休憩
眠れないってことはなかったが、眠るまでの間ずっと夏菜のことを考えていたせいか夢にまで彼女が現れてしまった。
気になるのは何を言いかけたのか。
文化祭が終わればわかること。
枕横においてあった携帯にメッセージが来ていない確認をすると部屋から出ていく。
いつもは顔を洗うだけで済ませている朝を、シャワーを浴びて気分を切り替える。
髪型をセットして、制服ではなく細身のスーツ。上着はなくベストだけになった。
最寄り駅までは浮いているような気もしていたが、学校への上り坂まで辿り着くとすでに文化祭の色があり周りに溶け込む。
「おはよ」
「おう、渉キマってるな」
「スーツは誰が着てもこんな感じじゃない。ってか動きづらいよ」
「お前、普段からジャケットとかも着ないもんな」
「そうなんだよね」
スポーツをやっていたから動きやすさ重視で、性格的なものでゆったりとしたオーバーサイズのものを着がち。
慣れないスーツに革靴。
特に革靴が固くて足が痛くなりそう。
そんな動き回ることもないだろうから、今日明日だけの我慢。
「司は結構着慣れてるよね」
「渉よりはな」
「僕ももう少しは見た目に気を使うようにはしてるんだけどね」
「未だにダサいTシャツ着てるくせに」
「……インナーにするならよくない?」
「拘るなお前」
司は笑いながら僕の肩を叩く。
夏の間も不評なTシャツは好んで着ていた。
夏菜に文句を言われることはなく、諦めた表情を思い出す。
「イケメンは何着ても似合うからいいよね」
「お前だって面はいいのに、普段は何故か印象に残らないからTシャツだけ浮くんだよな」
「ブサイクだとは思ってないけど、そういうことか」
素の僕は無個性って言われるほど印象に残らない。
最近は夏菜には言われなくなったけれど、変わりにのんびりしているとか平和そうとか、ぼーっとしているなんて言われる。
ま、文化祭が終わればまた元に戻るだろう。
そのほうが気が楽だからいいんだけど。
「柊くんたちそろそろ準備するからどいてね」
椅子に座って駄弁っていたため岡本さんたち女子グループに怒られた。
ボーイに扮した女子生徒が備品やドリンクの確認を行っている。
謝罪しながら立ち上がり、待機場所に移動する。
レジ横に暗幕が張られてホストたちはそこで待機することになる。
最初のお客だけは今日シフトに入っている全員で出迎える。休憩の時間以外はずっとこの待機室にいることになる。
暗くて狭い。
といっても人数が少ないから快適なので、指名がなければいいなぁーなんてことを考える。
司とか高身長イケメンに指名が集まるだろう。
開店まで5分。
司と話ながら時間を潰したが、そろそろ出番。
気がすすまないがウダウダ言っていても仕方ないので、出入り口に並ぶ。
立ち上がり襟をぎゅっと掴み直してため息を吐く。
「今さらだけどこれ並ぶ必要ある?」
僕のボヤキに答えたのは名も知らぬ女子生徒。
絡みがあるほうではないが、何度か話したことがある。
「初日は客が来るまで待機してたんだけど、前評判から良かったみたいで結構人気だよ」
「そうなんだ」
「そうそう、今日は柊くんと山辺くんがいるからもっと凄いことになるかも」
「僕はともかく司はなぁ」
身長180超えているし、手足もすらっと伸びて長い。
顔はもちろんのこと性格だって良い。
神楽先輩という美人な彼女までいる。
「柊くんも自覚持ったほうが良いよ。昨日の野外ステージで更に人気増えたんだから」
「あぁ……。見てた?」
「うちのクラスの女子はほとんど見てたんじゃないかな」
「何人かいるのは知ってたけど、他にも居たんだ」
「文化祭準備中も柊くんにはお世話になってるから応援に行こうって話になったんだけど、正直いらなかったね」
「いや、嬉しいよ」
夏菜に届けるだけの曲。
彼女に伝わっているのであればそれ以上はないけれど、クラスメイトの応援してくれるという気持ちには嬉しいと思える。
「明日もあるから良ければ。頑張って演奏するから」
「口説いてる?」
「口説かないよ……」
「だよね、素敵な彼女いるもんね。……って、いたた。ちょっと茉莉奈引っ張らないでよ」
横から岡本さんが、僕の目の前で女子生徒の首根っこを掴んで扉の端へと連れていく。
「そろそろ出迎えるんだから、いつまでもそこにいないの」
「わかってるって」
「本当かなぁ……」
一度岡本さんがこちらを振り返ると、手だけで謝罪してくる。
僕は苦笑いを浮かべながら頷いた。
時間になり扉が開く。
本当に待機していたようで、すぐに本日のお客さんが入店してきた。
うちの制服の女子生徒。
タイの色から上級生とわかる。
「いらっしゃませー」
と岡本さんが元気よく挨拶する。
「ご指名どうぞ。今なら誰でも空いてるので選び放題です」
料金の説明とかないんだ。
セット料金、指名料、あとは飲食代。
「じゃあ、そこの彼」
指名されたのは司。
彼女に腕を差し出して案内していく。
売れ残りの僕らはさっさと戻ろう。
気分よくその場から消えようと歩き出す。
控室に戻って椅子に座り、携帯を――。
「柊くん、じゃなくて夏さん指名です」
「……はい」
「嫌そうな顔ぐらい隠して」
僕を呼びにきた女子に笑われてしまった。
ゼロ指名は果たせず客を迎えに。僕にとって最初のお客さんは同じ学校の下級生。
挨拶もほどほどに席まで案内。
今は見た目が飾られて夜の雰囲気を醸し出しているが、実態は教室だからそんなに歩くわけじゃない。
間接照明結構いいな。
明るい場所よりは暗いほうが落ち着く性質。
あとでネット通販でも覗こう。
「どうぞ」
「はい」
少女は緊張した面持ちで席に座る。
「料金の説明とか受けてないよね?」
「はい」
「やっぱりか……」
岡本さんを見るとまた手だけで謝罪される。
あれ悪いと思ってなさそう。
軽く料金についての説明。
僕を指名した時点で500円。
3日間しかない文化祭、本指名とかそういう制度はない。
あとは60分コースの基本料金1500円。
つまり彼女にはすでに2000円払う必要が出ているという訳だ。
「今帰るならなかったことにするけどどうする?」
流石に説明なしに金を払えというのは酷すぎる。
僕がサボりたい訳じゃない。
「大丈夫です。それぐらいは想像してましたから」
「そっか、良かった」
カフェのバイトのように受け身な接客とは違って、こちらから色々と話を振ったりしないといけない接客。
普段通りで良いって言われているけれど、決して安くはない料金を払うのだから楽しんでもらいたいと考える。
「じゃ、お話しようか」
「はい。ってドリンクとかって」
「……悪い忘れてた」
「いいんですかそれ」
緊張が解けたようにくすりと笑う。
「後で怒られるかも」
「駄目じゃないですか」
ドリンク類も結構利益が出る。
打ち上げに興味はないけれど、クラスメイトたちは楽しみにしている。
「秘密にしといてね」
「わかりました」
ドリンクを頼んで貰い、改めて会話を楽しむ。
回転率の悪い営業形態。
その変わりに値段は高い。
なんとか話が弾み、これからというところで60分を向かえる。
廊下まで出て見送る。
楽しそうにしてくれて良かった。
岡本さんたちの言うように以外と好評のようで次から次へと指名が入り、休憩時間まで休むことなく働く。
肉体よりも精神的に疲れる仕事なのだと悟った。
これでお酒とか出るようだったら内臓にも負担掛かりそう……。
僕には出来ない仕事だな。
「司、おつかれ」
「おう。やっと入れ替わりだな」
司は年上のお姉さまから年下の女の子まで幅広く接客していたけれど、なぜだか僕に着くお客は大体年下が多い。
気にしても仕方ないし、どこかに食べに行くとしよう。
「どこか行く?」
「そうな」
疲れた顔つきでとりあえず言葉を返しただけのようだ。
「神楽先輩のところって何やってるの?」
「休憩所」
「ずるいな」
「それな」
遅めの昼ご飯。
夏菜のクラスに行こうかという話になったが、昨日のこともありちょっと気が進まない。
会いたくないという訳ではない。
「からかわれるんだろうなぁー……」
「何が?」
「夏菜に」
「からかいに行くんじゃないのか?」
「いや、まぁ。確かにそうなんだけど」
二人で行くなら夏菜も不用意に僕のことを弄ってこないだろう。
司を連れ添って彼女のクラスへ。
昨日まで夏菜が着ていたメイドっぽいナース服ではなく、イメージそのものであるナース服を着た生徒が呼び込みを行っている。
隣を歩いている司も首を傾げていた。
「まぁ入ってみようよ」
「そうだなー」
開きっぱなしになっているドアを覗き込む。
ぱっと見、夏菜の姿はない。
呼び込みを行っていた彼女と同じナース服、夏菜のようなメイド風と二種類のみのようだ。
身長だな……。
主に小柄な生徒のみがメイド風を着用している。
「市ノ瀬ちゃんいないな」
「みたいだね」
良かったような残念のような。
お好きな席にどうぞってことらしいので、窓際の席を選ぶ。
「こちらをどうぞ」
接客をしてくれる下級生からそれぞれ一枚ずつクリップボードに留められた用紙を渡される。
メニュー表という名の問診票。
欲しいものチェックを入れて渡すだけでいいらしい。
視察に来た時に見たのはどうやらスタッフ用みたいだった。
メンタルの疲労は甘いもので補う。
春人さんの淹れたコーヒーを飲んで以来、缶コーヒーなどは飲めなくなってしまったがケーキのお供としては飲みたいところではある。
軽い調理場にもなっている仕切りから、仄かに紅茶の香気。
改めて問診票を模したメニューに目を下ろし、ダージリンにチェックを入れる。
司の分をまとめて渡すと、二人して頬杖をついて周りを見回す。
全員が衣装を身にまとうことで視察の時にはなかった一体感がある。
凝った装飾のおかげで確かに病院の待合室のようにも見える。
視線は病室から窓の外へ。
雰囲気ががらりと変わる。
誰が上げたのか大きなバルーンが空へと伸びているし、行き交う人たちの性別も年齢も様々。でも、共通して誰もが笑顔を浮かべている。
「今更だけど司は神楽先輩と待ち合わせなくてよかったの?」
「本当に今更だな」
司はどうでも良さそうに笑う。
表情は落ち着き払っていて、余裕が見える。
「どうせクラスでやることもないからって、一人でベースの練習してるよ」
「もしかして僕のせい?」
「確かにあの演奏聞かされて同じ部活のメンバーとしてやる気出さないってことはないな。俺も帰ったら練習するつもりだったし」
「なんかごめん」
「謝ることもないだろ。俺らが望んでやってることだ」
「うん。ありがとう」
お礼を言うのも何か違うような気がしたが、それ以外の言葉が見つからない。
食事が運び込まれゆっくりと味わいながら食したが、結局この日は夏菜や麗奈ちゃんに遭遇することはなかった。
後から聞いた話。夏菜に絡んでくる男性が多く、麗奈ちゃんと一緒に買い出しに出ていたそうだ。単純に間が悪かっただけのようだ。
明日か……。
会うことにはなる。
部活でやるライブもそうだし、文化祭が終わった後にも約束をしている。




