夏菜の考え方知れてよかったよ」
笑って返したつもりだけれど、うまく笑えているだろうか?
「はい。先輩のそういうところ良いと思います」
安心したようにいつもの口調で答えてくれたことにホッとする。
おかげで僕も本来の顔つきに戻れそう。
「好きとは言わないんだね」
「……」
「顔あっか」
「からかいましたね?」
僕に対して気持ちをぶつけてくれる彼女。でも、好きだと言うことには抵抗があるらしい。
好きだと告げることは彼女の中で負けた気になるとか考えていそう。だけれど僕は言ったもん勝ちだと。
時間になりドリンクだけを買って二人並び座る。
間もなくしてスクリーン以外の明かり無くなり、話題のアクション映画が始まる。
※
「アクション映画っていうより恋愛ものだったね」
「大丈夫ですか?」
心配そうにこちらを見上げ、繋いだ手をぎゅっと握ってくれる。
「思ったより大丈夫だったかな」
濃厚なラブシーン。
確かに気持ち悪さは感じたけれど、ハードルは下がっていた。
一つずつ夏菜と上書きしているうちに行為そのものに対しての不快感が減っている。
穢らわしいものから、愛を伝え合う行為として認識していっているのかもと考える。
「嘘、ではなさそうです。顔色も悪くなさそうです」
「夏菜には嘘つかないよ」
余裕が出できたからか、休む必要もなく映画の内容を覚えており二人で感想を言い合いながら、本命のマグカップを買いに映画館を後にした。
「先輩って猫好きですよね?」
「うん。というより動物が好きなだけかな」
「最近にゃーさんと良くお昼寝しているので、猫好きかと思ってました」
「あぁ、見られてたんだ」
「中庭で爆睡する生徒、先輩だけですよ……」
夏菜と一緒に食べられない日は、昔のようにシロに構ってもらっている。
司と二人で昼食をとることのほうが最近はめっきり減っていた。彼女持ちだしね。
「犬派ですか? 猫派?」
猫柄のマグと犬柄を手に悩みながらしゃがんでいる。
「どっちも派かな。それぞれ良いところあるし一概には。というか単純に動物が好きなだけかも。夏菜は?」
「私も似たようなものですね。虫と爬虫類以外ならって感じですけど」
だから余計に悩むと言いたげに手に持ったマグカップを交互に見つめる。
ペアマグカップだからこそ色違いの同じ柄がセットになって売られている。隣の棚には同じ色で違う柄。
思った以上に種類が豊富だ。
「悩むね」
「はい」
ちょこちょこと動き回る彼女の後を追う。
そして気に入ったものが見つかったのか、急に立ち止まりそのまましゃがむと持ち上げて見せてくる。
「これにします」
その手は青空色と茜色のマグカップ。
青には犬、茜には猫のシルエット。向かい合わせにすれば、寄り添うように佇む。
「先輩がオレンジで私が青使いますので」
「逆じゃないんだ」
「先輩青色好きですもんね」
それもあるけれど。
夏菜もオレンジ色が好きだと言っていた。
「私の中での先輩のイメージそのまんまですから、黄昏時の猫さん」
「夏菜も本質的には犬っぽいしね」
獰猛な猫科。
でも深く知れば知るほど彼女のイメージは変わり、忠犬みたいだと最近思ったことがある。
僕を誂う時の態度などは猫科のままだけれど。
「先輩に尽くしたいという気持ちがあるので、その通りかもですが」
「今でも十分尽くされてるよ。ありがとう」
二連休や祝日の前日には泊まりにきて家事を行ってくれている。
それだけで生活の水準がかなり向上していた。
「お礼を言われたくてやっているわけではないですが、言われると嬉しいものですね」
彼女選んだマグカップを受け取りレジへ。
「半分払います」
「家に帰ってからでいいよ」
「そう言って受け取らない気ですよね」
「えっへへ」
ばれてら。
こういう形でしか感謝を彼女に示せない。
持ちつ持たれつと言いながらも、やはり受け取る数が多すぎると心苦しいものがあり、自己満足として好意を表したいと思っている。
「無言で睨むのはやめてくれ」
「私ばっかり貰ってしまっては返せるものがなくなりますよ」
似たようなこと考えているんだと知り、笑ってしまう。
真っ直ぐ横に伸びていた眉がやや釣り上がる。
「なんですか?」
「いや、なんでもー」
夏菜から逃げるように会計を済ませて、彼女に渡す。
「クリスマスは覚悟してくださいね」
「何するつもり?」
「教えません」
店を出て道路脇にある街路樹。
葉は枯れて残るのは枝のみ。
冬はもうすぐそこに。
夏菜が言うようにクリスマスは誓い。
10月の末、スイーツを売っているお店にはもうクリスマスケーキの予約などが始まっている。
頬を撫でる風さえも痛みを感じるようになっていた。
空を見れば青々としていた夏の色はなく水色。
「先輩」
見上げていた僕は声に呼び戻されて隣の見やるが、夏菜は僕を見ておらず視線の先は一人の女性を見ていた。
「どうしたの?」
「あれ先輩のお知り合いじゃないですか?」
制服だからわからなかったけれど、相手は確かにクラスメイトの一人岡本さんだった。
よく見ると泣いたような跡がある。
流石にほっとくわけにもいかず声を掛けた。
「あ……柊くん。と、その彼女さん」
「初めまして、先輩の彼女の市ノ瀬です」
「どうも」
夏菜はなぜか警戒心を顕にしながら僕の腕を掴み背に隠れながら挨拶をする。
相手側からすると顔だけ出ているような状態。
泣いていたであろう岡本さんもその様子に驚きを隠せないでいた。
「どうしたの?」
話しが進まなそうなので僕から話しを振った。
「柊くんならいいか……。彼氏にフラれたぁ~」
そう言いながら残った僕の腕を掴みまた泣き始める。
泣いている女性を振り払えるはずもなくされるがままになるが、夏菜が岡本さんの頭を押しやり引き剥がす。
正直助かった。
「とりあえず家まで送るから」
「帰りたくない……」
「どうして?」
「同棲してたし」
この歳で同棲かと一瞬思ったりもしたけれど、人のことは言えない。
「実家は?」
「放任主義というか、そもそも居場所ないから」
なにやら色々抱えてそう。
仕方ない。
「夏菜」
「はぁ……」
盛大なため息。
自分の指先でこめかみを突く。
「わかりました。とりあえず一晩だけですからね」
「さんきゅ」
「今日は帰るつもりでしたけれど、私も泊まりますからね」
「バイト大丈夫?」
日曜日。
朝の仕込みから入る予定と聞いていた。
「父さんに事情を説明しますので多分大丈夫ですよ」
とりあえず岡本さんを連れ帰ることにした。




