詭弁
アンプは直らず結局軽音部の演奏は中止となった。
控室の天幕。
未だに居座る僕と夏菜。
司はヘロヘロになった僕の変わりに実行委員の仕事をしてくれるようで、腕章を借りてそのまま退出。神楽先輩はそれに着いていった。
もう大した仕事量はないと思うから大丈夫だとは思うけれど、途中で人に変わってもらうというは気が引ける。
椅子を3つほど並べて、彼女に膝枕をされている。
僕の顔に冷たく濡れたタオルが被さっており、いつも見える屋根は今日は見えない。
お互いに会話はないまま時間だけが過ぎる。
僕の喉はカラカラで喋るのが億劫だということもある。
けれど、このままってわけにもいかず僕から切り出す。
「もう平気だよ」
ぶつからないように気をつけながら起き上がり、タオルをテーブルに置く。
ペットボトルに残った水をゆっくりと飲みながら向かい合う。
僕が寝ていた彼女の太もも、頭をつけて寝ていたところだけ濡れていてストッキングがてらてらと光っている。
気にした様子はなく、彼女も姿勢を正してこちらに体ごと向く。
「それで先輩、私の勝ちじゃないとでも言うような言い方でしたが」
「ルールの再確認してもいい?」
夏菜は困惑した顔を見せながらも頷く。
「勝負内容は恋愛。僕が夏菜に落ちたら夏菜の勝ち。夏菜が僕を最後まで落とせなかったら僕の勝ち」
「はい。つまり先輩は私に落ちてないと?」
「ただ僕は夏菜のこと好きだって言っただけだよ」
「女の子として好きではないと?」
彼女の表情が少し曇るのに気づいた。
注意深く夏菜の表情を見つめる。
「そう言ってないけど、僕からも質問してもいいかな」
「どうぞ」
「夏菜って僕のことどう思ってる?」
いつか彼女が僕にしてきた質問と同じもの。
聞き出したい言葉一つあった。
「どうって……。以前にも私は先輩にお伝えしたと思いますが」
「聞いてないよ?」
今度は訝しげ。
首を捻っている。
いつものように考える時の仕草に移る。小さな唇に指先を当てる、少し違うのはなぞるように動かしている。深く考えている証拠。
「すみません。先輩が何を言いたいのかわかりません」
「僕は夏菜のこと好きだって伝えたよね」
「はい」
「夏菜は僕のことどうなのって話」
今までずっと一緒に行動して、夏菜が僕のことをどう思っているのかなんて一目瞭然で疑いようもない。けれど、だからといって言葉に表さなければわからないことや、伝わらないことだってある。
この先も一緒に居たいと願うのなら当然で彼女に望んでもいい筈だ。
彼女もそう思ってくれているなら、その言葉を聞きたい。
「……」
「夏菜は僕のこと嫌い?」
未だに夏菜の口から僕のことを好きだと一言も言っていない。
似たようなことは春先の夜の公園で、告白めいた彼女の発言で聞いたきり。
「そんなことはありませんっ」
夏菜は力強く否定して立ち上がる。
でも、求めていた言葉とは違う。
「で、どうなの?」
「今日の先輩、いつもより意地悪です」
それに関しては自覚があり。
ただ僕にも譲れない勝ち筋というのがある。
今回のルール上、最初から僕に勝ちなんてものはなかったのもかもしれない。けれど、逆に言えば負けもなかったと言える。
僕の中で勝ちとなるものを決めていた。最終的に僕の望む形になればそれでいいと。
夏菜と付き合ってこれからは一緒に歩むこと。
ルール上勝負に負けても、僕の勝ち。
この先も永く一緒にいるのであれば、今回は負けてもいい。
何も言わずに夏菜を見つめ続ける。
彼女は顔を下に向けて表情を隠しているつもりだが、立っている彼女と座ったままの僕。こちらが恥ずかしくなるほど赤くなっていくのがわかる。
まだ乾いていないタイツを履いた脚。
緊張からか少し震えている。
僕は恋愛初心者であるが、夏菜だって初心者に変わりはない。
スポーツや勉強に対戦ゲーム、家事と様々なこと秀でている彼女。
いつも届きそうで届かない距離いる。
恋愛に置いては僕がようやく追いつき、互角には及ばないまでも手を伸ばしてジャンプすれば掴むぐらいにはいてくれている。
一人では進めない。
二人ならんでようやく歩き始めることが出来るもの。
人によってはそもそも道が崩れることさえある。
不確かな道筋。
何度も言うがこの勝負では負ける。
でも負けてもようやくスタートラインに立つ。
ここからちゃんとした勝負になると僕は考えている。
「す、好き。です……」
震えた声で、けれど確かに聞けた。
視線は右往左往と彷徨ってゆっくりと僕に着地した。
潤んだ瞳。
「なんで笑ってるんですか」
「いや嬉しくてね」
産まれて初めて好きだと言われた。
思った以上に嬉しい。
自然と頬が緩んでも仕方ない。
「一つだけ言っておくと、僕自ら夏菜のこと好きになっただけだからね」
きっかけは確かに夏菜の示してきた行動にある。
流されて、雰囲気に飲まれてということはない。
「だから私に落ちたわけではないと?」
「そう言えるかもね」
「詭弁ですよ。素直に負けを認めてください」
「更に一つ」
「まだ何かあるんですか」
「お互いが両想いだということは理解し合えたところだけれど、だからと言って付き合うとは言ってないよ」
だからと言ってこのまま完全に負けるつもりもなかったりする。
「へ?」
彼女から間抜けな声が漏れる。
「僕は夏菜と付き合ってもいいの?」
「何を言っているんですか? 好きだって先輩は言ってくれました。このままお預けはなしです、というか先輩の想いを聞いてしまったら私が我慢出来そうにありません」
眉を顰める。
今日は夏菜の考える仕草がたくさん見れる日だなってそんなことを思った。
僕がそうさせているのだけれど。
「夏菜、僕と真剣に付き合ってくれる?」
ちょっとした余裕からだろうか。
自分でも落ちてないって言えるほどの言葉遊びが出来ているとは思えないし、彼女が言うように詭弁だともわかっている。
「告白ですよね。そうとしか受け取れないですが」
「もちろん。君さえ良ければ」
「はい。こちらこそ末永くお願いします」
手のひらを差し出す。
彼女は両手で包み込むように僕の手を握った。
僕の告白に満面の笑み。
晴れやかなでも秋とは真逆の春の気配を感じさせるような桜色の可愛らしい表情。
告白と言うよりはプロポーズの受け答えみたいになっている。
微笑ましいというか、夏菜らしいや。
「先輩の手初めて握りました」
なんかこちらが照れくさい。
「でも、一度だけ握ったことあるけど」
「え? いつですか?」
始業式の翌日。
夏菜が僕の教室に訪れた時。
「あ……」
「もしかして」
「言わないでください。私も必死だったんですから」
笑ってしまう僕と睨む彼女。
微笑ましいなんて思ってしまう。
「まだ話は終わってないから聞いてほしいんだけどさ」
単純な彼女の勝利で終わりそうな雰囲気。
でも、そうさせられない。
「答えを聞いたあとに言うのはずるいと思うんだけど。僕はさ、意外と記憶力いいほうなんだよね」
「知っていますが」
「僕の勝利条件に夏菜はこうも言っていたよね『先輩が誰かを好きになって交際を始めたら』って」
「……あぁ、はい。言いました」
僕以上に記憶力の良い彼女。
「僕の言いたいこともわかるよね」
こくりと頷く。
そして頭の回転も良い。
「その誰かが私で、誰かに私を含めないというルールがないってことですよね」
「そ」
ルールの穴。
正々堂々とした戦いではないけれど、僕の勝ちでもある。
「少し前の私を罵りたい」
少し前の僕ならこんな戦い方はしなかっただろうけれど。
「夏菜にしては欠陥だったよね」
「あの日、先輩に告白すること自体は決めていたのですが、いざ告白しようとしたら上手く言葉が出なかったんです」
「素直じゃないよね」
「そうですね。自覚はあります」
僕の前では比較的素直な態度を見せているが、気心の知れた相手である春人さんや冬乃さん、そして麗奈ちゃんの前では結構口が悪く、天邪鬼な姿を見せる。
……僕の前でも照れ隠しに口が悪いことはあるけれど、まぁあれはあれで可愛いんだけど。
「今まで無理してた?」
「いえ、先輩での前の私も私の素ですね。もちろん、いいところを見せたいという気持ちはあるのは確かですが」
指輪を手で回す仕草を見せる。
表情は未だに分かりづらいところはあるが、こうやって仕草に出ているあたりはとても素直だと思っている。
「ならいいんだけど」
「付き合うってことでいいんですよね?」
「今更なしって言われても困るんだけど」
「そうなんですけど、言っておきますが私一途で重いですよ」
「うん」
「体重じゃないですからね」
「そこに頷いてないから」
「正直に言うと、恋愛に関しては私自信がないので」
「うん」
ルールの詰めが甘かったのも僕の手を握ったことを忘れていたことも、当時の余裕の無さからきたものだと言われて頷ける。彼女も本当に必死だったのだと。
今回はそれに助けられた形。
お互いに勝ちを1点ずつ拾った。
総合的にみれば、僕の想像どおりで一人勝ちみたいなものだけれど、勝負自体はドローなのかな。
「なんか、先輩余裕そうですね」
「そう?」
「私に告白する時なんか顔色一つも変えませんでした」
「感情豊かなほうじゃないからね、僕」
「クールというよりは成長出来なかったってことですかね」
「これからに期待ということで」
「二人で成長しましょうね先輩。私も先輩にもっと好きになってもらえるように努力しますので」
考えての発言ではない。
だからこそ刺さる。
もう恋人だから、許可を求めることもしなくていいだろうと。
少しだけ迷った末に抱きつく。
「先輩?」
「いや、ごめん。可愛かったから思わず」
「先輩」
「何?」
「汗くさいです」
「それはごめん。まじでごめん」
僕の彼女は結構辛辣だった。
「先輩、その……」
言いづらいことなのか、言い淀む。
僕は黙って彼女の言葉を待った。
「キス、できませんか?」
許可を求めてきたのは僕を想ってのこと。
キスしたい、しましょうでもなく。出来ませんか? 心配そうに、でも頬を染めたまま僕を求める。夏菜の中で葛藤があったのが読み取れて、そして少しだけ我儘を言ったこともわかる。
こうして恋人になったけれど、僕の問題が解決したわけではない。
だからと言って彼女の期待に逃げるは違う。答えるのは男の子の意地。
「うん。ただ、されるよりするほうが楽だから」
「はい」
立ち上がると夏菜の肩をそっと掴む。
彼女は瞼を閉じて、僕を見上げるように顔を上げてくれる。
恐る恐る唇を、合せた。
ただ唇を合わせるだけのキス。
今の僕の精一杯。
いつか付き合うことが出来たら、首筋に口付けをするよりも先に進みたいと願ったこと。
交際を始めた今なら出来ること。
合せた唇を離す。
思ったよりは平気。1番最初に彼女の首に跡を残した感覚に近い。
彼女の口に近づく間は正直に言って、身体の震えが止まらなかった。今なお健在する苦々しい記憶。でも、これなら記憶を上塗り出来ると安心した。
彼女の口から、やや色ぽい吐息が漏れる。
「先輩の誕生日に結果的に私を差し上げることになりましたね」
「あ、そうだった」
「忘れてたんですか」
「忙しかったのと、部室で夏菜が言い残したせいだよ」
文化祭最終日は僕の誕生日と被っていた。
「それが言いたくて求めたわけじゃないよね」
「違いますよ。私がしたかっただけです」
表情は変えずに言ってのける。
付き合ったらそうしたいと元から考えたようだ。
「プレゼントって」
「いえ、ちゃんと用意してますよ。なので今日は先輩の家に泊まりますね」
「それはいいんだけど何するつもり?」
「いやらしいことはしませんので警戒はしないで大丈夫です」
僕から彼女を睨むと、慌てた様子で両手を振って否定する。
「勝ち負けはどうする? 気分的には勝ってるんだけど」
「私も気分的には勝ってます。思い描いたものとは少し違いますが望む形には収まったので、内容としては引き分けですが」
一つの勝負で二つの勝利。
「まぁそうだよね」
「不満ですか?」
「いや、そんなことないよ」
いつも彼女に負け続けた僕がようやく引き分けに持ち込んだ。
もっと彼女のことを知って、彼女を見ていれば勝てたかもしれないと考えると惜しいことをしたと考えてしまう。
それには時間が掛かる。
本当に彼女がいつまでも待っていると信じきれないのは僕の心の弱さ。
チャンスの女神は前髪しかないという、もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれない。だから通り過ぎてしまう前に掴まなければならない。
「次は完全勝利を狙うから」
僕の発言にくすりと笑う彼女。
「はい。がんばってください」
勝負は持ち越し、関係が続く以上は勝負も続いていく。
「どうしました?」
「どんな勝負にしようかなーって」
「そうですね。二人でゆっくり考えましょうか」
「うん」
今度はフェアな勝負にしようと話し合いながら、手を絡ませて繋ぎ天幕を後にした。
第一部完。
みたいな感じになりました。あとはエピローグだけですね。
少し考えていた結末を変えてしまったのですが、主人公の考え同様に付き合ってからも続くものとして、もうしばらく続きます。
あと今週少し忙しいので更新頻度下がると思います。
後書きついでに謝辞を。
好き勝手楽しく書かせてもらっていますが、ラジオ朗読されたりとこのサイトに登録したばかりの新参者ですがいい経験をさせてもらったり出来ました。
いつもありがとうございます。




