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遅く起きた朝は

「すみません先輩」



 電気を消したばかりで目が慣れず真っ暗な部屋。

 視覚の情報を遮られたことで彼女の匂いが強く感じ、部屋全体が甘い。

 僕にとっては安らげる香りですぐにでも眠ってしまいそうになる。



「さっきのね……」



 お酒を呑み始めて、ついに酔ってしまった冬乃さんは春人さんに連れられて自室に。

 結局相談は出来なかった。

 一番の被害者は春人さんだと思うが。

 結局、彼の性癖を暴露されていた。

 冬乃さんのも同時に知ってしまったのだけれど、まぁそれはいいや。



「夏菜の言う通り時間はまだあるからさ」



 またそのうち聞く機会はあるだろう。



「はい。力にはなれないかもしれないですが、相談にはいつでも乗りますので」

「その時はお願い」

「任せてください」



 一番身近な相談相手。

 聞かないということはない。



「夏菜」



 本当に僕用の布団はなく、すぐ隣にいる彼女に呼びかける。

 トーンは落ち着いてゆっくりと。



「何でしょうか?」



 僅かに緊張のある返事。

 本人は隠しているのかもしれないが、静かな部屋。

 声の僅かな震えは感じとれてしまう。

 何も答えず、優しく抱き寄せる。

 一緒にお風呂に入らなかったお詫びというわけではないが、感謝と謝罪。そして好意を込める。

 同じベット、見えなくとも顔を合わせると瞼は自然と閉じる。



「……んっ」



 軽く触れる。

 少しだけ長めの口付け。

 顔を離し、暗闇に慣れた目で彼女を見る。

 カーテンから隙間から漏れた月明かりで意外とはっきり見える彼女の瞳は、とろけるように潤んでさえもいる。

 唇に視線を合わせると、夏菜はそれに気付いてもう一度瞼を閉じた。

 ついばむように夏菜の下唇や上唇を、僕の口で挟んでは軽く持ち上げる。

 漏れ聞こえる彼女の声は色っぽい。



「どう? 不安は消えた?」

「はい。ポカポカです」

「よかった」



 夏菜と冬乃さんの話が終わったあと、少しだけ口数の減った彼女は家の中でも手を繋いできた。

 まだ不安が少し残ってると判断した。



「でも先輩」

「なに?」

「どきどきして寝れなくなりそうです」



 僕もどきどきしているし、ちょっとだけメンタルが疲れた。

 妙な感覚。

 嬉しいし気持ちがいいけど、少し辛い。

 名前も知らない男の行動トレースしたからか、ただのソフトキスより疲れが段違い。

 吐き気も頭痛もないが、やや動悸がする程度。

 バレないように深呼吸。



「僕は寝れる気がする」

「ちょっと先輩、それはあんまりです」

「じゃ手を握ったまま眠ろうか」

「余計に寝れなくしてどうするんですか」



 手を握って眠りたいのは僕の自己中心的な思い。



「じゃ、おやすみ」

「うぅ……」



 眠りに落ちる瞬間の身体浮いたような感覚。

 ふわりと落ちていくような。



「……痛いっ」



 強制キャンセル。

 現実に引き戻される。

 首に痛み、強めに吸い付かれている。



「一人で寝かせませんよ」

「色っぽくない」

「仕返しですから」



 本当に寝かせるつもりがないのか、眠りに落ちそうになると追撃がくる。

 同じモノから横腹をくすぐられたり、時には噛まれたり。



「逆にそうしていると眠れなくない?」

「それぐらい眠れないんですよ……」

「そういうもん?」

「余裕な先輩が腹立たしいです」



 余裕というよりは疲労。

 何も考えたくないだけ、けれどこの部屋の匂いや一緒に寝るとわかる温度で癒やされしまう。



「先輩はよく怒りませんね」

「わかってやってるんだ……」

「それはまぁ……。鬱陶しいだろうなって少しは思いますけど」

「明日休みだし」



 体感で深夜1時とか。

 昼間まで眠ってもいい。

 噛まれたりくすぐられたりするよりは、彼女と雑談のほうがいいか。



「先輩の怒ったところとか見たことないです」

「そう?」

「はい。あの……誰でしたっけ? 顔は思い出せるんですけれど。先輩がバスケ勝負してた人に対して怒っていたのは見たんですけど」

「中村ね」



 今は真面目に取り組んでいるようで、染めていた髪も戻して短髪になっていた。

 実力もかなり伸びていると聞いていて、元主将からは僕より強いとのこと。

 何がそうさせたのかは知らないが人は変わるものなんだと、少しだけ感心した。



「まだ話しかけられたりするの?」

「どうでしょう? 先輩と紐づけて覚えているだけであって、その他多数の一人という認識なので覚えてないです」



 記憶力はいいのに活用する気はないらしい。

 便利な作りをしている。

 羨ましいとさえ思える。

 入学当初より告白される件数は減ったが、月に一回ペースで告白されていると彼女から聞いた。その中にいるのだろうか。



「私は先輩のモノですよね」

「……いい加減忘れてくれ」

「でも先輩は私のモノですよ。この認識ならどうです?」

「なんか少し嬉しいかも」



 人をモノ扱いするのは気が引けるが、相手による。

 今それがわかった。



「私の気持ちわかりましたか?」

「ちょっとね」



 言葉が途切れる。

 再び睡魔に襲われる。



「先輩、どうしましょう。余計に眠れなくなりました」

「いつも眠れない時はどうしてるのさ」

「色々ですね。本読んだり、運動してみたりと。でも今日の気持ちの高ぶりだと簡単に寝れそうにないです」

「頑張って」

「無責任です」

「どうしろと」



 左肩やや胸に位置する場所に重みを感じる。

 香りで頭に乗せてきたのだとわかった。



「暫く頭撫でてください」

「甘えてくるね」

「嫌ですか?」

「嫌じゃないよ」



 触っていて気持ちがいいし、なにより安らぐ。



「私も自分がこんなに人に対して、素直に甘えるとは思いませんでした」



 昔の彼女は辛辣な面もあったけれど、優しくて自立しているような存在だった。

 夏菜の変わりように思わず笑ってしまう。



「なんですか?」



 むっとしたように少しだけトーンを落とす。



「いや、可愛いなって」

「あー、もう。質悪いです、先輩と付き合い始めてからずっと丸め込まれてる」

「そう?」



 距離が近くなって恋人という名称に変わったが、関係はあまり変わっていない。

 そもそも今までの距離自体が近かったのだ。

 司と神楽先輩の関係や、学内にいるほかのカップルをみて理解した。

 本当に僕らは不思議な関係だったのだ。


 他者との距離の測り方が出来ない僕。他人は自分を映す鏡であり教科書でもある。

 僕はまともな人間ではなかったけれど、夏菜を始め司や春人さんたちが良い人だったからこそ今の僕がある。

 その教材が僕の母親のような人間だったのなら、最低な人間に育ったかもしれない。

 周りの人間から少なからずいい影響を受けた。



「ごめん、わりと限界」



 もう少し起きてられるかと思ったが、思考すら出来なくなってきた。



「お付き合いありがとうございます」



 夏菜の声すら遠い。

 頬に当たる柔らかく温かい感触を感じるが、気にすることなく意識が薄れる。



 ※



 頭はぼーっとするが、夏菜の部屋で寝たというのはしっかり覚えている。

 胸の中には熟睡中の彼女。

 寝息が聞こえ、そっと起こさないように離れる。

 眠っている夏菜は幼く見える。

 年相応。

 普段は大人びて見えるからそのギャップで一段と可愛く みえる。

 さわり心地のいい髪をそっと撫でながら、二度寝しようかと考えていると、手元が動く。



「んー。なぁ……」



 妙な欠伸とともに何度も目を擦り、上体を起こした。

 寝癖がついた髪。

 自然な状態を見れるのは僕の特権。



「おっと」



 こちらに倒れてくるので受け止める。

 胸のあたりでもぞもぞと動いていたが急に起き上がる仕草をみせる。

 


「あいっで」



 頭が顎に当たる。

 勢いがないとはいえ結構痛い。

 一気に目が冷めた。

 夏菜も起きようとする努力は認めるが危ない。


 秋になりもこもことしたパーカーだからいいものの、夏のように薄着だと目のやり場に困りそう。

 夏休みの間、一緒に暮らしていたがいつも彼女ほうが先に起きていた。

 このふわふわした状態も可愛いのだけれど見る機会はそんなに訪れない。



「夏菜、おいで」

「はぁい」



 間延びした声。

 学校で見掛ける猫、シロを可愛がるようあやしてみる。

 膝に乗せて撫でようと思ったが相手は人間で膝だけにはおさまらない。

 脚を放り出し、背を僕の胸に。

 形のいい尻は太腿へ。

 また暫くは同じ体勢。



「んー」

「起きた?」

「ん」



 駄目そう。

 30分ほど時間が経つと夏菜も覚醒しはじめてくる。



「あ~ふっ」

「起きた?」

「はい」



 まだ舌足らずだけど受け答えはしっかりとしてきた。



「おはようございます」

「うん。おはよう」



 ベッドからテーブルに手を伸ばしてスマホを手に取ると時間を確認。

 11時半。

 肩に重みを感じると夏菜が僕にしなだれかかって、スマホを覗き見る。

 寝癖で跳ねてしまっている髪が頬を撫でてきてくすぐったい。



「思ったより眠ってしまったみたいですね」

「お昼食べてから出かけようか。一旦、僕の家に戻ることになるけれど」



 文化祭で一緒に買い物をしようと約束していたけれど、クラスと民族音楽研究部の打ち上げなど色々あって流れていた。

 頷いたのを見届けてからベッドから下りて制服に着替える。

 着替えている間も視線を感じた。



「なに?」

「自然に着替え始めたのでどうしようと考えたのですが、恥ずかしくないんですか?」

「男だからね」



 全裸なら恥ずかしいけど。

 パンツ一枚あれば平気。

 それに上から着替えて下へと変わる。

 どちらかは必ず肌は布で隠れる。



「夏菜が着替える時は部屋から出るから安心して」

「んー。いえ、少し目を逸らすだけで大丈夫です」

「夏菜がいいならいいか」

「紳士的な先輩が部屋から出ないこともあるんですね」

「居て良いって夏菜が言ったんだろ」

「そうなんですけどね」



 姿見に映る夏菜の表情は変わらずだけれど、目元がやや緩んでいる。



「すげぇ濃く残ってるな」



 鏡に映ったのはそれだけではなく首の真横にある真新しい内出血。

 二つ重ねることでハート型になっている。

 あの暗闇のなかでやるなんて器用な奴。

 ちらりと横目で夏菜を見るが逸らされた。

 冬に向けて段々と厚着になっているから、目立たないからいいけど。

 そもそも散々お互いに付けてきたのだから今更人に見られて恥ずかしいとは思わない。


 着替え終わり場所を変わる。

 ベッドの上で胡座をかいてぼんやりと夏菜を眺める。

 パーカーを脱ぎ、キャミソールとショートパンツだけに。

 肌着にしている布は薄く光を通して身体のラインが影になって見えてしまう。薄着になればなるほど余計にスタイルの良さが目立つ。

 背中やお腹に無駄な脂肪がなく、しっかりとくびれがある。

 今まで運動してきた賜。というよりは部活引退後もそれなりに運動をしているのが、部屋に置いてあるヨガマットやトレーニングチューブで伺える。以前、部屋に訪れた時にはなかった代物。


 顔も小さく手足もしなやかで、どこを見ても綺麗なもの。

 本当に同じ人間かと疑ってしまえるほど。

 見た目だけじゃない、性格や才能までも。

 この人が僕の彼女なんだと思うと気が引き締まる。

 



「先輩、流石にそんなにじっと見られると着替えづらいのですが」

「あぁごめん。見惚れてた」



 もう少し見ておきたい気もしたけれど立ち上がる。



「先に顔洗って飲み物淹れておくよ」

「はい」



 一人洗面所で顔と歯を洗うとリビングに顔を出した。

 春人さんは仕事だし、冬乃さんは玄関に靴があったことからまだ寝ていそう。スマホがそのままテーブルに置かれていることから、春人さんが起きたときに一度起きたのだろうということも。

 どんなことがあってもコミュニケーションを欠かさない家族。

 理想とも言える。

 夏菜が真っ直ぐ育ってきた一因。

 僕もこんなことを考えて想像出来るようになったってことは、心の余裕が出てきたのかもしれない。


 すぐに着替えてきた夏菜が僕の隣に。

 まだ少し眠そうで垂れ目が半分くらい開いていない。

 そのままエプロンを手ぼーっとしている。


 無言で淹れたばかりの紅茶を渡す、僕の手元にはコーヒー。

 この家にはインスタントもティーバッグもないから手間暇が掛かる。

 けれど慣れればどうってこともなく、味が保証されているので僕も自宅ではインスタントを置かないことにした。



「ありがとうございます」



 受け取り、香りを楽しみ味わう。

 夏菜の顔が緩んだのを見届ける。



「昼食作るの手伝おうか?」



 いつも手だけで追い払われるが、聞くことも癖になっている。



「大丈夫ですよ。ゆっくりしててください」



 冷蔵庫を開けて少し考える仕草を見せた後、調理を始める。

 そんな後ろ姿。

 見慣れたものではあるけれど、改めてこの光景が好きなのだと実感した。

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