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小さな恋のうた

 一人ステージに登る。

 背後には誰もいない。

 けれど不安はなく、足取りはしっかりしている。近くにいるクラスメイトたちもはっきりと見える。声援に手を振って答えた。

 集中しているような感覚でもあるが、景色は華やか。

 気分は落ち着いているが、でも妙にテンションが高いと自覚する。

 3つあるマイクを2つ自分に寄せ、1つはアコギの音が拾えるようにセッティングする。マイクを指先で突くようにして音が出るかの確認。



「あ、あー。聞こえる? 雨でアンプが逝ったらしいので今日はこれで」



 ちょっとした笑いが起きる。

 こういう時、身近なクラスメイトがいるって暖かい。

 少し遠くに更に見知った顔がある。

 やはり今日はなんだか、目が良い気がする。

 視界が晴れやか。



「この文化祭のテーマは愛だそうです。生徒会の出し物もカップル向けで、僕らも見世物になったので」



 観客の反応を見ながら聴く体勢に入っていることを確認。

 少し前にラブソングをかなり聴き込んでいた。

 時間を忘れて練習した。

 誰にも聴かせる気はなかったが、でもそれが功を奏する。

 僕の前に立つ予定だった近代音楽愛好部。

 神楽先輩がボカロも含むって言っていたことを思い出して、まずは一曲。



「というわけで少し恥ずかしくもあるけど、愛に関係する曲をメインにやっていこうと思います」




 ただ君に晴れ。

 ボカロ曲を作曲していたっていう説明をどこかのサイトで見た。

 個人的にはだから僕は音楽をやめたのほうが好きだったりする。

 綺麗な声に旋律に、自暴自棄や喪失感。

 それに音楽には珍しい間の使い方。

 独特の世界観が良い。


 この曲も切ない曲ではある。

 歌詞とメロディで情景が浮かぶ。

 僕よりも司のほうが理解出来そう。

 3分弱の曲。

 弾き終わり、一息つく。

 観客はゆるやかな拍手、少ししんみりとしている。


 そしてこのままもう一曲を弾き始める。

 どれもそのまま演奏するわけにもいかないので、僕なりにちょっとだけアレンジ。

 神楽先輩のようなものは無理だけど、アコースティックにするぐらいは出来る。

 back numberの幸せ。

 なんだか自分で弾いて歌ってみると、余計にしんみりとしてきた。

 感情豊かなほうではないけど歌詞の内容に思わず入れ込んでしまい、涙が出そうになる。

 僕も恋愛に関して大分知れてきたようだ。


 この二曲とも僕は経験したことがないけれど、歌とは不思議なもので情景や感情が入りやすいように思う。



「ふぅ」



 自分の足元を見回す。

 水を持ってきてなかった。

 と、ステージの袖から司が見えると僕に歩み寄り、新しい水を渡してくれる。



「ありがとう」

「おう、ってお前。泣かせにこようとすんなよ」

「そんなつもりはないんだけど」



 場の雰囲気で知っている歌を演奏している。

 確かに歌詞の内容的には寂しくて切ない。



「周りを見ろよ」

「え?」

「女性陣泣いてるぞ」



 思わずクラスメイトを見る。

 夏菜や麗奈ちゃん、神楽先輩を除くと学校で女子というと三枝さんや岡本さんを連想する。

 確かに泣いていた。

 近くにいるから余計に見える。

 特に三枝さんの泣きっぷりはすごかった。

 僕がたじろぐ程。



「次は俺が歌うから」

「僕の知ってる曲?」



 その場で打ち合わせする。

 これなら知っている。

 司らしいや。

 彼はロックというタイプではない。



「これ雅に向けて歌うから」



 恥ずかしそうに、でもはっきりとそう言った。

 お互いにこの夏で変わった。

 秋になって更に色づく。

 冬になれば深まるだろうか。

 春は司と神楽先輩は距離的にすこし離れてしまう。



「うん。いいと思う、司らしい純粋な想いが伝わるといいね」

「……、後で殴るからな」

「なんでさ」



 目の前にあるマイクを司が持ち上げて僕に合図を送る。

 結構昔の曲。

 よく司が知っているななんて思っていたが、カラオケで一度歌っているを見たことを思い出した。歳の離れた兄がいるそうだからその影響かもしれない。

 Hilcrhymeの春夏秋冬。

 司の歌を耳に、歌詞を深く読み取りつつ演奏を再開。

 今ならこれも共感出来る。

 すべての季節。

 夏菜とともにいられたらいいね。


 昔の曲ということもあって5分。

 最近の流行を受けつない僕としては、このぐらいの長さが正直聞き心地がいい。

 短いと使い捨てみたいで嫌なんだよね。

 司は歌い終わるとドラムへ。


『適当に合わせるから』


 と頼もしい。

 邦楽ばかりになっているが、みんなに伝わればいいと思ってのことだ。

 どうせ自分たちの色はあまり出せない。

 アンプやエフェクターを使っての音。

 人混みの中で喧騒から孤独に歌う。それが僕のイメージする自分の歌い方。感情を剥き出しにして歌えるのも、はっきりと自分という物があるから。

 だから今日ばかりはこれでいい。

 周りの中の一人。

 今日ばかりは誰も僕を見ていて、僕も皆を見ている。

 それに観客は学生ばかりじゃない。

 司が歌っている間に共感してしっかりと聴いてくれたのは大人たち。


 ならば僕も昔の曲をと。

 演奏しようとマイクを調整し直していると、神楽先輩がもう一本残っていたアコギを手に僕の元へ。



「手は温まったから、私も柊くんに合わせる。今日は君に遅れをとらないよ」

「歌わないんですか?」

「じゃあ、一曲」



 唸りつつも折角だからと神楽先輩は首を縦に振った。

 曲のチョイスは簡単だった。

 去年、神楽先輩にお願いされて演奏したバンドの別の曲。

 粉雪。

 司より古いチョイス。

 神楽先輩の凛とした歌声は自分の彼氏が温めた場の雰囲気を本当に雪が降ってきたかのように少し冷えて元に戻した。

 ただ、観客は乗ってくれているようで両手を高く上げて左右に振ってくれている。


 二人の歌声を聴いてきた。

 どちらも感情が歌に乗っているように感じて聞き惚れる。想い合っていることが歌を通じて感じるといえばいいのだろうか。

 神楽先輩は歌の意味そのものではなく、こうはならないと強く否定した気持ちがあるように思えた。


 ここまで来たら夏菜も歌ってほしいなって舞台の袖を見ると目が合った。

 どうしようかと迷っていたようだ。

 こっちに来るように手を振ると、覚悟を決めてゆっくりと歩み寄ってきた。恥ずかしそうに耳が赤い。

 見られることにも慣れていて一昨日の堂々として歌っていたけれど、こういうアクシデントには弱い。

 完璧に見えて案外普通の女の子。



「私、あんまり曲知らないんですが」

「夏菜が屋上で歌った曲憶えてる?」

「もちろんですが」

「じゃ、お願い。僕も聴きたいからさ」



 少しの間。

 深呼吸をすると、もう一度僕に向き合う。



「わかりました。今度は私が先輩に向けて歌います」

「うん。僕もコーラスで入るから」

「はい」



 前に聴いた時は口ずさむというような感じだった。

 けど今日ははっきりとした歌声。

 出だしは静かで綺麗。

 夏菜の歌声はしっかりとマッチしている。

 普段の喋り口調ではわからない、夏菜の高音は澄んでいてとても癒やされる。ずっと聴いていられると思っているうちに自分がコーラスに入るところだった。

 忘れるほど聞き惚れていた。


 歌詞。

 雨上がりの虹に凛とした花であったり僕と夏菜が見てきた景色と同じで目を瞑れば一緒に過ごしてきた過去を鮮明に思い出す。

 それに僕に色々と教えてくれたのは間違いなく夏菜。

 似たようなことを彼女も言っていたけれど、僕もそうだった。成長したからこそ理解して共感することが多い。


 4分半という時間はすぐに過ぎ去ってしまった。

 いつも二人で勝負をしてきたけれど、こうやって共同で何を成し遂げるというのは気持ちがいいし楽しい。

 勝負相手はいないが二人で勝つなんてことを思った。



「歌いましたよ」

「うん。すごく良かった」

「そうですか」

「綺麗だった」

「……そうですか。なら良かったです」



 彼女は照れくさそうに僕の隣に椅子を置いて座る。



「私は合わせるということが出来ないので、この特等席で先輩の歌を聴きますね」

「うん」

「最後は渉が締めろ」

「そうだな、このメンバーが揃ったのは柊くんのおかげでもあるし。この部活のラストライブは君が締めてくれ」

「僕のおかげか?」



 僕の当然の疑問に夏菜が答える。



「先輩が神楽さんに出会ってから始まったようなものですよ。私が先輩の側にいて山辺さんを引き入れて、ついで麗奈も」

「じゃあ夏菜のおかげなんじゃない?」

「いいえ。先輩がいなかったら私は行動していませんから先輩中心ですね。私は正直に言えば神楽さんでも山辺さんでも誰でもよかったわけですし。ちょうどそこに居たのがあの二人だったわけで」



 それを聞いた二人は、ちょっと困惑しながらも頷いている。



「まぁこの二人で良かったとは今は思っていますので」

「フォローありがとな市ノ瀬ちゃん。うん、渉についてるのが市ノ瀬ちゃんで良かったって俺も思うことにするよ」

「そうですか」



 司の返答はどうでも良さそうだった。



「じゃ、うん。歌いますか」

「失恋とか片思いとか、そういう曲は歌わないでくださいね」

「……狙ったわけじゃないよ」

「まぁ、先輩はメンタル陰キャですからね。そういう曲に惹かれるのもわかりますが、最後なんですから幸せに気持ちで終わりましょう」

「そうだね」



 頷き、夏菜からマイクを預かると。



「時間的にラストになります。では」



 歌うと同時に演奏を始める。

 すぐに後ろのカップルが合わせてくれる。

 今日演奏した中では一番激しめではある。

 ちらり夏菜を見る。

 響け恋の歌。



 ※



 アンコールも貰って更に一曲続ける。

 遠くに見えた見知った顔。

 それは僕の父親だった。父に並んで春人さんと冬乃さんの姿も見える。

 今回の文化祭のテーマ、愛。

 愛の形は様々で最後はあの3人に向けてもいいだろう。

 家族愛。

 ありがとう。


 長くも短いライブが終わる。

 またもや静かで、辺りを見回す。

 僕と目が合った観客ははっとした顔をして拍手を送ってくれる。それが徐々に広まりうねりとなって割れんばかりの壮大な音として僕に刺さる。



「おう……」

「なんですか? その驚き方。オットセイのモノマネですか」

「いやびっくりするだろ」



 この会話すら耳を凝らしてないと聞こえづらいのだ。

 退場しようと立ち上がろうとするがふらつく。

 思っていた以上に体力を消耗していた。



「ちょっと先輩しっかりしてください」



 支えてくれるのはもちろん彼女。

 夏菜の顔に水滴が落ちる。



「ごめん」

「いえ」

「こんなに汗かいてるとは思わなかった」

「ぐっしょりですね」

「もう大丈夫。汚いから離してくれていいよ」

「このまま支えますから、控室へ」



 言っても離れず、しっかりと僕を抱き支えてくれる。



「夏菜」

「はい?」

「好きだよ」



 どうせ文化祭が終わった後に話すのだ、少しばかり早くなっても変わらない。

 僕は今気分が良い。



「不意打ちは卑怯です」



 僕を抱きとめる力は更に強くなった。



「雰囲気に流されたわけじゃないですよね?」

「さぁ」

「なんで誤魔化すんですか」

「雰囲気に飲まれたのは確かかもだけれど、気持ちは本物だよ」

「そうですか」



 顔は見えない。

 僕を抱きとめる拍子に髪型も崩れていて、正直な耳も隠れている。

 だけど体温が上がっているのがわかった。

 夏菜からも雫が落ちている。



「じゃ、私の勝ちですね」



 彼女は顔をあげずに勝利宣言。



「それはどうかな」

「どういうことですか」

「まぁ、あとで話そう。疲れた」

「……わかりました。今日の先輩は凄かったですから、一昨日のライブよりもずっと」

「さんきゅ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋の歌って色々あるものですね。 歌詞には一切触れることができないので、タイトルと後は描写だけで歌を表現する。なかなか難しい話だと思います。お疲れさまでした。 今回は、成功が実感できたよう…
[一言] どうかな、とは言うけれど、どう持っていけば先輩の勝ちになるのか…彼の想定図としてはどういう勝ちかたが見えているのかな。
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