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進路相談

 文化祭から二週間が経ったある日の放課後。

 アルバイトのためカフェダリアへ向かっている。

 外の寒さに磨きがかかってきて、冬への身支度をしているよう。

 ただ久しぶりに夏菜とシフトが一緒になり下校中は体温を身近に感じていて温かい。



「悩み事ですか?」

「え?」



 彼女の考えていることがわかるように、僕が考え事をしているのがわかるのだろう。

 今まであまり突っ込まれなかったから癖のようなものはなかったと思う。



「空見上げる回数が多いです」

「そっか」



 あったみたいだった。

 言われれば確かに右上を見上げていることが多かったような気がしてくる。



「それで何を悩んでいるんですか?」

「これ」



 折りたたまれた用紙を一枚ポケットから取り出すと開いて彼女に見せる。



「進路ですか」

「そうなんだよね」



 今までは大学進学と書いて出しておけば問題はなかったけれど、もう来年は3年生となり受験生となる。

 希望する大学は決まっておらず、その先。やりたいことなんてものは未だに見えてはいない。



「夏菜は春人さんの跡を継ぐんだよね」

「はい。それが出来れば理想ですが、自分で開業するのもありかと考えています」



 僕と違い将来を見据えている。

 素直に凄いと、尊敬してしまう。



「来年、私も17歳になりますから食品衛生責任者資格を取りに行こうかと」

「もうそんなところまで考えているんだ」

「問題なのは開業資金ですけどね。さすがにアルバイトをして貯金しているとはいえ端金にすらならないですね」

「どれくらい必要?」

「最低で1200万円ぐらいかと。助成金もありますが先払いみたいですから」



 ぼんやりとしたモノではなく、はっきりと輪郭が見えているのだろう。

 質問すれば滞りなく答えが返ってくる。

 それほど先のことを考えて行動に移そうとする高校生も中々いない。それに彼女はまだ一年生。



「卒業する頃には10分の1ぐらい貯まってそうだね」

「そうですね、このまま無駄遣いしなければ」

「大学とか専門学校もそっち系に進むの?」

「いえ。大学は先輩と同じところに行きたいので」

「僕と?」

「もちろん将来のことを考えるの大事ですけど、二人の時間も大切にしたいです。大学出てからでも遅くはありませんから」



 照れくさそうに微笑みを浮かべる。

 握られた手には力が籠もった。



「提出期限ってあるんですか?」

「次の進路相談までに。三学期入ってすぐかな」

「まだ時間はありますからゆっくり考えたらどうですか?」

「うん」



 機会があれば春人さんと冬乃さんにも聞いてみよう。

 ちょうど今日はバイトだし、久しぶりに夏菜の家に泊まるのもありかもしれない。



「今日泊まっていい?」

「いいですけど。客間片付けられましたよ」

「僕の部屋みたいになってたけれど、そもそも客間だから当然なんじゃないの」



 いつの間にかチェストが置かれていて、その中にはジャージやらパーカー、なんなら替えの下着まで。

 衣服は春人さんのお下がりだけれど、それでも好意に甘えていた。



「空いている部屋はもう一つあるので関係ないです」

「夏菜の隣部屋物置みたいになってたけど」



 春人さんに頼まれてダンボールに入った荷物を置きにいったことがあった。

 寝るだけなら十分な広さはある。

 そちらに移ればいいのかと思ったが違うようだ。



「はい。その通りですが、先輩用に置いてあった荷物など今は私の部屋にありますので、寝泊まりは私の部屋になります」

「なんで?」

「恋人だから同じ部屋で寝たらいいんじゃないって母さんが言ってました」

「それもそっか」

「簡単に納得しましたね」

「今更だよ。一緒に旅行までさせてもらって、自分の娘と相部屋にしてるぐらいだし、僕の部屋に泊まってるんだから」

「まぁ、そうなんですけど」



 なんか裏がありそうな言い方。

 ちょっと悪戯をする前の雰囲気を感じる。



「同じ布団に寝るとか?」

「今日は勘がいいですね」



 顔を背けられた。

 と思ったら、直ぐにこちらを向く。



「逃げないでくださいね」

「どうなっても知らないからね」

「先輩が言うと冗談だってすぐわかりますよ」

「僕は抱き癖があるから」



 起きたら枕を抱いているし、最近だと夏菜が置いていったぬいぐるみを抱いてしまっている。

 そのおかげでちょっとくたびれているが。



「無意識ですからいいですけど」

「意識的だったら?」

「それはもう何をされても受け入れますよ」

「これは僕の敗北だ」



 この手の冗談は通じないどころか、そのまま許可されてしまっては返す言葉もない。



「でも先輩」



 優しい声色で改めて呼ばれる。



「なに?」

「手を出したくなったら本当にいつでも構いませんからね?」

「……」

「最後までとは言いませんから、少しずつでも」



 夏菜は自分の指先を唇に当て、僕がそれを眺めるとそのまま指を使って誘導する。

 口に、首に、胸に、太腿。



「あとそれから」

「示さなくてわかるから……」

「そうですか、残念です」

「あ、でもあれの日とかあるじゃん」

「結構直接的に聞くんですね、少し驚きました」

「毎月あるんでしょ? 彼氏として知っておいた方がいいんじゃないかって」



 男の僕としてはどう辛いのかわからないし、話で聞く程度の知識しかない。

 でも労りたいとか考えるのは普通じゃないのかと。

 人によっては重いとか聞くし、ほっといて欲しいとも言われている。

 正直何が正解なのかわからない。



「そう考えてくれるだけで嬉しいものがありますね」

「そうなんだ」



 当然のことじゃないかと思っている。

 男女で身体や脳の作りが違うのだから、お互いに支え合っていくものだと。



「私は麗奈や母さんと比べれば軽いほうですけど、胸が張ったり、お腹や腰が痛くなるとかですかね。他にも症状はありますけど」

「色々と。本当に大変なんだ」

「はい。なので予兆があれば伝えますね」

「わかるもの?」 

「胸が張ったりするのは始まる前が多いですから」

「うん。やって欲しいこととかも言ってくれたら、出来る限りのことはするから」

「はい」



 少しだけ生々しい話を聞きながらも歩みを進めた。

 不躾かとも思ったけれど聞いて良かった。

 夏菜が僕の力になってくれているように、僕も彼女のためを思って行動したい。



 ※



 アルバイトの休憩中。

 客足が途絶えたのか春人さんがスタッフルームに入ってきた。



「サボりですか?」

「誰がサボりか。ちゃんとした休憩だ、お前も言うようになったな」

「厨房あけてるんっすか?」

「いや、短時間なら夏菜一人で回せるから」

「え? フロアと厨房両方ですか?」

「うん」

「うんって……」



 確かに彼女の手際は先に働き始めた僕よりも良くて、最近はキッチンスタッフとしても働いていたのは知っていたけれど。



「お客さんが結構くるようだったら呼びに来るからへーきへーき」

「軽いっすね。手伝いに行ったほうがいいかな」



 前半は春人さんに、後半は独り言。



「その分しっかり給料出すから、そういう契約に変更してるから夏菜も自分で望んでだよ」

「ならいいですけど」

「あと夏菜に頼まれて渉と話しに来たんだけど」

「え?」

「進路、迷ってるんだろ」

「まぁ」



 僕のやろうとしていることを先回りしてくれている。

 なんでもお見通し。

 頭が下がる。



「といっても俺から言えることないんだよなぁ。俺はこの店継いだのは運が良かっただけだし、継ごうと思ったは冬乃のおかげだし」

「冬乃さん?」



 少し遠い目をしながらも春人さんは昔のことを語ってくれる。

 大学生時代の冬の日、たまたま初恋だった冬乃さんに再会して、付き合うようになったこと。家の事情で大学を休学し働き始めて会う時間も少なくなり同棲を決断。そして彼女を支えるために家で料理をするようになり、喜んでくれた冬乃さんの笑顔が忘れないという。

 それから料理自体が好きになり、成り行きでカフェのオーナーとなったようだ。



「夏菜ってやっぱり春人さんの娘なんですね」

「俺も娘から話を聞いてびっくりしたよ」



 スタッフルームの外、フロアがある方に顔を向けてにっこりと嬉しそうに笑う春人さんが印象的だった。



「参考にならなかっただろ?」

「まぁ、そうっすね」



 親子共々、交際相手が切っ掛けとして自分の行末を決めた。



「今日泊まっていくって聞いたし、冬乃に聞いたら? 俺からも伝えておくから」

「ありがとうございます」

「あぁ、じゃキッチン戻るわ」



 お酒を出していない夜のカフェ、小腹が空いた客かちょっとだけ寛ぎに来たのか大体この2パターン。

 夏菜目当てで来る客も昔はいたのだけれど、夏の終わりぐらいから減っていった。

 それでも目の保養目的で訪れる客は、まだいたりもする。


 本日、最後の客はその目の保養目的で結構長い間コーヒーと軽食で粘っていた。

 客を見送るとフロアの掃除を二人でする。

 夏菜はテーブルを、僕は床を。

 白いYシャツをぱつぱつに張らせ、歩くたびに揺れる胸。布地が薄いほどわかりやすい。

 確かに男性なら仕方ないのかもしれない、女性でも夏菜の胸には目を向けてしまっている。



「そのシャツのボタン弾けることあるの?」

「先輩がそういうこと聞いてくるの珍しいですね」

「さっきの客、ずっと夏菜の胸見てたからさ」

「そういうことですか。サイズが小さいならともかく、漫画のように弾けることはありませんよ」

「ふーん」



 面白味に掛ける。



「なんで不満そうなんですか」

「いや、ボタンが飛んで人にクリーンヒットしたら面白いのにって」



 それこそ漫画のように。



「もしそんなことがあっても、私は先輩と一緒いることが殆どですから、当たるの先輩ですよ」

「確かに。なら飛ばさなくて大丈夫」

「そんなつもり微塵もないですから」



 雑談をしながら掃除をこなし、春人さんを置いて久しぶりの市ノ瀬家。

 綺麗に掃除の行届いている玄関に、光る木目の廊下。

 夏菜や冬乃さんから漂うバニラムスクと柑橘系の入り混じった匂い。



「なんか……」

「どうしました?」

「ただいま」

「ふふっ、おかえりなさい」



 懐かしいと感じるよりも、帰ってきたんだという妙な感想を抱いた。



「あっ、二人共おかえりー」



 リビングからひょっこりと顔を覗かせた冬乃さんに挨拶を交わす。



「渉君、私に話があるんだって? 春人くんから聞いたよ」

「そうだった」

「? ああ、先輩の進路相談ですか」

「そう」

「寝る前に話そっか、帰ってきたばかりで疲れたでしょ? お風呂は沸かしておいたから二人共入ってきなさい」



 冬乃さんの言い方だと一緒に入れと言っているように聞こえる。

 流石にそれは疑い過ぎか?



「先輩お先にどうぞ、荷物は預かって私の部屋に置いておきますから。着替えもついでに持ってきますので」

「いいの? ありがとう」



 夏菜に学校指定の鞄。

 学校じゃ自分の持ち物に拘りがない人ぐらいしか使わない黒革の鞄を渡す。



「はい。ごゆっくり」

「えー。二人で入らないの?」

「……」



 僕も夏菜も黙ってしまう。

 やはりかという表情までお揃い。



「一緒に入るの楽しいし気持ちいいよ?」

「母さん?」

「狭い湯船の中、抱かれながらぬるま湯に浸かり、お湯と彼の温もりを感じて今日あったこと話す。身体だけじゃなくて心も温まるよ?」



 生唾を飲む夏菜。

 表情からみて揺れ動いている。



「洗いっこしたり、悪戯したり。気分次第では、ね?」

「先輩」

「なに?」



 ニヤける冬乃さんと、変わらない表情で寄ってくる夏菜。そして後ずさる僕。



「一緒に」

「裏切り者」

「温泉一緒に入ったじゃないですか」

「あん時広かったし、水着着てたろ」

「水着出してきます」



 何故かあの時に着ていた水着は僕の家にある。残るは合宿の時に着ていた水着。



「広さはどうする」

「私小さいですから」

「無理があるだろ? それに少しずつって言ったの夏菜だよね?」



 自分が言った言葉に責任を持つ。

 夏菜の良い所の一つ。



「夏菜頑張れっ」



 応援する冬乃さん。

 ちょっとだけ黙ってて欲しいと願う。



「夏菜がえっちなのって冬乃さんのせい?」



 僕のせいとか言っていたけど、実はそんな気がしてきた。

 呟きに反応して冬乃さんが答える。

 


「私の血筋の女性は一途で愛情深く、突飛なことをするから遺伝したんじゃない? えっちなのは私に似たかも。私のお母さんは普通だったと思うし、素養はあったんじゃなかな? 渉君がそれを開花させたと思う」

「そう言われると納得してしまう」

「まぁ、重い女達ではあるから捨てられないように」



 とんでもないことを笑っていってのける。

 春人さんが言っていたことを思い出した、僕と同じように冬乃さんも片親。

 なんでもないことのように笑い話にしている。

 強いな。

 僕もいつかそうなる日がくるのかも知れない。



「え?」



 僕よりも夏菜の方が驚いていた。



「母さん捨てたられたことあるの?」

「ない」

「なんでそんなこと言うの」

「不安がらない。春人くんとは初恋のまま添い遂げて、今も変わらずラブラブ」



 お茶目にピースサイン。

 なんか進路相談する雰囲気は消え去っている。



「夏菜も握ってくれたその手を離さないよう、離されないように」

「うん」



 親子の恋愛相談が始まってしまった。どうしよう? 一言入れてお風呂に行けばいいだろうか。



「夏菜、お風呂入ってくるね」

「あ、はい。直ぐに着替え持ってきます」



 よかった。

 変な感じにはなったけれど、一人で僕が湯船に浸かってられる。

 お風呂から上がってリビングに戻ると猥談になっていた。

 春人さんも帰ってきおり、今日はキッチンで一人夕食の準備をしていた。目が合うとお互いに苦笑いを浮かべる。

 猥談は男子同士でもするが、女性同士だと少し生々しい。

 気付いたら春人さんの話になっており、急いで本人が止めに入った。

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